10 策士、策士……策士?

 この世界で生きていくならば、この世界のルールに沿って、私は生きなければならない。

 逆に言うのならば、ルールにさえ沿っているように見えたならば、それは問題のない勝利と言えよう。

 
 じっと、実の父親を見据える。
 

 さいわい、私はこの世界の知識だけはムダにある。

 何度も何度も。
 飽きるほどマンガを読んだ。

 登場人物の気持ちになって、何度も一緒に泣いた。
 理不尽な世界に、怒ったりもした。

 私は、この世界を、壊したい。

 ココが、本当にマンガと全く同じ未来を進むのかわからないけれど、例えそうなのだとしたら、私はそれをめちゃくちゃにする、破壊神になってやる。

 それで……ルイスの悲しい顔を、描き変えるのだ。

 
「お父上さま」
 

 ひと呼吸置いて、背筋を品良く伸ばす。
 胸を張って、前を見るんだ。
 絶対に、負けるわけにはいかない。

 私の師匠となるハナさんの運命は、この瞬間にかかっているのだから。

 少し顎を引いたら、右足を一歩、前に出す。

 
「心配してくださるのは、とっても嬉しいです」
 
「リィル……っ」

「だけれども」
 

 デレッと頬をゆるめた父上のすぐ前に立ち、首を伸ばして父上を仰ぎ見る。

 
「ありもしないことを根拠に、勝手に決められては困ります。それとも……」

「…………」

「お父上さまは、私が嘘をついていると、そう言いたいんですの?」
 

 目を細めて小首をかしげると、父上は目を見開いたまま固まった。
 そして、じわじわと脂汗を垂らし、カクカクと壊れたロボットのように首を横に振る。

 
「私には、そう聞こえまし」

「ち、違うクワ!」

「お父上さまが私のことをそんな風に思っていたなんて、私、すっっっごく、傷つきました……」
 

 最後に、よろりとよろめいて、大げさに両手で顔をおおう。
 まぁ、こんなことで傷つくようなハートは持ってはいないんだけれども。でも私のこと大好き魔神には、これくらいが一番いいだろう。

 だって、これはもう、違うと、そんなつもりじゃないと、そう言うしかないのだから。

 こっそり笑って、指のすき間から、チラッとのぞく。
 案の定、父上は顔面蒼白になってオロオロと視線をさまよわせ、動揺を示していた。
 おお、予想通り、いい感じだ!

 ならばココでトドメをっ!

 手で顔をおおったままうつむき、ふぁっと見られないように欠伸をして、瞳に涙をためる。

 
「リィル……!」
 

 うつむいた私に、動揺の糸がはち切れたのか、父上はその場に這いつくばって私の顔をのぞき込んできた。

 なんともみっともない格好だが、まあいい。
 しめしめ、狙い通り! かかったな!

 私は脳内ででっぷり父上が、私の作ったふかーーい落とし穴に落ちていくのを見送った。

 私は瞳に潤いをとどめたまま、ゆっくりゆっくりと手をどかし、床にいる父上を見つめる。

 父上が、床に這いつくばったまま、ピシッと固まった。

 
「リ、リィル……っ」
 

 ふっふっふ、これぞ、嘘泣き作戦!
 私大好きでっぷりには効果は抜群のようだ!

 
「ち、父上がっ、父上が悪かったクワ! リィルを信用してないとかじゃないクワっ、ただ、父上はリィルが心配で……っ」

「心配だと、お父上さまは私を疑うんですの?」

「ち、違うクワ! し、信じてるっ! 父上は、リィルを何よりも信じてるクワ!」
 

 その言葉!!!
 しかと耳にしたぞっ!!!!
 

 私は涙を引っ込め、ニコリと笑う。

 
「じゃあ、ハナさんに何もしないと、誓ってくださいまし?」

「……そんなにあの女が気に入ったのかクワ?」

「もちろん。ハナさんは、私が学びたいと言ったことを、叶えてくれると約束してくれました。私は……」
 

 くいっと口角を上げて笑う。

 
「自分の役に立つモノは、そう簡単に切り捨てたりしない」
 

 好きなわけじゃない、あくまでも利用するためだと、父上の選民思想をくすぐるために仄めかしたわけだけど、まぁ、あながち間違いではない。
 私は私の役に立つのならば、なんだって使ってみせる。
 そうっ、実の父親だろうと!

 父上は一瞬ぽかんとみっともなく口を開けていたけれど、やがてゆるゆると頬を緩ませて、ホロリと涙を一粒流した。

 
「リィル……いつの間にか大きくなっていたんだクワ。父上は……父上は嬉しいクワっ!」
 

 なんだかよくわからないけれど、父上は感動の涙を流しはじめた。
 まあ、狙った通りにいきそうだから、もうなんでもいい。

 
「誓ってくださいまし?」
 

 ずいっと顔を近づけ、小首をかしげて念を入れると、父上はウンウンとうなずいた。

 
「約束です」

「父上は、リィルを裏切ったりしないクワ」

「なら、今後ハナさんのことは私に一任してくださいまし?」

「リィル……立派になって……父上は嬉しいけど、少し寂しいクワ……」
 

 床に座り込んだまま、うるうるとつぶらな瞳に涙を浮かべる父上を無視して、私は自分の机の引き出しを開け、紙を取り出す。
 サラサラとペンを走らせ、すぐに父上のところに戻る。

 
「ではお父上さま? ココにサインをしてくださいまし」

「リィル、これは……?」

「念書です。こういうのは、しっかりと証拠を持っておくことが必要だと、お父上さまがしてるのを見て、学んだんですの」
 

 さりげなく、父上をよいしょして、紙とペンを差し出す。
 でっぷり父上は紙を凝視して、やがてぶわっと涙を溢れさせた。

 
「リィル、父上を見てたのかクワ?」

「もちろん。私はいろんなことをお父上さまから学んでます。さあ、早く書いてくださいまし?」
 

 父上は嬉しそうに顔をほころばせて私から紙とペンを受け取ると、サラサラと呆気なくそこにサインをした。

 ふっ……ふっふっふっ……勝ったぁあああ!

 カンカンカーン! どこからともなく勝利のゴングが聞こえる!
 素晴らしい! ここまで上手くいくと笑いが止まらないっ!
 心の中でぐふぐふと笑いつつ、表はすました顔で父上から紙を受け取った。

 
「コレは厳重に保管しておきます。もしもコレを破ったら……お父上さまのこと、嫌いになるね?」
 

 ニッコリと笑ってそう告げると、父上はほころばせていた顔を引きつらせて、絶対に破ったりしないと、つばを飛ばしながら力説した。

 その言葉、よーーく胸に刻んでくださいね?

 私にすがりつこうとしてくる父上を避け、もう用はないと、肉厚の背中を押して部屋から追い出した。

 バタン! と扉を閉めてから、そうだそうだと思い出して再び扉を開ける。

 追い出されたのが悲しかったのか、肩を落としながら歩いている父上の背中に声をかけた。

 
「お父上さま」

「……! リィル!」

「十歳の誕生日、地上に連れてってくださいまし」
 

 そう口にすると、父上は目に見えて嬉しそうに頬を緩ませた。ぱぁぁぁ! と、効果音が背景に見えたくらいだ。マンガじゃあるましい。

 あ、ある意味、マンガの世界だった。

 
「見たいもの、たーーーっくさんある!」

「リ……」
 

 父上が駆けよろうとして来たのが見えたから、私はそれを見なかったことにして扉を閉めた。
 ドスン! と、何かがぶつかるような音がしたのは……ま、聞こえないフリ、聞こえないフリ。

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