03 空飛ぶ船、ドリームバード!

 果たしてここは、本当にドリームバードの世界なのだろうか。

 もしもそうなのだとしたら、私はいったい。
 マンガの世界に、入り込んだとでも言うのだろうか。そんなバカな。
 はっ! もしや、ドリームバード大好きな私のために、大がかりな演劇を……っ?

 いやいや、待て待て。
 あんなルイスそっくりなイケメンが、この世にいるはずがない。
 なんなら、あんなでっぷり親父が身近にいてもちょっと嫌だ。

 なら、やっぱりここはドリームバード……?

 
「リィル? 瞬きしないと、魚そのものみたいだクワ」
 

 それはどういう意味だ。

 
「まあ、お父上さま。ほほほ、私、ちょっと用が……」
 

 うふふとかわいらしく笑うと、でっぷりたぬきは不思議そうに首をひねった。

 
「リィルに予定? 珍しいこともあるクワ」
 

 おいおい、それじゃあまるで私がいつも暇人みたいじゃないか。まあ、暇人だけども。

 
「細かいことはいいのです。とにかく、急用なの!」

「リィル、いたずらばかりしたらダメだクワ」

「ほほほ、いたずらなんてそんな。したことないです、ふふふ」
 

 小首をかしげると、でっぷりたぬきはデレデレと顔を緩め、うんうんとうなずいた。
 本当に、私のこと大好きだな、この父親。男親は娘がかわいいものだと言うが、ここまでかわいがる親はそうそういないんじゃないだろうか。
 なんなら、目に指を突っ込んでも許されそうだ。

 そそくさと部屋を後にしようとして、大切なことを思い出す。

 
「あ!」

「どうしたクワ?」

「手配書、くださいまし。ざっと百枚ほど」

 
 
 
――――
 
 
 しめしめ、ルイスの手配書をゲットすることに成功したぞ!

 不思議そうにしていた父上に、「この顔を、よーーーく覚えておきたいんですの」と言えば、私にあまあまなでっぷりは、なんの疑いもせず手配書を渡してくれた。ただし、枚数は十枚。

 仮のだから今はこれしかないらしい。
 まあ、そういうことならば仕方がない。
 まだ世に出回っていないプレミア物らしいから、十枚でも十分だろう。

 壁に貼る観賞用、机の引きだし保存用、まくらの下に入れる夢見用、服にしのばせる持ち歩き用、そしてストック!

 はぁん、これでいつでもルイスの顔が見られる。しかも、三次元仕様だ! いや、紙だから二次元なのだけど、生々しいというか、まさに人!

 そう、人なのだ……!

 平面に描かれた絵ではない、これは、見まごうことなく、生身の人間……!
 しかもイケメン!

 
 これはいったい、どういうことだっ……!

 けしからん事態だ!
 

 真っ赤な絨毯が敷かれた、ながーい廊下を歩きながら、手配書に写るルイスを眺める。
 ぐふ、イケメンだ。て、違う違う、そうじゃない。
 このルイス、どう見ても、若い……?

 マンガのルイスは、二十を超えていたはずだ。
 正式発表はなかったけれども、他の人間関係から予測して、二十二前後だった。

 でも、このルイスは少年と青年の狭間と言ったらいいのだろうか。
 なんというか、マンガにあったような貫禄のようなものが、まだちょっとない気がする。

 うーむ。
 ルイスもいるし、どう考えてもドリームバードだとは思う。だけども、そうなると私はなんだ?
 突然目覚めた変な記憶では、この世界はマンガで、でも私はこの世界で生きていて。

 どっちも私、てことなのだろうか。

 でも私、死んだ記憶ないよ?

 
「…………って、ああああ!?」
 

 な、な、なんてことだ……!

 とんでもないことに気づいてしまった!

 私の記憶が間違っていないのであれば……っ。

 
 
 ドリームバードが完結した記憶が、ないっ!!!

 
 
 
 長い長い果てのない廊下の突き当たりにある、一番端の部屋。
 やたら重そうな金属で煌びやかに装飾された、ちょっと目に痛い扉を開け、スルリと身を部屋の中に忍ばせる。

 重厚な扉を閉めて、私は……

 
「うおぉぉおおおおん!!!!!」
 

 心のままに泣いた。

 
 その場にうずくまり、顔を伏せたまま、右手握りこぶしを床に叩きつける。

 こんな、あんまりだ!

 私はドリームバードを見るために生きていた!

 完結するのをずっとずっとずーっと、楽しみにしていたんだ!
 ルイスのその後も気になって気になって、いつもいつも発売日を心待ちにしてたのにっ!
 完結した記憶もなければ、完結することなんて絶対にないじゃないか!

 だってココはもう、マンガじゃないんだから!

 
「うぁぁぁぁあアアア!!! ずびっ、ぉぉおおおお!!」
 

 ダンダン! と床を叩きつけていると、背後からけたたましいノック音が響いた。

 
「リィル!? リィル! どうしたんだクワ!」
 

 ドンドンドンドンドン、と、扉が壊れるんじゃないかと思う勢いで音が響く。叩きすぎだ。どこの取り立て屋だ。

 私はしかたなく立ちあがり、のそのそと扉をあけた。

 
「リィル! 今の遠吠えはなんだクワっ」
 

 ……遠吠え?

 はて、そんなものしなかったが。

 私はふり返り、部屋を見回す。

 変なものはいないぞ。聞きまちがいじゃないのか?

 
「ケモノのような声だったクワ……。リィルが部屋に入った途端、聞こえてきたクワ。だから父上はてっきりリィルがケモノに襲われたのかと……」
 

 部屋に入った途端って……。
 ハッ、もしや、私の泣き声のことか!?
 失礼な! 私のかわいいかわいい泣き声がケモノのはずがないだろう!

 このたぬきの耳は腐りきっている!!

 
「大丈夫。なにもいないよ? それよりお父上さま? ついてきていたんですの?」
 

 ついてきていたんだろう? たしかに私はかわいいが、それはストーカーだ。

 
「リィルの様子がおかしかったから、心配だったんだクワ。手配書を見ながら百面相もしていたから、頭の医者を呼ぶか迷ったんだクワ」
 

 頭の医者って、失礼な……! たしかにルイスの手配書を見てニヤニヤしていたが。
 
 
「変なものでも食べたクワ? 落ちてるものは食べたらダメだと教えたクワ」
 

 そんなことも言ってたな。
 だけど、いつもいつも落ちているものを拾って食べているわけではない。

 見たことのない、おいしそーなあめ玉があったとき、たまたま、たまたま口にしただけだ。
 まあ、そのあとお腹を壊したんだけれど。

 あれは貝のお腹の中で固まった、毒素の結晶だと知ったときは、もういっそ死んでしまいたいと思ったが。

 
「大丈夫です。それより、ちょっと考えたいことあるので、出ていってくださいまし!」
 

 私は父上のでっぷりと脂肪ののった背中を押し、無理矢理部屋から追いだした。

 
「リィル、鼻はちゃんとかむんだクワ」
 

 私は無言で、ちり紙をポケットから取り出した。

 
 
 
 ひとりになって、私はあらためて部屋を見回した。

 ひらひらが、これでもか! てくらいに使われ、純白の天蓋つきのゴージャスなベッド。キングサイズだ。
 さらに部屋は……百畳はあるかもしれない。
 ソファーにテーブル、ぬいぐるみにドレッサー、どれもが一流の職人によって作られた最高級品だ。

 今度は足もとを見る。前が短く、後ろが長いという、独特のスカート。
 たしか、フィッシュテールとか言った気がする。

 そして最後に、そっと頭に手にやる。
 右側に触れるのは、硬い髪飾り。それを外し、じっと見つめる。魚のヒレのような形をしたデザイン。

 
 ま、まちがいないっ……!
 材料がそろいすぎている!
 

 私はっ、世界の支配者、言うならば、本物の世界の悪、大魔王ポジションとして生まれてきてしまったらしい……っ!

error: Content is protected !!