07 マンガに出ていましたが?

 マンガに登場していたキャラクター、フェザントとシルエ。

 多少容姿は似ていたけれど、二人に関わりがあるなんて微塵みじんも思っていなかった。
 しかも、失われたアーデル家とかいう、大層な家柄だったなんて……!

 
 マンガのフェザントは、情報屋。
 青い髪に、つりあがった目をしていた、石持ちキャラ。
 イケメンだけどもわりと無口だし、あとなんかくるってるし、やや怖いキャラだった。
 

 対するシルエ。
 これまた青い髪に、たれ下がった瞳。ちょっと気弱そうだけど正義感が強く、これまた石持ち。
 そしてシルエは、シルエは……どこに所属していたんだっけ……。
 うーむ、あっ、そうだ!
 シルエは、ディヴァイン・ワールドの人間だ!
 
 

 海の一族管轄かんかつの、世界治安維持部隊、ディヴァイン・ワールド。
 その名前からして、一部のコアなファンの間ではいわくの組織であると、もっぱらのうわさだった。

 ディヴァイン・ワールド――

 『神の世界』

 果たしてそれはなにを指すのか。
 作者の皮肉なのか、神=海の一族なのか、ドリバファンの考察は日夜続いた。
 けっきょく、その意味を理解することのないまま、私は死んでしまったようだけれど。

 
 そのディヴァイン・ワールドだが、マンガファンには、十字じゅうじと呼ばれていた。あらゆるものに十字を掲げていたからだ。

 この世で、ある意味、唯一自由に海の行き来が認められている組織。十字。

 各世界の治安の維持と、犯罪者の逮捕、海の一族の護衛、街各所の見張り、さらには税金の取り立てなんかもやっているらしい。

 この世でいっっっちばん忙しい組織だ。

 世界の支配者である海の一族よりも、はるかに忙しい。それはもう、馬車馬のごとく。
 まあ、海の一族がめんどうなことをすべて十字に丸投げしている、ってことなのだけど。まるで便利屋である。

 
 それでも、十字への志願者は多い。

 この世界、ほとんどが海でできているからだ。
 世界の王者である海の一族により、無断で海を渡ることは禁止とされている。
 渡りたいなら金を払え、と。
 これも、海の一族の悪行のひとつである。横暴すぎる。

 地上の民間人は、海の向こうへ渡ることなく、生まれた小さな地で死ぬ。
 どれだけ夢を見ても、この世は金がすべて。
 金のない人は、「私には縁がなかったのね……」と涙ながらに死んでいく。たぶん。マンガの知識だ。

 でも、世の中にはどーーしても、海を渡りたい者がいる。
 海の向こうが気になって気になって、夜も眠れないという、ヘンタイだ。

 世界はヘンタイに満ちている。

 そんなヘンタイのために、十字が登場だ!

 
 この世界を行き来する方法は、5つ。
 ひとつ。地上の王族や貴族として生まれる。
 ふたつ、海の一族にとって利のある商人になる。
 みっつ、十字へ加入する。
 よっつ、謎の組織、ハンターになる。

 そして最後。
 犯罪者……渡り鳥になる。

 
 王族や貴族に生まれるってところなんか、民間人として生まれてしまった時点で永久お蔵入りだ。天地がひっくり返ってもありえない。

 さらにハンターになることもムリ。
 ハンターの存在は、普通に暮らしていれば知ることはない。
 私も、マンガの知識がほんの少しあるくらいだ。いったいハンターがなんなのか、よくわかっていない。

 家柄も商才もない、かつ、犯罪者になることを拒む者は、十字に参加するしか選択肢はない。

 これもまあ、上手くできている仕組みだと思う。

 組織として参加する以上、海の一族は絶対だ。
 忠誠心を高めると同時に、手足となる人材を増やす。
 しかも、十字は危険が多いから、若くして命を落とす者もたくさんいる。そして、それを承知で十字に来るのだから、特に文句もでない。

 海の一族にとっては、地上の人間はすべて、使い捨てのコマのようなものなのだ。
 

 まあ、そんないわくの組織、十字に加入していたシルエだが、いったいいつごろから加入していたのだろうか。

 アーデル家の事件は、十年くらい前だってことだし、すでにたどりついている可能性は十分ある。

 そうなると、なぜシルエは失われたアーデル家だと名乗りあげないのだろう。ふーむ、わからない。

 生きているのに名乗りあげないということは、なにか理由があるとみた。
 

 実際、マンガの二人はわりと楽しそうに生きてたし。フェザントは金の亡者だったけれど。

 ふーむ、これは少し探りを入れておく必要がありそうだ。

 なぜならそうっ、事件のにおいがする!
 

 それに、十字との関係を良好なものにしておくのは、私にも利がありそうだ。
 十字はこの世界についてくわしい! なんなら、渡り鳥についてもくわしい!
 今の私に必要なのは、コネと情報だ!

 あの未来を変えるためになにができるのか、今はじっくり考える必要がある!
 

 海の一族は世界の毒で、嫌われ者だけど、この世の覇者だ。それはゆるぎない事実!

 この世界で、一番権力がある。すなわち! 私にできないことなど、なにもないっ!
 ふっふっふ、ルイスのためたらば、私は悪魔にも魔王にもなるっ! 利用できるものはなんでも利用するっ。そう、たとえ、実の父親であろうとも!

 ルイスに敵うものなど、どこにもいないっ!

 
「お兄さま、とっても参考になりました。ところでお兄さま」
 

 チラリと、愛しのお兄さまを見つめる。
 もちろん上目遣いで、ぱちぱちとウィンクをする。おねだりアピールだ。

 
「うん? どうしたリィル、目にゴミでも入ったのかクワ?」
 

 がくがくっ、なぜそうなる。どう見てもラブリービームだろう。
 まったく、そんな鈍いお兄さまも愛おしいっ。

 
「違います。私、ちょっとお勉強がしたいんです」

「リィルが、勉強……?」
 

 わが兄は、目を極限まで見開いた。
 ちょっとちょっとお兄さま? その反応はどう受け取ったらいいのですか?

 さらには口に両手をあて、ありえないと言いたげに数歩うしろに下がった。

 
「お兄さま……」
 

 思わず目がすわる。

 お兄さまはハッとしたような顔をして、つくろったように笑みを浮かべた。
 まぁ、いいです。なにも突っこまないことにします。なぜならお兄さまはイケメンだから! イケメンはすべてが許される!

 
「すまないクワ。リィルは、いつも勉強は嫌だとか」
 

 ……うっ。

 
「運動は嫌だとか。血が嫌だとか」
 

 それは、普通嫌だろう。血みどろ生活なんて。

 
「いつも部屋に引きこもっているかと思ったら、突然行方不明になるあのリィルが……!」
 

 お兄さまから見た私って、そんななのね。

 言い訳をするなら、別にいつも引きこもっているわけではない。
 外は見たくないものもたくさんあるから、ならば家にいようとしているだけだ。巨大なサメに食われる人、とか。

 ひぃぃ、思い出してもゾワゾワするっ。

 はじめてアレを見てしまったのは4歳くらいだったか……。ちょっと衝撃が強すぎた。引きこもりになるには十分だと思うのです、お兄さま。

 だから代わりに、私は部屋で実験をすることにしたのだ。
 最高どのくらいの速さで泳げるのかとか。
 服を変えたらどうなるか、とか。
 泳いでいるときにパンツは見えるのか、とか。

 
 おかげで、最高速度新記録をたたき出すことに成功した。

 て、そんなことはどうでもよくて、お兄さまの説得だ。
 さて、どんな魔法の呪文を唱えようか。私はしばし悩んだ。

 
「先ほどのアーデル家のお話を聞いて、私は知らないことがたくさんあると思ったんです。お兄さまはとっても博識です。私も、お兄さまみたいになって、お兄さまの自慢の妹になりたい!」
 

 ルイスを守ろうとしている私が、お兄さまの自慢の妹になることは絶対にありえないのだが、まあ、しかたがない。ウソも方便というやつだ。

 お兄さまは感心したようにうなずいた。

 
「学ぶことは大事だクワ」

「私、優秀な教師がいいです!」
 

 優秀な教師、というのをだれにするかはもう決めていて。
 まあ、十字の人間なのだけれども。

 ただ、十字とはいえども地上の人間。
 選民思想かつ、差別意識のある父上をどう説き伏せるか、私の未来はそれにかかっている!

 
 私はさっそく書庫を飛び出し、でっぷりたぬきこと、わが父の部屋へ向かった。
 そして最上級のおねだりビームを放つ。なんとクリティカルヒット!

 父上は鼻をおさえてのけ反り、うんうんと何度もうなずいた。実にあっけなかった。戦う前に勝った、不戦勝というやつだ。
 
 

 かくして、私はディヴァイン・ワールドもとい、十字の、数多の男を尻に敷くという屈強の女戦士、ハナ・クライアントに接触することに成功したのである。

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