12 攻めの一手

 曰く付きの組織、十字。

 十字は曰くの組織だろうと、そう漫画の読者に噂をされてはいたけれど、それでも当時は予想の域を出なかった。
 だって、原作で明らかにされてなかったからね!

 それが、いにしえの本だとかいうのを見せられて、こんな、まさに曰くたっぷりの現実を目の当たりにするなんて……いったい誰が予想しただろうか。びっくりだ。何がびっくりって、意味がわからないことがびっくりだ。

 神のいない世界?

 神って誰? え、海の一族じゃなくて? え、いるよ? 海の一族いるよーーーー?!

 って、まずいまずい。
 選民思想に支配されてしまうところだった。

 私は首を振って、頭の中にうずまいた悪の思想を追い払う。

 そして、ギンッと、古びた本を見た。

 もしや、これは予言書なのでは?
 未来、海の一族が滅ぼされるから、しっかり守るんだぞ、というお告げとか。

 ありえる。なにせ、ここは漫画の世界なのだ。そういう都合のいい物があっても不思議ではない。

 
「ハナさん、私、これが見たいの」

「いいですよ。そのために持ってきましたから」

「ありがとう!」
 

 こんな素晴らしい本を持ってくるなんて、ハナさん私のことよくわかっているな。
 これは相思相愛と言ってもいいのではっ?

 
「ひとまずお掛けください」

「うん!」
 

 大人しく椅子に座ると、ハナさんも椅子に腰かける。
 そして、ハナさんはどこからともなく眼鏡を取り出すとそれをかけた。
 えっ! かっこいい!
 ってそうじゃなくて、ハナさん目が悪かったの?!

 
「……ハナさん、目が悪いんですの? それとも、まさか老が……」

「怪我されたいのですか?」
 

 ひぇ!?
 目、目、目が笑ってない!! 本気だ! 死んでもいいからるぞ。という目をしている!
 私は高速で首を横に振った。
 まだ死にたくないっ! だって、ルイスに会ってないもの!

 
「あいにくと、まだそんな歳ではありませんよ」

「そ、そうよね! 知ってたに決まってるじゃない! ほほほ……」
 

 うっ。その、「ほんとか?」みたいな目やめて……。
 心が苦しい。だって、漫画のハナさんは30前後とかだったような。あ、それでもさすがに老眼はないか。

 
「今、おいくつなんですの?」

「私は今年25です」
 

 ほほーう。
 原作のハナさんはいくつだったか……。それがわかれば原作が始まるのがあと何年後かわかるのに。
 まあ、だいたい5年前後ではあるようだ。
 つまり、私に残された時間はあと約5年。

 短い……。でもやるしかない! これも全てルイスのため!

 
「それで、この本についてですが」
 

 おっと、そうだった。今は勉強勉強。

 
「ここには、規則や守るべき規律なんかが書かれていますね」

「へぇー」

「海の一族では習わないですか?」

「お兄さまとかなら知っているかもしれないけれど、私はよく知らないんですの」
 

 そう、過去の私は勉強嫌いだったからね! 必要最低限しか勉強してきていないのだ。
 これも絶対前世の影響だな。かつての私は勉強より漫画派だった。
 その漫画がこんなところで役に立つとは思わなかったが。人生とは不思議なものだ。

 
「まあ、特に知らなくても問題はないでしょう」

「具体的に何が書かれているの?」

「当たり前のようなことですよ。犯罪を犯した者を取り締まれと言った感じですね」

「ふーん」
 

 とりあえずペラリと捲ってみる。
 お、おおぅ。初っぱなから、かたっ苦しいぞ。

 
なんじ、以下を犯すべからず。

 従わない者には悪魔の裁きが下るだろう』

 
 ……ここ、裁きを下すのは神ではなく、悪魔なの?

 どういうことだろう。

 逆さ十字に悪魔……。悪魔って海の一族のこと?
 いや、横暴だしその通りなんだけれども、これを作ったのは海の一族の姫らしいし、ならここは神の裁きでいいのでは?
 いやでも、ディヴァインワールドを神のいない世界だと仮定すると……。

 んーーーわからない!

 なにこれ! 難解な数学の問題より難しい!
 第一、こんなの漫画に出てなかった!

 
「理解されてます?」

「な、なんとなく」
 

 まあ、内容としては、これを守らなければお仕置きしちゃうぞ! ってところだろう。
 
 犯罪者の取り締まり。
 世界の海を渡り、治安の維持。
 各部隊の訓練。
 各所に基地を造り、国の警備。
 物流の確保と選別。
 汚職者の権威剥奪。
 各地税金の徴収。

 ほほぅ、行なっていることはわりとまとも……というか、普通?

 たしかに、漫画でも海の一族は嫌われていたけれど、十字はそこまで嫌われていなかったような。
 もちろん汚職をする人は別だけど。

 これを作ったのは海の一族の姫で、でも海の一族は嫌われ者で……。

 なんだろう。
 何かこう、上手く絡み合っていないようなモヤモヤというか。うーん。

 
 とにかくペラペラとページを捲っていき、ざっと流し読みをする。
 
 んん、これ……。
 とある一ページに書かれていた文字を凝視する。

『町の発展と自然の再生』

 自然の再生……?
 どういう意味だろう。漫画の町はわりと普通だったけれど。
 まさか、地上はカラカラに干からびた砂漠とか?

 
「何か気になりました?」

「ん……これ、どういう意味?」

「ああ、そのままですよ。かつて、この大地に自然はほとんどなかったそうです」

「えっ、そうなの?」

「ええ。ですからこの文なのかと。現在はあまり注目すべき事項ではないですね」

「……そう」
 

 なんだか、どんどん謎の組織になっていくぞ、十字。

 これはいつか現地調査をしなくてはならない。そう、失われたアーデル家のシルエにも会いたいし。
 

「ねぇ、ハナさん」

「どうされました?」

「私、十字に行きたい」
 

 ドキドキドキドキ。
 愛の告白をした乙女のように鼓動が高鳴る。

 チラリ、とハナさんを上目に見上げると、ハナさんは能面のような顔で私を見ていた。

 
「無理です」

「ええええ!? なんで!?」

「海の一族がそうやすやすと来れる場所ではありません」

「えええ、でも、十字は海の一族管轄でしょう?!」

「そうですが、お父上が許可されるとは思えません」
 

 ぐぬぬ、一理ある、が!
 私に不可能はない!

 
「お父上さまの許可が取れればいいんですの?」

「そうですね。見て楽しいものなど何もありませんが」
 

 ふっふっふ、聞いたぞ。私はしかと聞いたぞ!
 言質を取った!

 私は必ずや十字に行く!
 そして失われたアーデル家の生き残り、シルエに接触を図るのだ!
 
 

 いずれ行くことになるだろう十字に期待を膨らませながら、私はハナさんとこれからの勉強の方針について話し合いを続ける。
 さて、そろそろ頃合いか……。

 私はチラリとハナさんの美しい横顔を見つめた。

 
「ハナさんは、遊撃隊所属なんですの?」
 

 私はそうしらじらしく問いかけた。

 私にはやりたいことがあるのだ。
 そのためにも、話題の転換をせねばならない!

 ハナさんは「よくご存知ですね」とうなずいた。まあ、漫画を見てたからね!

 
「遊撃隊って、主に犯罪者たちの取り締まりを行なっていると聞いたけれど、本当なんですの?」

「ええ、渡り鳥一派の取り締まりが多いですね」
 

 きた!!!
 この話題を待っていた!

 
「まあ、そうなんですのそうなんですの」

「……何を企んでいるんです?」

「企むなんてそんな、ほほほ」
 

 ハナさんが不審な物を見るように目を眇めた。
 まあまあまあ、なんでしょう、その目は。びっくり!

 
「ハナさん」

「……嫌ですよ」

「まだ何も言ってない」

「いくつも死線をくぐり抜けると、嫌な予感というのが強く働くようになるんですよ」
 

 ぐ、まさかそんな特殊技能を手にしていたとは。
 しかーーし、ここで引くわけにはいかない!

 私は聖女に見えるよう、にっこりと天使の微笑みを作った。
 

 
「私、戦い方を教えて欲しいんですの」

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