05 名探偵リィル、調査を開始します

 そもそも、マンガにリィル・クラッドという人物はいたのか、という疑問がある。

 私はリィル・クラッドという登場人物を知らない。

 とは言っても、マンガでは海の一族のことはほとんど出てなかったから、居ても知らない、という可能性がある。

 よーし、こうなったら、さっそく街に出てこの世界の調査だ!

 
 
 
 
 
◆◆◆

 
 
「ダメだクワ」

「なんで!?」
 

 私はでっぷりたぬきにつかみかかった。
 

 さっそく地上に行こうとしたところ、街と海の境界線にいるディヴァイン・ワールドの者たちに捕まった。
 そして海にお帰りくださいと、泣きながらお願いされた。

 そんなことをされては、無理矢理通ることもできない。

 
 
 ディヴァイン・ワールドは、建前上、海の一族管轄の世界治安維持部隊。
 つまり、私のことならなんでも聞いてくれるはずなのに、おかしいっ!

 これはでっぷり親父が絡んでいるに違いない、と父上の部屋をおとずれたところ、予感は的中。

 
 
「地上に行きたい!」
 

 私にはやるべきことがある!
 この世が、本当にドリバなのか、しっかりとこの目でたしかめなくては……!

 だって、ドリバだったら。

 ドリバだったら……。
 

 持ち歩いているルイスの手配書に手をあてた。

 
 
「外は危険だクワ。10歳までは地上に出れない決まりだクワ。リィルはまだ9歳だクワ」
 

 ガーン。まさか、そんな決まりがあったなんて。
 考えてみれば、私はまだ地上に行ったことはない。
 行く必要もないから、特に気にしてなかったが、危険ってなんだ! って、そうか。

 海の一族は、地上の人間からは嫌われてるんだった。
 

 勝手な行動をしないでいられる確証のある年齢が10歳、てところか。
 ふーむ、これは困った。

 
「リィルももうすぐ10歳だクワ。そうしたら、父上がたっぷり案内するクワ」
 

 うれしそうに、デレデレと頬をゆるませるでっぷりたぬきから、そっと視線をそらす。

 
 10歳まで、あと二ヶ月くらいだ。
 二ヶ月なら、ガマンするべき?
 ううぅん、でも落ちつかないっ……!
 ムズムズして全身をかきむしりたくなるような衝動を、どう抑えたらいいっ! ぐぉおおお!

 
「リィル? だ、大丈夫かクワ」
 

 おっと、気づいたら欲望のままに頭をかきむしっていた。

 
「ほほほ、なんでもないですの。頭に虫が止まった気がして」
 

 いけないいけない、私はかわいい淑女しゅくじょ

 
「体調が悪かったら、ちゃんと父上に言うんだクワ」

「うん」
 

 適当にうなずいて、もうここには用はないと、なにか話したそうにしている父上を放って部屋を出た。

 さて、どうするか……。

 
 
 とりあえずルイスがいることはわかっている。
 私の生きてきた知識と照らし合わせても、ドリバの世界観とほぼほぼ一致だ。

 でも、どこかで認めたくない自分もいる。

 ドリバの世界なのはうれしい、とってもうれしい!
 でも! 私は主人公の敵で、海の一族だ!
 いつだって、ヒーローは悪役を倒して勝利をするものだ!
 マンガの読者だってそれを望んでいる! ヒーローは完膚なきまで敵を叩きのめし、世界に平和がおとずれる。
 めでたしめでたし。

 というのが、王道だろう?!
 そしてドリバは王道マンガなんだよー!

 つまり、私は死ぬ!
 海の一族は滅びる!

 死ななくても、腕切断とか、足切られるとか、少年マンガだし!
 少年マンガってわりと血が流れるよね! 悪役は死んだりもするし!
 うわぁぁぁ、痛いのはいやだァァァ!
 幽閉くらいなら、まぁ……。

 おそらく一度死んでるであろうに、また若き年齢で死ぬとか、踏んだり蹴ったりだ!
 そんなのあんまりだ!

 もしも、ここが本当にドリバなら、いっそのこと海の一族をやめる、とか。
 さいわい、足は二本になるし、地上の人間に紛れこむことができる。ふむ、ありかもしれない。

 
 よし、さっそく調査だ!

 
 
 私は普段はめったに入らない、クラッド家の書庫に向かった。

 膨大な本がしきつめられている中から、『海の一族のやめ方』なる本を探すが、見つからない。
 うーむ、ここにはないのだろうか……。

 
「リィル?」
 

 はっ、この声は……!

 私はすばやく髪を整え、私の魅力をアップさせる。
 あくびの要領で瞳にうるおいを与えると、美しく見えるよう髪をなびかせてふり返った。

 
「お兄さま!」
 

 背後には、うるわしきお兄さま。
 私と同じダークブロンドの髪に、少したれ下がった瞳。か、かっこいい! お兄さまは海の一族一の美形だ!! その美しさ、まるで精霊のようだ!

 
「リィルがこんなところにいるなんて、めずらしいクワ」
 

 ……そう。この語尾がなければ……。
 私は幻の涙をすすった。

 
「少し、調べたいことがあったんですの」

「リィルが勉強……? 熱は?」
 

 お兄さまは心配そうな顔をして、私の額に手をあてた。はぁん、心配された……! お兄さまの優しさが心に染みる。

 でもなぜ書庫に来ただけで熱があると?

 
「熱はないようだクワ」

「元気モリモリです!」
 

 私は上腕二頭筋を見せつけた。筋肉はない。あるのは脂肪だけだ。

 
「そう。ならよかったクワ。私が知っていることなら、リィルにも教えてあげられるクワ。なにが知りたい?」
 

 おおお! お兄さま、優しい! でも海の一族をやめたいとは言いにくいっ! 血縁者だからね!
 死ぬからやめたいとか言ったら、頭おかしいよねっ。
 前世の記憶があるとか言ったら幽閉されそうだ。不吉な預言者として。

 私は考えた。頭をフル回転させ、真実を聞き出せつつ、私の野望を隠す言葉を。

 なんだ、なにを言えばいいっ……!

 
「リィル?」

「えっと、えっと……。海の一族は、全部で8家しかいないから、少ないなと思って。昔、海の一族から地上に行った者とかいるんですの?」
 

 我ながらナイス! これならば、純粋な疑問として聞かことができる!
 まさか私が地上の人間になろうとしてるとは思うまい!

 しかし、お兄さまは険しい顔をした。
 そして膝をつき、私の背に合わさるようにすると、そっと私の手を握った。
 な、なに? こんなに近いなんてっ。
 ドキドキが止まらないっ。

 
「リィル」

「は、はいっ」
 

 ぎゃあああ、声ひっくり返った!

 
「リィルは小さかったから、知らないクワ?」

「え?」

「昔、海の一族は9家いたクワ」

「え、でも……」
 

 今は、8しか……。

 
「失われたアーデル家。地上がどれだけけがらわしく危険なところか、リィルが知る、いい機会だクワ」
 

 お兄さまはそう言って、作りもののような美しく顔を、憎々しげにゆがめ、般若のような顔に変えたのだった。

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