06 失われたアーデル家

 失われたアーデル家。

 
 その存在を、私は知らない。
 

 マンガにもそんなものはいなかった。
 いたのかもしれないけれど、出てきてはいなかった。もしかしたら、のちのちに出てくるのだったのかもしれない。
 

 今となっては、真実は闇のまま――。
 
 
 
 
 

◆◆◆
 
 

 
「そ、それでっ、アーデル家の人たちはどうなったんですの!?」
 

 私はドキドキしながら問いかけた。

 答えはわかっていた。
 それでも聞きたかったのだ。

 前世の私は、地上の人間に近かったから。
 主人公を応援していたから。
 だから、聞きたかった。

 彼らが、どうなってしまったのかを――。
 

 お兄さまは、悲しげに目を伏せて、静かに首を横にふった。もうこの世にはいないという意味だろう。
 
 私はなにも、言葉にできなかった。

 
 かつて海の一族で、クラッド家の腹心でもあった失われたアーデル家。
 その存在を、お兄さまはこう語った。

 変わり者の一族。
 

 海の一族は昔、9家あったのだと言う。ほんの十年くらい前まで。
 
 アーデル家は、海の一族では当たり前に行われていることを、嫌ったのだそうだ。
 たとえばそう、生活が苦しくなるほどの多額の税金。大きな国ほど、その金額は上がっていく。たとえ王族だろうと、地上の者は常に質素な生活を強いられる。
 その他、犯罪者たちの処刑。
 特に海を無断で渡る者に対する処罰は大きい。一瞬で指名手配犯だ。

 ほかにも地上の者の奴隷化など、たくさんたくさんあるけれども、多すぎて数えきれない。
 海の一族の悪事は、この世界の島の数ほど無限大だ。

 まあ、つまるところ、アーデル家は救世主であると同時に、世界の希望だったのだ。
 
 だって、一番の権力者である海の一族が、海の一族に異を唱えるのだから。これ以上のことはないだろう。
 

 そしてアーデル家の人間は、海にいてはなにも解決しないと、地上に移住したのだと言う。ある意味の絶縁ということなのだろうか?
 まるで、人魚姫のようだ。

 地上に夢を見て、そして絶望する。
 
 現実は、残酷だ。

 夢を描いていたアーデル家の者たちは皆、なんと、地上の者たちの手によって、虐殺されたらしい。
 

 世界は無情だ。
 

 たとえ正義を唱えたところで、受け入れられなければ意味がない。
 
 

 信頼されなければ、なんの意味もないのだ。

 
 
「ぅ、ひっく、ひっく、あんまりだ〜」

「リィル、地上がどれだけ危険か、わかったクワ?」
 

 私はお兄さまにすがりついて泣きながら、何度も何度もうなずいた。

 そして、それからなのだという。

 地上に出るのが、10歳からになったのは。

 
「う、海の一族の人たちは、誰も、止めなかったんですの?」

「止めたクワ。それでも、彼らは聞かなかったクワ。それに……」
 

 お兄さまは、どこか悔しそうに唇を噛みしめた。

 
「お兄さま?」

「確かめたかったのかもしれない」

「どういうことですの?」

「何も……変わらないのか、と」

「…………?」
 

 んんんん?
 どういう意味だろうか。
 人は変わらない? 確かめたかった?
 

「アーデル家の者たちは、海を去る前にこう言ったクワ」
 

 お兄さまの目がより一層凛々しくなり、ゴクリと唾を飲む。

 
「憎しみに駆られるばかりでは、何も解決しない」
 

 んんん? どういう意味だろうか。憎しみ?

 
「アーデル家の者たちは、たしかに変わり者だったが、それでも同じ血を持つ、同じ一族の者だクワ。穢れた土人は変わらず愚かな虫けらだクワ。絶対に、許さない」
 

 お兄さまは、静かに、でも冷酷にそう口にした。いつもは垂れ下がった優しげな瞳を、ギラギラとした怒りの炎に煌めかせて。

 
 そして、海の一族から地上の者たちへの取り締まりが厳しくなったのも、このアーデル家の一件があってからなのだという。

 悲しい、負の連鎖だ。

 根づいたものは、かんたんには変えられない。そういうことなのだろう。
 夢や希望を持って歩み寄れば受け入れられる、なんていう私の考えは、甘かったのだ。

 海の一族は、それだけのことをしてきた。
 そしてまた、地上の者たちも、海の一族を許す気なんてはじめからない。

 
 どちらかが消え去るまで、このままなのだろう。
 

 私はお兄さまの服で涙をふく。

 
「お兄さま、ありがとうございまし。よく、わかりました」
 

 地上に行くことはできない。

 海の一族をやめることは不可能だ。やめたあかつきには、私にもアーデル家の人々と同じ運命が待ち受けているのだろう。

 それは、できない。今はまだ。

 それに……海の一族は、同じ海の一族を大切に思っている。
 記憶がよみがえったことで忘れていた、大事なことだ。

 読者の私にとって、海の一族は主人公の敵だから、悪いヤツ、だった。

 でも、今の私は海の一族として生まれて、紛れもなく愛情をもらっている。

 そこに、嘘偽りなんてないのではないだろうか。

 私は、今の血の繋がりを、軽薄にも捨て去るところだったのだ。
 この先何が起きるのか、なんとなくわかっていながらにして、見捨てようとした。

 ゾッとした。

 もっとほかに、道はあるかもしれないのに。私は……自分のことばかり……。

 
「お兄さま……」

「リィル? どうしたクワ」

「ごめんなさい」
 

 お兄さまはキョトンとした顔をして、すぐに私に目線を合わせるようにかがむと、ふわふわと髪を撫でてくれる。

 
「リィルは、悪いことをしたと思ったらあやまれる子だクワ。私は、それがうれしいクワ」

「…………」
 

 いつかきっと、海の一族は主人公に滅ぼされる運命。
 前に行っても後ろに行っても、あるのは死。

 だけど。

 なんにもせずに、ただ死ぬなんて、そんなのはイヤだ!

 もがいて、もがいて、もがいたその先に、私の未来があったらいいっ!

 
 なにより、私は、あれを。
 あの悲しい結末を、変えたいのだっ!
 

 いつだって思っていた。
 もしも、もしもあの結末を変えられたら、と。
 それができたなら、ルイスは悲しむことはなかったのだろうかと。
 

 世の中には、家族が死に、知人が死に、友人が死に。悲しい思いをする人なんて、山ほどいる。
 ルイスたちは、この世界では、犯罪者だ。夢を見る。法だって犯す。人も殺す。

 私の考えは、とっても甘いのかもしれない。偽善なのかも。いいや、ただの自己満だ。

 ここにいるルイスが、私の知るルイスではないかもしれない。

 それでも。
 

 これは、私の長年の夢なのだ。
 

 何度も。何度も。
 変えたいと思った、私の夢。
 前世とやらの記憶が蘇ったのだって、きっとそう言うことだろう。やり遂げろと、そう言っているのだ。

 前世の私の執念は恐ろしい。

 今でさえ、私の背後にかつての私の姿が見えるほどだ。ギンッと睨みを効かせて、ルイスを救えと、そう訴えかけてくる。
 
 
 なにより、決められている破滅をただ待つだなんて、そんなのつまらない!

 あるべき未来の形があったとしても、未来が決められているなんてこと、絶対にないっ!
 未来は人の行動しだいでいくらでも変わるのだ!

 私はそれを、証明してみせるっ!!!
 

 たとえそれが、あるべき未来を変えてしまうことだとしても。

 私は、ルイスを助けたいっ!

 
 
「リィル? 鼻息が荒いけど大丈夫クワ?」

「だ、大丈夫ですっ。ただ、人生について考えてて!」

「……リィル、今日は早く休むのがいいクワ」
 

 まあ、お兄さま。
 その哀れんだ目はなんですの?

 
「アーデル家の者の中には行方知らずの者もいるクワ。探しても見つからなかった」
 

 なんと、そんな人物がいるのか。

 生きているならぜひ会いたい。ここにいないということは、地上で生きながらえているかもしれないということだろう。
 まあ、死んでいる確率のほうが高いけども。

 
「名前はわからないんですの?」

「フェザントとシルエの双子だクワ。ほかの兄弟は残念ながら……」
 

 ん?

 フェザントと、シルエ……?

 んんんんんんん!?

 
 
 えっ、フェザントとシルエって、マンガに出てたけどっ!?

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