02 そこはマンガの世界?!

 おのれ! 許すまじ、明文!!

 たかが!

 たかが、マンガ、だと?!

 たしかに、マンガは頭がよくなる参考書とか、すぐ人気者になれる自己啓発本なんかではない。
 しかし、大人から子どもまで、全世界の人間が愛する、すばらしき本!

 それこそが、MA・NN・GA!

 
 そして私の愛するマンガは、普通を飛びこえて、もう崇めたてまつるくらいすごい本なのだ!

 それを引きちぎっておいて、たかが、だと?!

 おのれ……ッ、

 許さんっ!!!

 
 
 
「リィル、リィル!」
 

 ドリバは、世界にまでとどろいていたんだぞ。

 世界のみんなが愛する本、それがっ、ドリームバード!

 単行本発売日なんて、レジに行列ができるんだ! なんなら、深夜のコンビニで、単行本が陳列されるのを、獲物を待つハンターよろしく、眼光飛ばして見守るファンまでいるんだぞ! もちろん、私だ!

 メインキャラではない、サブキャラクターたちにまで、熱心なファンが付くという熱狂ぶり。

 ちなみに、私の愛するルイスも、メインキャラではない!
 何冊もある単行本の中でも、数巻にだけ、コマ数でいうなら数十コマとか、道端に生えている見向きもされないような雑草並の扱いだ。

 でも!!!

 それでも私は、ルイスがナンバーワンに好きだ!

 
 ルイスのおかげで泣いて泣いて止まらなくて、翌日目が腫れすぎて、「やーい、目玉おばけー」と呼ばれたことがあったとしても、宇宙のような広い心で水に流せてしまうくらい好きだ!
 

 だって、仲間思いで、優しくて、本当は、とても寂しがり屋で。

 ひとり残されてしまう、あんな悲しい背中――

 
 
「リィル! しっかりするクワ!」
 

 パチン! と、目の前が弾けた。
 急速に意識が覚醒していく。

 あ、れ……?
 私は今、なにを……。

 
「リィル、具合でも悪いクワ?」

「い、いいえ、お父上さま。大丈夫です」
 

 瞬きを、何度も何度もくり返しながら、小さく首をふる。

 父親、だ。私の。

 脂肪から生まれてしまったかのような、顔も腹も背中も、なんなら腕も足も脂肪の父親。

 じぃっと私をのぞきこんでくる青いつぶらな瞳は、1ミクロンくらいならかわいいが、その周りに集まっている分厚い脂肪が、すべてを台無しにしている。

 何度も会話をした。
 何度も姿を見て、話して、一緒に生活してきて。
 その記憶はあるのに。

 
『たかがマンガだろ?』
 

 この、記憶は……なに?
 
 

「だけどリィル。顔が真っ青クワ。父上がこんなモノ見せたからクワ?」
 

 そう言いながら、私の父親であるはずの男は、ボゥッと浮かびあがる映像を消そうと、立体ホログラムを映しだしている貝殻型の映写機に手を伸ばした。
 肉厚の手から視線を動かして、人型を成しているホログラム映像を見て、時が、止まる。

 ひゅっと、喉が鳴った。

 
 そんな。こんな。ウソだ。

 見間違い?
 

 父上の手が、映写機の停止ボタンに触れたことに気づいて、私は慌てて叫ぶ。

 
「お、お待ちくださいまし!」
 

 父上はおどろいたように一度大きく身を震わし、手を止めた。

 
「リ、リィル?」

「こ、これは……どなたですの?」
 

 私が、見まちがえるはずがない。

 
 ゆっくり、ゆっくりと足を動かし、ホログラム映像に近づく。

 
「あ、ああ。リィルも興味あるクワ? 新しく指名手配書を追加する申請がきたクワ。処分しても処分しても、ならず者は増えるクワ。世界のゴミが」

「世界の、ゴミ……」
 

 唇がかすかに震えた。

 『彼ら』は、たしかに、そう呼ばれていた。

 『その世界』の、一般市民から見たら、彼らは犯罪者で、世界のゴミなのだと。

 
「リィルもこの顔をよーく覚えておくクワ。こいつらは、かんたんに法を破る、犯罪者だクワ」
 

 私はホログラム映像の下に浮かびあがっている文字を見た。

 
「か、ざみ、どり……ルイス……」
 
 

 風碧かざみどりルイス。

 
 
 まちがい、ない。

 まちがえるはずがない。

 
 どこで撮られた映像なのだろう。
 廃墟はいきょか、無人の島か。

 崩れた建物を背後はいごに、こちらを見つめている彫刻がいる。
 いいや、彫刻に見えてしまうほど恐ろしく整った顔立ち。

 犯罪者だなんて思えないような、優雅な立ち姿。

 かすかに風になびいているように見える、混じり気のない金の髪は美しく、青と緑が混じったような瞳は、まぶしそうに細められている。

 
 そして、チラリとのぞく額には、みどりの、石。

 
 
 私の愛読書ドリームバードには、不思議な力と、その力にまつわるナゾがあった。

 ドリームバードの世界には、ナゾの塊とされる石版がある。それを読み解いた者は、不思議な力が使えるというものだ。

 ある者は火を。ある者は光を。ある者はマヨネーズを。ある者は泥を。

 その力を使う者の証として、体のどこかに「石」がある。

 
 ドリームバードのルイスは、その「石」を持っていた。

 
 額に、碧色にかがやく、石を。

 
 
「……こ、こは……ドリームバード、なの……?」
 

 私は、いる。生きている。手も動く。

 
「リィル?」
 

 目の前でつぶらな目を瞬くでっぷりたぬきは、まちがいなく私の父親だ。記憶がある。

 
 なら、この記憶は?

 
『たかがマンガだろ?』

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