4管理者と魔法

「ねーロンー、何かあったー?」

 リンネは間延びした声で、肩に乗るロンに問いかける。

 歩いても歩いても人は見つからず、建物の扉は固く閉ざされている。
 リンネはこの世界にきて数十分で、すでに心が折れかけていた。

「あのな……、そんなかんたんに見つかるか」

「もう歩き疲れたよ……」

 リンネは限界とばかりに足を止めた。
 そしてぐるりと目だけで周辺を見つめ、難しい表情をつくる。

「ねぇ、ロン」

「何か見つかったか?」

「あのね」

「おう」

「ごはん屋さんはどこかな?」

 ロンはリンネの肩から滑り落ちそうになった。

「あのなっ、観光しにきたんじゃねーんだぞ!? 状況わかってんのかっ?」

「だって! 師匠ったら、何にもくれないで急にココだよ?! 朝ごはん食べてないもん!」

 たしかに、リンネは起きてすぐここに飛ばされた。

 なんなら、朝食をぬきにすると言うから起きたのだ。なのに、グリモアールは微笑みを浮かべて、リンネを本の中へと引きずりこんだ。

 リンネにとっては、たまったもんじゃない。空腹で死んでしまう。

「それはそうだけどなぁ。そもそも、この世界の通貨、持ってねえだろ」

 リンネはハッとした顔をし、すぐにその顔は絶望の色に染まる。

「ロン……。お金出して……」

「無理だ」

「…………お金……」

「無理だ」

 リンネのやる気は瞬く間に砕けていった。

「もうやだ! 帰るーー!」

「リンネが時空魔法使えたら帰れるな」

「うっ……使えないの、知ってるくせに」

 リンネは恨みがましくロンをにらんだ。

「ああ、知ってる。諦めろ」

 本の管理者は通常、空間魔法と時空魔法を使って本の中を行き来する。

 グリモアールが使った魔法は、時空魔法のひとつだ。

 本の中と、時空の狭間にある時空幻想図書館を繋ぐ魔法である。

 リンネはその時空魔法が使えない。

  それどころか空間魔法も完全には扱えない。

 だからリンネは半人前なのだ。

 はやく帰りたい。でも帰れない。
 お腹はすくし、いつ帰れるかもわからないし、なんでこんなことをしているのだろう。リンネは途方に暮れた。

「世界がもとにもどれば、俺たちは異物として外に出される。けっきょく、この世界を元通りにするしか道はないんだよ」

「ロンの正論、今は聞きたくない」

 リンネはすっかりへそを曲げていた。
 ぷいと顔をそむけ、ロンが視界に入らないようにしている。

「あのなぁ、リンネ。すねてるとこ悪いが、あんまり時間ねーんだよ」

 リンネはきょとんと目を瞬かせ、ロンに視線をもどした。
 ロンはリンネの肩から飛び降りると、地面に着地し、しっぽをゆらゆらと揺らす。

「見えるか?」

 リンネは鼻の頭にシワを寄せ、目を細めてロンを見た。
 目が悪いわけではない。ロンが何のことを言ってるのか、さっぱりわからなかったのだ。

「しっぽ。手でもいい」

「……あ、ロン……消えかけてる……?」

「ああ」

「どういうことっ?」

 リンネはロンを抱えあげ、何か異常はないかと、ロンの体をあちこち眺めたり、体に耳をあてたりした。

「おいっ、やめろ!」

 ロンはリンネの手から逃れると、黒猫の姿から黒髪の青年へと姿を変えた。

「ロン! どうしちゃったのっ? 病気!? 変なもの食べた!?」

「リンネじゃあるまいし、そんなことするか」

「じゃあどうしたのっ?」

 リンネの剣幕に、ロンは呆れたようにため息をついた。

「あいつが言ってただろ。本の中で具現化できるのは、本の管理者だけだって」

「うーん? つまり?」

「俺はリンネと契約しただけで、管理者じゃないからな。この場にいるだけで力を使うんだよ」

 そして、ロンはこの世界に降り立ったときから、自分の魔力を消費している。
 魔力を代償にすることで、何とかこの空間に存在を留めているのだ。

 魔力を使い果たしたとき、ロンはこの世界から消える。

 と言っても、本の世界から弾き出されるだけで、本当に消えるわけではないが。

「私、ロンがいないと困るよ!」

 リンネは半べそになりながらイヤイヤと首をふる。

 ロンの目が、ゆっくりと三日月形に変わった。

「リンネ。具現化魔法は?」

 ビクリと、リンネは肩を揺らす。
 動きが止まり、数秒ののち、リンネはゆっくりとロンを見て、引きつった笑みを浮かべた。

「ロン。あのね?」

「言い訳は聞いてやる」

「うん、あのね。人にはだれしも、得意不得意があると思うんだ」

「ほぉ?」

「私はね、たぶんね、魔法が苦手なの」

 リンネは大真面目にそう口にした。

 すぐさまロンに頭をはたかれる。

「いったぁー!」

「自分の勉強不足なのを勝手にすり替えるな」

「練習しても全然うまくならないの、ロン知ってるでしょ!」

「だからってなぁ! あー、くそっ。時間がもったいねぇ」

 ロンは苛立ったように舌打ちをした。

「ロンいないと私、何にもできないよ?」

「わかってる」

 そこを即答されるのも複雑なのだが、リンネは何も言わなかった。何もできないのは変えようのない事実だ。

「リンネの力、少しもらうぞ」

 ロンはそう言って、首からかけられているネックレスを手にした。

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