23 渡り鳥、レイヴン

 ただひたすらに食べ物を口に詰め込んでいると、なんだかやけに視線を感じた。

 ん? なんだろう。見られてる?

 ケーキを食べていた手を止め、周囲を見る。何人かと目が合った。でも目が合った瞬間そらされた。
 えっ、なになに。まさか、海の一族だとバレたっ?!
 ヒヤヒヤしながら周囲を警戒する。

「うん? どうした?」

 酒瓶に口をつけていたルイスが、横目に私を見た。ぎゃあ、なんて色気っ。お色気ムンムンねっ。
 って、今はそんなことでメロメロになっている場合ではない。

「あの、なんだか私、見られている気がするのですが」

 自意識過剰か? いいや、見られてるっ。これは絶対見られている。チラッチラッと私を見ては、なにかを囁きあっている。
 なになに、噂話?
 はっ、もしや「あの美少女誰だ?」的な、漫画でよくあるパターンかっ?! トキメキラブが、始まってしまうのか?!
 私はフォークを握ったまま、そのときを待った。

「ああ、口。付いてるぞ。ヒゲになってる」

 げえぇぇ、うそおっ! 私は手で口元をこすった。手に白いクリームが付いた。ぐぁ、ケーキの悪魔のイタズラかっ!
 私がクリームをとった瞬間、チラチラ見てた男たちがゲラゲラと笑った。くぅ、悔しいっ。私がもっと美少女だったらっ! 今すぐメロリン攻撃を仕掛けて下僕にするのにっ!

「今度は手についてる」

 ルイスがポケットからハンカチを取り出して、私のミニマムな手をとる。丁寧に拭いてくれてるんだけれども……。あれ、ルイス、子ども好きだったの?

「おまえ、子ども好きだっけ?」

 口から出てしまったのかとヒヤリとしたけど、その疑問を口にしたのはアルバトロスだった。
 ルイスを見て、不思議そうに首をひねっている。
 おお、やっぱりそう思うか。私も思っていた。漫画のルイスのイメージは、決して子ども嫌いではないんだけれど、好んで近づくタイプではなかったはずだからだ。

「とくに好きでも嫌いでもないな」

 ですよね。てことはアレか。拾ってきた捨て猫に責任を持つタイプか。それはありそう。責任感強そうだもんなぁ。

「ふーん? てことは、リィルちゃんに、興味あり?」

 えっ!
 なにそれっ、ぜひとも詳しくっ。詳しくお聞かせをっ! 私は鼻息荒くアルバトロスを見た。

「馬鹿言うな。子どもだろ」

 ぐぁ、言葉の暴力。心が、つらい……。

「ほーぉ? 俺は別に、興味あり、しか言ってないけどな?」
「……」

 ルイスが無言でアルバトロスを凄んだ。
 え、なになに、どういうことっ?!
 キョロキョロとルイスとアルバトロスの顔を見比べる。

「別に? おまえがそういうつもり欠片もないってんなら、俺が唾つけてもいいし? 年齢差っても、五個くらいだろ。大人になれば許容範囲。なー?」

 いや、やだよ。なにそんな当たり前みたいに「なー」って返されると思ってるんだ。私は顔を背けて拒否を示した。私は安い女ではなくってよ。

「俺と仲良くなったら好きなもん食い放題、飲み放題。デザートも付けるぜ? しかもオーダーメイド。どう? けっこういい男だろ?」

 ぐぁ、それは卑怯だっ! いい男すぎるっ。そもそも、顔だって、まぁ、好みは置いといて、イケメンだし、料理が美味しくて、しかも、この男……むごい死に方をしたけれども、本当はルイスに並ぶほど強いんだっ!

 ただっ、チャラいっ。そうアルバトロス・シードという男は軟派男なのだっ。私は硬派が好きだ。軟派男は嫌だ。

 まぁ、世界中あちこち渡る渡り鳥に、硬派もなにもないけれど。漫画には、世界各地に女を作るハーレム男とか、いたなぁ。
 アレだ、前世でも、世界各地を渡る船乗りだとかパイロットは遊び人が多いという、偏見極まりないこともまことしやかに囁かれていた。

 特にこの世界、別の場所に女を作れば、浮気がバレる心配なんてほぼゼロだからね。女に悲しい世界だ、まったく。

「ありゃ、あんま乗り気じゃない?」
「私、軟派男はお断りですの」

 アルバトロスが目を丸くして、ケラケラと笑う。

「そりゃあ、渡り鳥にはキツいなぁ」

 しってるけど、わかってるけどっ、でもっ。チラッとルイスを見た。う、私は幼女。対するルイスはほぼ青年になりつつある。ぐぅううう、年齢差が、年齢差が憎いっ!

「リィルちゃんは一途な男が好きなんだ?」

 そりゃあそうだろう。一途バンザイっ。離れていても私を想ってくれる……はぁん、なんて素敵なロマンス。

「男なんて、みんな遊び人だぞ?」

 やめろっ! 夢を壊すなっ! 子どもになんてことを教えるんだ、この軟派男はっ。

「な、ルイス」

 うううう、そこでルイスに話題を振るなぁ!
 聞きたい、でも聞きたくないっ。私はまだ、夢を見ていたいっ!

 ルイスが口を開く前に、ケーキの皿をひっつかんで逃亡した。駆け足で走る。気づけば、屈強な男たちに囲まれていた。ぎゃあ、なんてこった。マッスルたちに捕まった!

「来た来た、チビッ子!」

 チビッ子って私のことか?!

「うお、顔まるい、かわいーなぁ」

 ちょっと待て。それは褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだ?!

「来い来いっ、ほら、いちごキャンディだ!」

 げげ、なんか袋湿ってるけど大丈夫? これはいつのもの? まさかずっと握ってたのか? 食べてもお腹壊さない?
 まあ、食べるけども。パクリと飴を口に入れた。

「チビッ子チビッ子、なんか芸してみろ!」

 ええっ!?
 それはちょっと、難易度高くない?

 芸か……。うーん、芸ねぇ。私ができるのなんて、昔、ドリバの主題歌のバックダンサーが踊っていた、ロボットダンスくらいだぞ? まあ、いいかそれで。

「わかりました。一芸をお見せしましょう」

 皿を床に置くと、わっと歓声が響く。おおっ、なんかノリがいいな。いいぞいいぞ、私はおだてられるの大好きだっ!

 ふぅっと息を吐いて、私は魂をロボットと入れ替えた。ウィーン、ガシャン。手をロボットのように動かすと、歓声がピタリと止んだ。
 ええっ? もっと盛り上げて? それともこれはウケが悪かったか。しまった、選択ミスだ。
 それでも魂をロボットに売り渡していると、爆発的などよめきが起こる。

「チビッ子、おまえっ、人じゃなかったのか?!」
「ええっ? 私は……」

 あれ、人ではないかも? 海の一族って人になるのか? ならないかもっ?!

「うぉおおおっ、これって、あの噂のロボットかっ!」

 ドリバ、ロボットのおもちゃ売ってるもんね。どうやら私は、男の魂を鷲掴みしたらしい。

「チビッ子、おまえ、ロボットだったのかァ!」
「すげぇ! 俺、本物のロボット初めて見た!」

 水を差すようで悪いですが、私、ロボットではありませんので。
 まあ、今は黙っておこう。夢を見せるのも大切なことだ。そう、私はあの軟派男とは違う。夢をきっちり見せてあげる優しさがあるのだ。ウィーンと動いて、最後におじぎをした。
 辺りは大歓声。おお、私の拙い下手くそなロボットダンスでここまでウケてくれるなんて。前世の本物のロボットダンスを見たら腰が抜けるんじゃないか?

「ほかには、ほかにはっ?!」
「ばっか! ロボットだぞ! できるわけねーだろ!」
「えーと、私、ロボットではないんですの。今のは、ただのダンスです」

 ピタッと、静まりかえった。
 そして、声をそろえて男たちがひっくり返る。なんだなんだ、この反応。楽しいっ! オーバーリアクション最高!

「ほかには、そうですねぇ……」

 宴会といったらなんだろう。うーむ。あとはマジックとか?

「誰か、コイン貸してくださいまし」
「おっ、コインならあるぞ!」
「まぁ、ありがとうございまし。では、このコインをよーく見て」

 私は初歩の初歩というコインマジックをした。手からパッと消えるやつだ。大ウケだった。あとはスプーン曲げもしてみた。これまた大ウケだった。
 スプーン曲げは誰でも簡単にできると教えた。教えたそばから、マッスル男たちはスプーンをへし折った。そして「曲げられない……」とシクシク泣いていた。私はなんとも複雑な気持ちになりながら、それを励まし、宥めた。
 曲げられないのは、あなた方の力が強すぎるからですけどね?

「チビッ子チビッ子、これはどうだ? 腹踊り!」

 お腹に絵を描いた男が踊る。
 たしかに私はぽんぽこお腹だけど、それはさすがに嫌だぞっ。私は女だ、レディだっ。それと私の名前はリィルだっ。

 とりあえず私は、「まぁ、お上手」と言って盛り上げ要員に徹した。はやし立てては盛り上げ、合いの手を入れては盛り上げ、指笛を吹いては盛り上げ。ひたすらに盛り上げ続けた。

「あー、楽しいっ」

 楽しかったようでなにより。

「チビッ子、おまえ、曲はできるか?」
「曲?」
「音楽だよ、音楽! 俺はバイオリン!」

 うぇ、こんなむさい男がバイオリン弾くのか。世の中は不思議に満ちている。

「俺は笛!」
「俺は太鼓!」

 それからも、サックスやらトランペットやらフルートやら。さすが日本の漫画。出てくる楽器がそのまんまだ。
 ちなみに私は楽器はサッパリだ。リコーダーとか、鉄琴木琴とか、小学生のころに触るようなものならきっと、きっと、できる……かもしれない。

「私、楽器は触ったことないんですの」
「おっ、そーなのか? なら、教えてやるっ!」

 いろんな楽器を触らせてくれた。中でも私が気に入ったのは、フルートだ。なんか、イメージが可憐でかわいいからだ。ただ、残念なことに才能はなかったようで、音は鳴らなかった。アーメン。

「あなた、なにしてるんですか」

 そんな楽しい空気を、一言で割るような、澄んだ声が聞こえた。
 顔を向けるとそこには、目が焼けるような美少年が立っていた。

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