11 逆さ十字と曰く付きの組織

 父上を説得してから数日が過ぎ、私の目の前には再びハナさんの姿があった。

 あいも変わらず凛として美しい。
 ああっ、少しかがんだ姿なんて、なお美しい。
 長いまつ毛が影を作っているのがよく見えちゃうっ。

 妖艶な姿にドキドキしながら、床に積まれている本を手にするハナさんを見つめる。

 そして、ハナさんが私の視線に気づいたようで、ふと顔をあげた。

 
「……何をなさっているのですか」
 

 ハナさんは、ソファーの影から目だけ出して見守っていた私を見てそう言った。

 
「え? ほほほ、ちょっとかくれんぼを」

「そうですか。変なことをするのも大概に」

「変なことなんて」

「あなたは、海の一族なのですから」
 

 ちょっとだけ、胸の奥がチクリとした。

 海の一族と民間人、と、そう壁を貼られたような気がして。

 
「……わかってるもの」
 

 ツーンと顔を背けた。
 わかっている。それが普通の反応なんだって。
 海の一族に生まれてしまった以上、私に『普通』なんてありはしないのだと。

 でも、もうちょっとフレンドリーにしてくれてもいいのに。

 せっかく、あの、ハナさんとこうして話せているんだから、もっと親しくなりたいっ。
 あわよくば、「あなたをお守りします」なーんて言われてみたい!

 はぁ、颯爽と剣を構えるハナさん……漫画でみたのと同じように、美しくもかっこいいんだろうなぁ。

 ハナさんはその見た目と、そこらの男よりもよっぽど凛々しい言動に、幾人もの禁断ラブを生み出してしまったお方なのだ。
 漫画の中しかり、私の前世の世界しかり。
 私の友達も禁断ラブに目覚めてしまってたなぁ。

 ふへへ、かっこいいは罪だ!

 
「……よだれ、出ていますよ」

「えっ!?」
  

 私は慌てて口元を服の袖で拭った。
 げー、ほんとだ。まずいまずい、シャキッとしなくては。

 私はキリリと眉を上げ、ハナさんに向き直った。

 
「今日は、何のお勉強をするんですの?」

「はい、それをお決めできればと。いくつか、あなたが興味を示しそうな物を持ってきました」
 

 ハナさんはそう言って、気合が入り過ぎて新調してしまった私の勉強机の上に、いくつか本を置いた。
 私は早速近づいて、机の上に置かれた本をのぞき見る。

 ほうほう、世界史、地上の常識に歴史、法律、犯罪について、それから……

 
「……これは、なんですの?」
 

 私は古びた一冊の本を手に取る。

 表紙も背表紙もボロボロだ。

 
「それは、我々の組織、ディヴァインワールドについてです」

「えっ!? 十字について!?」

「……十字? なんです? それは」
  

 げ、しまった。
 十字というのは漫画の読者が勝手に呼んでいただけで、実際に組織の人たちは知らないんだっけ!?

 な、なんとか誤魔化さないと……!

 
「え、えーと、ディヴァインワールドの者たちは、十字を掲げていると聞いたので、呼びやすいように十字、と」

「なるほど。悪くないですね」

「えっ」
 

 まさかの同意が得られた!?
 おおぅ、ハナさんのツボがさっぱりわからない!

 私はハナさんとの間に心の距離を感じた。

 
「あ、えっと、それで十字のことというのは……」
 

 この機会にさりげなく十字呼びを押し通すことにした。
 だって十字の方が呼びやすいし。
 

いにしえの時代より引き継がれている本ですよ。我々はこの本の写しを、入隊した時に配られるのです」
 

 なんと!?

 そんな物が存在したのか?!

 そんなの漫画にも出ていなかったぞ!? これは……っ!

 新発見の予感!!

 名探偵リィルレーダーがキュイィイインと反応した。
 ワクワクしながらハナさんを見つめる。

 
「さすがに海の一族の方に写しを渡すわけにもいかないので、原本を持ってきました。古いのはご承知ください」

「うん、うんっ、おっけーおっけー!」

「……この本は、我々ディヴァインワールドを創り上げた、海の一族の姫君が作ったものとされています」
 

 ほー、そんな者がいたのか。知らなかった。

 ボロボロの本。表紙には、十字と、その下に鏡写しのように、逆さ十字。

 ……ん?

 逆さ十字?

 なんだ、この不吉な……。

 
「あの、ハナさん」

「はい」

「この、逆さ十字は……」
 

 私が表紙の逆さ十字を示すと、ハナさんも首をかしげた。

 
「さあ、それについては私もわかりかねます」

「……そう」
 

 逆さ十字って、あまりいいイメージがないけれど。

 邪悪とか裏切りとかの象徴じゃなかった?
 しかも、十字と逆さ十字が一緒に描かれているなんて……。

 
 裏切り者?
 ディヴァインワールドが?
 曰く付きの組織……神の世界……逆さ十字。

 まさか……。

 ディヴァインワールドの本当の意味……。
 

 
 神のいない世界――……?

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