25 楽しいという魔法 sideルイス

 世界中の物資が集まる街、大都市アクアアースで開かれる闇オークションで、レア中のレア、『クロードソウル』が出品されるという情報をつかんだ俺たちは、オークションの日程に合わせて、夢と欲望の街、アクアアースを訪れていた。

 
 その日、運悪く見張りとなった俺は、森の中に隠した船の上で、同じく見張りの野郎共と、空を仰いでいた。天気もいい。気候も安定している。

「なー、ルイスー。おまえ自由時間になったらなにする?」
「本」
「面白み無さすぎだろ! なー、俺の知り合いにかわいこちゃんいるんだけど、おまえもどう?」
「悪いが、興味ない」
「まだガキだなー、おまえも」

 ケラケラと笑う仲間を適当にあしらいつつ、空を見る。

 吹き抜ける風は優しく、近辺にほかの渡り鳥の気配もない。
 特に警戒することもないか、と思っていると、森の中一帯に獣の咆哮が響いた。瞬時に、仲間全員が警戒態勢に入る。

「空から様子を見てくる! 警戒を怠るなよ!」

 それだけ言って、風の力で空へ飛んだ。
 生い茂る木に阻まれ、森の中はうっすらとしか見えない。
 上空から見るのは諦めるか、と思っていると、森から少し外れた開けた大地。草木が一本もないその場所に、業魔獣ごうまじゅうはいた。

 けっこうでかいな。人が、戦ってる。

 助太刀に入ろうと高度を落として、少し、止まる。

 あの、弓。
 それに、あの服装。頭についている、ヒレの形をした髪飾り。

 まさか……海の一族か?

 さらに警戒を強め、周囲を見る。海の一族、のようだが、一人のようだ。まさか、森に迷い込んだ? それで戦っているのか。どうする。

 助けるか、助けないか。

 迷っているうちに、少女が矢を放った。
 ……あれが。海の一族が使うという、水の力。

 業魔獣の足を貫いたようだが、大したダメージはない。
 何歳だ? あの子ども。まだ、十かそこらか。戦い慣れていない海の一族が、あの業魔獣を倒すのは無理だろう。

 放っておけば殺られるだけだとわかってはいるが、海の一族に関わるのはめんどうだ。

 助けても、面倒事に巻き込まれる未来しか見えない。横暴で人を嫌う一族だ。
 助けたからと言って、礼を言われることはまずないだろう。助けられて当然だと、そんな態度をとる。
 なんなら俺たち渡り鳥が近くにいるとわかれば、捕まえようとする可能性もある。

 なら、見なかったことにするか。

 関わらなければいい。そうすれば、なにも変わらない、今まで通りだ。特別海の一族に目をつけられることもなく。空を旅する。

 あの子は残念だが、人生というのは、そういうものだ。

 
 踵を返そうとした。

 ふわりと浮き上がった瞬間、風が吹く。足を取られそうになるほどの、風。

 
「私はっ、絶対逃げないっ! だってそれがっ、人の上に立つ者の責任でしょうっ?」

 風に乗って、凛とした声が聞こえた。

 下を見る。
 震えて、小さく震えて、それでも真っ直ぐに強い目をしていた。

 ……アレが、海の一族?

 ふと、少女の後ろになにかが居るのに気づいた。茶色と金の毛をした、小さな生きものだ。

 まさか。

 アレを守ろうとしていたと言うのか。

 誰よりも我が身がかわいい海の一族が。
 自分の保身を、なによりも大切にする海の一族が。

 
『目に見えるものだけが、真実じゃねェ』
 

 ふと、尊敬するガルの声が聞こえた気がした。

 迷いが、生まれる。どうする。助けるか? 助けて、仲間が危険になる可能性は?

 あぁ、でも。

 ガルならきっと、助けるのだろう。

 小さな生きものを抱きしめて、死を覚悟したように、少女が身を硬くしているのが見えた。
 鋭く尖った爪が、その小さな体に振り下ろされようとしていた。

 息を飲んで、急降下しながら腰の剣を抜く。振り下ろされそうになっていた爪を剣で弾き、そのまま一閃。胴体をスパッと切り裂いた。

 苦しそうな雄叫びが響き、やがて静かになる。
 剣を納め、チラリと少女を見る。丸くなって、震えていた。

「……大丈夫か?」

 ピクリと、体が揺れた。

 よかった。生きてる。

 
 ……よかった?
 

「怪我は?」

 そう問いかけると、小さな小さな少女は、振り向いた。

 大きな、こぼれ落ちそうなほど大きなブルーの瞳は、海のようだった。泣きそうになっていたのを堪えていたのか、揺らめく波のように、薄い膜が張られている。
 ふっくらした頬。血の気が引いていたのか色が白い。病的な白さだ。
 風が吹いた。少女の、長いダークブロンドの髪が、ひらひらとなびいた。

 綺麗だと思った。

 あんなにも、世界から疎まれている一族なのに。

 でも、なぜかとても。大切な――

 ふらりと、少女の体が揺らめいた。倒れそうになったのを、片手で支える。
 まさか、怪我?
 服に、血が付いていた。べっとりと。
 少しだけ迷って、俺は少女と獣――よく見たらアノシシア族だった――を、船に連れ帰った。

 女の子を抱えて船に戻ったとき、辺りはどよめいた。気持ちはわかるから、なんとも言えない。

「医者呼んでこい」

 船専属の医者が、船内からのそのそとやって来る。サッと甲板に並べた二人を見て、医者はまず、アノシシア族に向き直った。

「……この子は?」

 さり気なく無視されたが。

「重傷なのはこっちのアノシシア族ですわい。そっちの子は、気を失ってるだけですじゃ。傷薬出しておきますんで、あとはお好きに」
「……そうか。わかった」

 海の一族と、バレたか。
 関わりたくないという拒絶の色が見えた気がして、少女を抱えて立ち上がろうとする、と。

「おい、ルイス。おもしろいモノ、持ってきたみてェだなァ」

 ニヤニヤと笑いながら、船の頭領、ガル・ブラックが現れた。
 俺の手の中を見て、さらにニヤリと笑う。

「海の一族を助けたか」

 船の中の奴らが、みんな気づいていて、あえて触れなかったことを口にした。
 居心地が悪く、うつむいて少女の顔を眺める。

「……悪い、ガル」
「なんで謝る?」

 顔を上げた。ガルは楽しそうに笑っていた。

「おまえが、助けたいと、そう思った理由があった。そうだろ?」
「……そう、だな。この子は、なにか、違うと思った」
「どこの種族にも、はみ出し者はいる。それがたまたま、海の一族だった。そういうことだろ。変わんねェよ、空も、海も、大地も。全部、一つの世界だ」

 ガルが認めた。
 張り詰めていた空気が、一気に和らいだ。

「それに、いい刺激になりそうじゃねェか。退屈してたんだろ? おまえらも」

 仲間たちが、顔を見合わせ、ニカッと笑い、うなずく。そうだ。なにも難しく考えることはない。おもしろいか、おもしろくないか。それだけだ。

 仲間が集まってきた。少女を眺めて、頬を突っつく。

「うおっ、やわらけっ」
「ばっか、起きたらどーすんだよ」
「寝てるのか? 失神? 怪我?」

 あったことを掻い摘んで話す。小さな海の一族の英雄伝として、船の中に広まった。

「海の一族が、アノシシア族を守った、ねぇ。自分の奴隷とか?」
「や、このアノシシア族の足枷、海の一族のじゃねェな。まだ売りの前だ」
「お? どーいうことだ?」
「……さあ?」

 謎好きの奴らが、ヒソヒソと囁きあっては無意味な考察を重ねる。
 とりあえず、怪我をしていないか見るために、少女を抱えて自分の部屋に向かった。
 子どもの女用の服なんて、持ってないが……俺の服でいいか。

 血で汚れていた服を脱がせる。体中に、細かい擦り傷があった。
 ……肌、少し光ってる? 海の一族だからだろうか。海の中で生きているんだから、多少人間との差はあるはずだ。

「はみ出し者、か」

 この船にいるのは、そんなのが多い。人と考えが違って、迫害された者。それでも、心の中に自分だけの『なにか』を持つ。
 だから、誰もが、無闇に人を否定しない。

 俺だって――額を隠すように前髪を整える。

 とりあえず、傷の手当てをするか。

 
 少女は、一日経っても、二日経っても、目を覚まさなかった。

 アクアアースでは、海の一族の姫君が消えたとして、大変な騒ぎになっているそうだ。ディヴァイン・ワールドの連中が、日夜探し回っているらしい。

 ひとまず、俺たちは上空に避難した。

 少女が目を覚ましたら、帰ってもらうが……騒ぎの規模がでかすぎるな。どうケリをつけるか。

 地上は阿鼻叫喚だというのに、この船は平和だ。倒した業魔獣が、なかなか良質だったとかで、金に変え、肉に酒にお祭り騒ぎ。
 さらに、ディヴァイン・ワールドの連中が神経をすり減らしているのを見ては、肴の摘みにしている。

「ルーイス、その子、まだ起きねぇの?」
「おまえか」
「ちょっとくらい目を離しても平気だろ。酒、まだあるぜ?」
「……なら、部屋に持ってこい」
「かったいねぇ」

 肩をすくめた男、アルバトロス・シード。
 知り合ったころは反りが合わず、ケンカばかりしていたが、気づけば肩を並べることが多くなった。よく気の回るやつだ。ウザイが。

「ふーん?」

 アルがニヤニヤと笑う。

「なんだよ」
「いや? 別に? 酒とツマミ、持って来といてやるよ。じゃあな」

 言葉通り、アルが酒瓶と肉を持ってきた。
 アルが持ってきた酒瓶に口をつけながら、ぼんやりと少女を見ていると、まぶたが揺れた。鼻がひくひくしている。
 起きるか?
 と思った瞬間、カッと目を開いて、少女は飛び起きる。

「そんなに慌てて起きて、大丈夫か?」

 声をかけると、少女は驚いたように俺を見た。
 やっぱり、その目は綺麗な青をしていた。

 少女は、リィルと名乗った。

 リィル・クラッド。

 クラッド家と言えば、海の御三家と呼ばれるほど権力を持つ家柄だ。そんな家の子が、なぜあんな無謀な戦いを……。

 
 リィルは、少し変わっていた。
 変わっていたですませていいのかわからないが、まあ、変わっていた。

 だけど時々、強い目をする。
 あと、悲しそうな目も。

 
 
「なぁ、ルイス。あの子、ほんっとよく食うよな。あの皿、何皿目だ? ケーキ五個は食ってんじゃね?」

 屈強な男たちに囲まれているリィルを見ながら、アルがそう言った。おもしろそうに、口元がにやけている。

「あんまり食わすと、太るぞ」
「いやー? おまえだって気づいてんだろ? あの子の足、ありゃあ鍛えてる奴の足だ。海の一族がそんなことするか?」
「……」

 足だけじゃないぞ、という言葉は飲み込んだ。
 裸を見られたことを酷く気にしていたから、あまり口外するのも憚られる。

「おっ、なんだあれ、なにしてんだあの子」

 楽しげな声に視線を向ける。
 リィルが、不思議な動きをしていた。あれは……ロボット?

「すげぇっ! あの子、本当は海の一族じゃなくて、海の一族が作ったロボットとかじゃね?」
「そんなわけあるか、あほう」

 次から次へと芸を披露する。はたまた指笛を吹いたり。そんなのどこで覚えてくるんだ。

 『リィル』は、俺たちの知る海の一族とは違っていた。
 現に、警戒していた奴らも、すっかりと絆されている。屈託のない笑顔を浮かべ、素直に教えを乞いては、上手くいかず笑われる。それに怒った顔をしながらも、最後には「しかたない」と言いたげに、肩の力を抜いて満面の笑みで笑う。

 だけどその偽りの楽しさを、アノシシア族が壊した。
 海の一族。
 アノシシア族はそう言おうとした。
 リィルは血相を変えてアノシシア族の口を塞ぐと、そのまま二人でどこかへと消える。

「おい、ルイス。おもしろくねェ、って、顔に書いてあるぞ」
「……黙れ」

 さっきまで騒がしかったそこは、冷水を浴びたように静まり返った。

 誰もがわかったはずだ。
 海の一族だと、言いたくないのだと。

 そして、誰もが気持ちがわかるからこそ、なにも言えずにいた。

 いくつか、海の一族だと知っているというサインを出したんだが、リィルは打ち明けなかった。言いたくないことは誰にでもある。だけど、あのアノシシア族だけは知っているんだな。

「アノシシア族ってさ、あんな顔してるけど、けっこう暗躍系多いらしいぜ? いや、あんな顔だからこそ、か。コロッと騙されるらしい」

 俺は無言で立ち上がった。

「くっ、ははっ、いい報告、期待してるぜ?」
「なにがだ、あほう」

 二人が消えた船内へ向かう。二人はすぐに見つかった。入り口近くにいたからだ。
 だが、リィルの目の前にいたのは、知らない、男。

「おい、なにしてる」

 声をかけると、二人は弾かれたようにこちらを向いた。男が小さくなる。アノシシア族だった。年齢操作ができるのかと驚いた。

 そのまま、アノシシア族は俺の脇をすり抜ける。すり抜ける瞬間、俺を見て、ニヤリと笑った。

 おもしろくない。

 リィルを見た。なにか考えているようだった。
 つい、アノシシア族を貶めるようなことを言った。そんなことを言っても無意味だと、わかっているのに。
 案の定、リィルは凛とした目で俺を見て、拒絶した。

 なんとなく。

 なんとなく好かれている気がしていたが、しっかりと拒絶はするんだなと思った。
 手を離す。
 きっともう、関わることもない。深入りをするな。自ら面倒事を引き起こすこともない。

 甲板に戻ろうとした俺を、リィルが、泣きそうに呼び止めた。
 振り返ると、怯えた目をしていた。

 ああ、ずるいな。

 女の涙は武器だというが、その通りだと、初めて思った。

 そしてリィルは、震える声で、消えそうな声で、口にした。

「私は、う、海の一族、なんですの」

 そんなもの。

 初めから、知っていたよ。

 
 小さくしゃくり上げながら泣く少女の背中を優しく叩く。

 目に見えるものだけが真実じゃない。

 その通りじゃないか。生まれは決められない。誰もが知っている。特に、この船にいる奴らは。
 海の一族に生まれたくて生まれた訳ではない、それだって全部、わかっていたはずなのに。

 こうして突きつけられないと、結局、愚かな人間はなにもわからない。

 
 泣いて、泣いて、目を真っ赤にさせて、なんなら鼻水を俺の肩にベッタリとつけて、リィルは身を引いた。伸びた鼻水に顔を真っ赤にしていて、オロオロと慌てていたから、ハンカチを差し出す。

「やっぱり、まだまだ子どもだな」

 小さく笑うと、リィルは口を尖らせた。おもしろくなさそうに。

「いつか、もっともっと素敵なレディになりますもの」
「それは、楽しみだな」

 
 ふくれっ面をする少女は、この日、渡り鳥たちに小さな魔法をかけていった。

 楽しいという、魔法を。

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