08 美しき剣士ハナ・クライアント

 私とハナさんの出会いは、決していいものとは言えなかった。

 
 地上からはるばる、私の住む部屋へとやって来たハナさんの顔には、「なんてことしてくれてんだい、このガキは」と、デカデカと書かれていたからだ。
 

 たしかに、十字トップレベルにまで上りつめる実力を持ちながら、ワガママ一族のお子さまを相手にするなんて、イヤだろう。私だってイヤだ。
 しかし、そんなことは関係ない! これは私の人生を大きく左右するのだ!

 ハナさんはこれから先、十字の影の支配者として暗躍する人物だ。
 美貌、実力、性格、その全てで数多の男を尻に敷く女!
 その力は、十字のトップと言っても過言でない、と、ドリバファンにはうわさされていた!

 縁という名のコネクションを繋いでおくことに、大きな意味がある!

 まずは第一印象、スキンシップが大事だ。
 私はにこりと笑って、ハナさんに頭をさげた。

 
「リィル・クラッドと申します。急なお招き、申し訳なかったと思っておりますの」
 

 ……反応がない。

 私はチラリと、目線だけでハナさんをうかがい見た。変なものを見るように、ハナさんは目をすがめていた。

 げげっ! こ、この目……っ。

 もしや、怪しまれてる?!

 
 海の一族は横暴だ。
 その横暴さたるや、世界の果てまでもとどろくほど!
 金をむしり取り、地上の人を穢れた土人として蔑み、十字のことだって、都合のいい手足にしか思っていない。

 前世の私の記憶でたとえるなら、まさに悪大名。
 海の一族を悪く言ってしまったら最後。不敬罪として即刻処刑される。

 まさに選民思想の塊! 恐怖政治!
 それが海の一族!

 
 ま、まずい。気に入られるために愛想よくしようとしたのが、裏目に出たか?!

 私はすぐに顔をあげ、すぐにハナさんに背を向けた。

 どうする、どうするっ。
 怪しまれるわけにはいかないっ。もしも私がルイスを助けようとしているなんてことがバレれば……。

 海の一族追放、とか。

 ひぃぃぃ! そんなことになったら、私は失われたアーデル家と同じ末路をたどることになる! それはいやだ! 痛いのはイヤだぁぁ!

 私はグッと覚悟を決め、あらためて振り返る。
 今度は手を組み、ちょっとあご先をあげて、偉そうな感じで。

 
「教えなさいと、言っているの!」
 

 ハナさんは、さらに目をすがめた。
 ぎゃあああ! これもダメなの!? なんならいいの!?
 ハナさんが何を考えているのか、全然わからない!

 内心動揺しまくっていた訳だが、ハナさんは小さく息を吐くと、少し低めのややハスキーボイスを部屋に響かせた。

 
「何が、お知りになりたいのですか」
 

 あ、口、利いてくれた!
 うれしい……! 私とハナさんの距離は三歩近づいた。

 
「あ、え、えっと、世界のこと、世界のことが知りたい!」

「世界のこと……?」
 

 ハナさんは、また怪しむように目をすがめた。
 ええええ!? 世界のこと知りたいと思っちゃダメなの?! なんで!?

 
「具体的に、どのようなことが?」

「えっと、えっと、ど、どんな所なのか、とか。どんな生き物がいるのか、とか。あ、あとは……っ、そ、空のこととか!」
 

 言った!
 言ったぞ!

 
「空のこと? そんなこと、知る必要ないでしょうに」
 

 ぎゃあああ! やっぱり怪しまれた!
 ハナさんのその目! 怪しい偽りの魔物を振りい出そうとするかのような瞳! なんて恐ろしいっ!

 どうする、どうする! なんと答える!

 そのときっ!

 私は閃いた!

 
「この間、本で見たの。この世には、太陽の光を宿し、迷うものを導く、不思議な羅針盤があると」
 

 ハナさんは、息を飲んだ。

 さあ、どうでるっ?!

 ちなみに、この羅針盤というのは当然のごとく、マンガの知識だ!
 ルイスたち渡り鳥は、この羅針盤を元に旅をする。というのも、この世界の空にはなんと……ドラゴンがいるからだ。

 一般的に空の流通が成り立っていないのも、このドラゴンたちが原因だ。ドラゴンたちは自由に空を飛びまわり、空すべてをナワバリとしている。
 普通の者がドラゴンに勝とうなんて、不可能だ。

 しかし、太陽の羅針盤を使うと、なぜかドラゴンが寄ってこなくなるらしい。理由は不明だ。ただのマンガの知識である。

 
「なぜ、そのことを?」

「この間、とある手配書を見て。この世界の犯罪者たちが、どんな罪を行っているのか、私は海の一族として知る義務があると。そして調べていたら、そういう物があると、知ったんですの」

「そうですか」
 

 くっ、あんまり心に響いていないようだ。
 えぇい、なら、もう、裸でアタックだ! それしかないっ!

 
「私は、この世界のこと、何も知らない」
 

 ハナさんはその場から動くことなく、ただ、黙って目を細めた。

 
「どんな人が暮らしていて、どんな生活をしているのか。私は今、海の一族のことしか知らない。私はもっと! いろんなことが知りたい! この世界のことっ、たくさん、たくさんっ」

「…………」

「そうしたら、見えるものが少し、変わるかもしれない」
 

 最後に、じっと、まっすぐハナさんを見つめた。

 きっと、無理矢理教えろと言えば、ハナさんは逆らえない。
 だけども、私が欲しいのは、コネと信頼だ。
 いつか、私が殺されてしまうようなことが起きたとしても、たくさんの信頼があれば、何かを、変えることができるかもしれない。

 私の望む未来を、手繰り寄せることができるかもしれない。

 
 ハナさんは、ふっと息を吐き出すと、小さく口もとだけで笑った。
 そして私に歩み寄り、片膝をつく。
 少し、ドキッとした。
 カッコよくて、色っぽくて、忠誠を誓う騎士みたい、なんて思ってしまったからだ。

 
「今、おいくつですか?」

「え? え、え、と……9歳……」

「そうですか……今日から教師を務めさせていただきます。ただし、手加減はしません。海の一族だからと、贔屓ひいきもしない。それでもいいのですか?」
 

 ドクンッと、心臓が脈を打った。

 気持ちが、通じたと思って、いいのだろうか?
 一歩、歩み寄れたと、そう思っても……。

 うれしくて、ハナさんの手を取って、両手でぎゅうっと握った。

 
「それがっ、それがいいの!」
 

 ハナさんは、驚いたように目を丸くすると、ふっと息だけで笑って、すぐに立ち上がった。

 おお! さっそく授業か!

 身構えた瞬間、ハナさんはくるりと私に背を向けた。そしてそのまま扉の方へと歩き出す。

 えええええ?! ちょっとちょっと、待って! どこ行くの?!

 
「悪いけど、アナタが知りたそうなことを知るための物は、持って来ていませんので。勉強は、次からで」

「えええええ!? 次って、いつ……っ」
 

 言い終わる前に、ハナさんはさっさと部屋を出ていった。バタン、と、目の前で扉が閉まる。

 の、ノオオォォォォ!!!!

 私はその場に崩れ落ちた。
 カンカンカーン、勝利のゴングが鳴り響く。

 
 私とハナさんの距離は、海より遠い。

error: Content is protected !!