24 嘘と本音とほんとうのこと

「怪我は? 三日も目を覚まさないと聞きましたけど。ちょっと、聞いてるんですか」

 え、誰この美少年っ。年齢は……六歳くらい? 私よりミニマムだ。チビッ子。
 それよりなんか親しげに話されてるけど、私こんな知り合いいないよっ?!

「だ、だれ……?」

 私はなんとかそれだけ口にした。
 美少年はちょっとだけ顔を歪めて、私の前に来るとため息をついた。そして、体が縮む。って。

「ええぇええええええっ!? あのときの、ふわふわもふもふプリティアニマル?!」
「……なんですか、それ。変な名前やめてください。ボクはベオ。ベオ・キラー」

 キラーって、ちょっと怖い名前だな。
 ベオと名乗る、ふわふわもふもふプリティマンは、私がこの船に来ることになった原因そのもの、アノシシア族の小さな生きものだった。

 今度は一気に大きくなる。人、人だっ。しかも、絶世の美少年! なんならちょっと美少女にも見えるっ。
 ああほら、この船の男たちがみんな固まって釘付けだ。私にだってそんな反応してくれなかったのにっ。くぅ、男に負けた!

「起きて大丈夫なんですか」
「え、あ、全然、バッチリ元気っ」
「……そうですか。なにはともあれ、助かりました。感謝します。たとえあなたが海のいち――」

 ぎゃああああ?! それは言っちゃダメぇええええ! 私は素早く美少年の口を両手で塞いだ。ちょっと勢いあまってそのまま押し倒した。ゴンッと、ひどい音がした。

「いった!」
「うわぁ、ごめんなさいごめんなさいっ、ただでさえ怪我人なのにっ」
「いや、もう怪我は治ってますよ。アノシシア族は怪我の治りが早いんです。それより、どいてください」

 ぎゃあ、美少年に襲いかかる獣の構図!
 私は素早く身を引いた。

「えっと、えっと、ちょっと来て!」

 お話がっ! 大切なお話がっ!

 ベオの手を引いて船内に入る。左右上下見て人がいないことを確認する。

「なんですか。襲わないでくださいよ」

 するか!

「私が海の一族だというのは、その、内緒にしてほしいんですの」
「なぜですか」
「なぜって……ココは、渡り鳥で。私は、海の一族だから……」
「だから隠すんですか?」

 う、そんな澄んだ目で見ないで。私の心は暗黒なんだよ。汚いんだよ。黙ってる後ろめたさはもちろんあるけど、でも私は自分の身が一番かわいいんだよ。

「あんなに楽しそうに笑ってても、本当はなんにも信用なんてしてないってことなんですね」
「……」
「まぁ、ボクはどちらでもかまいませんけど。あとで言うほうが、辛くなることもあると思いますよ」

 う、胸にグサグサ刺さる。正論だからだ。正論だからこそ、痛い。

「だって、海の一族は……嫌われ者だから」

 ポツリと呟くと、重たい沈黙が流れた。

「まあ、最初ボクもそう見てたから、なんにも言えないですけど」

 ほらぁ、やっぱりそうじゃないか。だって逃げたもん。私を見て逃げた。
 知ってたけど、地上はやっぱり海の一族には生きにくい場所なんだなぁ。

「まあ、それはどうでもいいんですよ」

 いや、よくないけどねっ?

「それより、あなた、奴隷はいるんですか」
「へ」
「だから、奴隷は持ってるかって聞いてるんです」
「え、い、いない、けど……」

 いないけどなんだ?!

「へぇ、そうですか」

 ベオがニコリと笑った。
 なになに、笑顔がこわい。

「ボク、ちょっと今訳ありで、故郷に帰れないんですよね」
「へ、へぇーそう」

 な、なに? なにを言う気だ? 読めないっ。まったく読めないっ。この心理戦、私が不利だ!

「だけど、アノシシア族っていうのは、それだけで高値が付くらしくて、どこ行っても自由に動けないんですよね」
「へ、へぇー」
「だから」

 ずいっと、美少年の顔が近づいた。

「ボクを奴隷にしてくれませんか?」

 私は目を瞬いた。数秒ののち、驚きのけ反った。

「ぇぇえええっ?! ど、どうしてっ!?」

 自ら奴隷を望むとか、絶対おかしい。なにか裏がある。私の危険レーダーが反応しているっ。

「あなた、ちょっといろいろ馬鹿そ……コホン、いい人そうなので、どうせ奴隷になるならそういう人がいいと思っただけです」

 今、バカそうって言わなかった?

「ほ、本当に、それだけですの? なにか、企んでいません?」
「信用ないなぁ」

 そりゃあ、まあ。甘い言葉は警戒せよ。生きるための法則その二だ。

「ボクの故郷に、海の一族についての逸話があるんですよ」

 え、なにそれ。

「それが、どう考えても今の海の一族とは一致しなくて。でも、あなたに会って、ボクはいろいろ知らないだけなのかもしれないと思ったんです」
「……逸話って?」
「そうですね。海に住む人魚たちは、心やさしく清らかで、この世のなによりも美しい。世界は空と海の恵みで生きている。みたいな感じですかね」

 なんだそれ。そんなの、聞いたことない。海に住む人魚? 海の一族のことだと思う。ほかに人魚みたいなのはいない。心やさしく清らか?

「その逸話、間違ってると思いますの」
「ボクもそうだと思ってたんですけどね。調べると、これはかなり昔から伝わってる話らしくて」
「どのくらい前?」
「んー、二千年くらい前ですかね」

 二千年前? めちゃくちゃ昔だな。なんなら、私の生きてた前世、下手したら紀元前になっちゃうよ。
 なんならキリストがギリギリ生まれてる時代だよ。現役バリバリだよ。キリストが生きてる時代とか、そんな昔、私想像すらもつかないぞ。

「そんな昔の話なら、捻れてしまってもおかしくはないかと」

 昔話とか歴史とかって、だいたい改ざんされているというのが定番だろう。

「あれ、知りません? アノシシア族は長寿なんですよ」
「えっ、そうなんですのっ?」
「だいたい、五百歳くらいまで生きますね」
「ベオは何歳?」
「五十くらいです」
「ええええっ?! おじさんだったの?!」

 なんてこった。六歳の見た目の美少年が五十歳! これ以上のこの世の不思議があるだろうか?!

「言っておきますけど、ボクはまだ子どもの年齢です。あなたとそう変わりませんので」

 おっと、機嫌を損ねてしまったようだ。チャーミングなお顔がぷりぷりしている。

「それと。これはあまり明かさないんですが――アノシシア族は、年齢操作も可能なので」

 ベオの身長が一気に伸びた。頭一個分くらい上にある美形すぎる顔が、近くなる。トンと私の背後の壁に腕をついた。ぎゃああああ、これはまさか、噂の壁ドンっ?!

「けっこう、使えると思いますよ」

 ニタリと、美形が笑う。ひいいい、こわいこわい。どれが本当の年齢?!

「おい、なにしてる」

 私とベオは甲板入り口に顔を向けた。

「ルイス!」

 ベオが一歩後ろに下がって、しゅるしゅると体を縮ませる。

「本当の年齢以外になるのは体力使うんで、普通しないんですけど。でもこちらの手の内は見せたんですから、真面目に検討、してくださいね」

 ニコリとチャーミングな顔をして、ベオはルイスの脇をすり抜けると、甲板へと歩いて行った。

 奴隷、か。
 別に断る理由はない。元々、かわいくて欲しいと思ったし。それに、お友だちが欲しいと、思っていたし。あんなにかわいい友だちができるなんて、ここ数日の私の運勢が良すぎてこわいっ。いつか、大きなしっぺ返しが来そうだ。

「アノシシア族と、なに話してたんだ?」

 いつの間にか、ルイスが近くに来ていた。
 まさか、奴隷にしてくれと頼まれたとは言えない。私は取り繕うように笑う。

「なんでもないですの。怪我はもう大丈夫かとか、そんなことを」
「あんな近い距離で?」

 いやぁ、それは、まあ。
 私が人を信用してないから、あちら側の手の内をまず全て見せた、というところだろう。

「子どもの戯れですので」

 ここぞとばかりに子どもという武器を掲げる。ほほほと笑って、私もルイスの横を通り抜けようとする、と、サッとルイスに阻まれた。
 えっ、なにっ?!

「アノシシア族は、顔はいいが食えない奴が多い」

 それは、まぁ、たしかにそんな感じがした。手のひらでコロコロ転がされたような気持ちだ。プリティなお顔だからそれも許せるけどっ。顔がいいは本当に得だなっ。

「あんまり、信用しないほうがいい」
「……ご忠告、ありがとうございまし。でも」

 ルイスの顔を見上げる。

「誰を信じるかは、自分で決めます。たとえそれで騙されたとしても、私は後悔しません」

 今度こそ横を通り過ぎようとすると、軽く腕を引かれた。

「この船の奴らは、信用できないか?」
「……え」
「いいや、なんでもない。そうだな、余計な口出しして悪かった。戻ろうか」

 ルイスがパッと私の手を離して、先に行こうとする。心が、ヒヤッとした。悪いことをしてしまったような。
 罪悪感? わからないけれども。

 なぜか今、引き止めなくてはいけないと、そう思った。

「る、ルイス!」

 振り返ったルイスを見つめた。ギュッと、自分のスカートを握る。手が、緊張で震えた。心臓が、うるさい。

「わ、私、私は、その……」
「……うん?」

 ルイスが戻ってきた。床に膝をついて、私の目線に合わせるようにかがむ。

「私は、う、海の一族、なんですの」

 震える声でそう言った。
 ルイスは優しく微笑んで、私の頭を撫でた。そして軽く引き寄せて、落ち着かせるように、私の背中を軽く叩く。

 耳元で、声がくすぐった。

「知ってたよ」

 ……なんだ。そうか。やっぱり、知ってたのか。そりゃあそうか。
 なんだ。

 じゃあルイスは、私が海の一族だと知ってて。知ってて、私を助けてくれたのか。優しくしてくれたのも。全部、全部、知っててしてくれてたのか。

 ……なんだ。

 
 ルイスの肩に顔を埋めて、私は静かに泣いた。

error: Content is protected !!