6ラナンキュラスの花と悲しみの笑顔

 何か食べるものを、と、ひたすら街をさまよっていたリンネと、そのとなりを優雅に歩いていたロンは、ひとつの店が開いていることに気づき、足を止めた。

 驚いたように、リンネはその店を見つめる。

「お店、やってるよ……」

「見ればわかる」

 リンネの呆然とした声に、即座にツッコミが入る。リンネはちょっとだけムッとした。

 もっとこう、一緒に盛りあがりを見せて欲しかったのだ。
 苦労して苦労して、ようやく見つけた店だ。

 たとえそれが、リンネが求めていた食事処とはほど遠い、花屋だったとしても。

「お花、しおれてるね」

 店の前に並べられている花は、どれも下を向き、花びらにもハリはなく、今にも枯れてしまいそうに見えた。

 店の扉には、『OPEN』の札がかかっている。

 営業しているということだろうが、いかんせん中に人がいる気配がない。

 リンネとロンは顔を見合わせ、うなずき合う。

 リンネは店の扉に手を伸ばした。

「すいませーん」

 カランカラン、と、来店を告げる軽やかなベルの音が鳴る。

 リンネは扉からほんの少しだけ顔を出して、中をのぞいてみた。人は、いない。

「うーん、ロン、だれもいないみたい。入ってみる?」

「それしかないだろうな。一応用心しろよ」

「はーい」

 リンネは適当にうなずいて、扉を大きく開けると、店の中へと足を進めた。

 外から見たときもリンネは思ったが、とても大きな花屋のようで、すぐ左手に階段があった。二階でも営業をしているらしい。
 店内は広く、30人くらいならば、かんたんに収まってしまいそうなほどだ。

 店の両端にあるガラス戸の向こう側には、これまた萎れかけている色とりどりの花が並んでいた。

「すいませーん。だれかいませんかー? お客さんですよー」

 リンネは声を出しながら奥へと進んでいく。
 まさか、たまたま開いていただけで無人なのではと、リンネはそう思った。店の中は綺麗に整えられてはいるが、客がいない。

 客がいない店、とは。

 リンネの知ってる店といえば、いつもにぎわっていて、なんなら商品の取り合いの暴動が起きるような店だ。
 こんな小奇麗ではないが、売り上げは上々だろう。

 だれもいないなら帰ろうかとリンネがそう思ったとき、カウンターの奥からひとりの若い女性があらわれた。

 やわらかそうな茶色の髪を一括りにして、驚いたような顔をしてリンネとロンを見つめている。

「あ、人いた!」

 リンネはぱあっと顔をほころばせた。
 女性はハッとした顔をしてリンネに近づき、ニコリと店員特有の笑顔を浮かべる。

「いらっしゃいませー。あまり見ない顔ですね。どうされました?」

 あまり見ない顔、という言葉に、リンネはギクリとした。
 まさか、本の外から来ましたなんて、言えるわけがない。

「あー、えーと、たまたま通りかかってー」

 怪しすぎる返答をするリンネを見かねたロンが、リンネの顔を押しのけて前に出た。

「この国に用があってきた。ただ、人がだれもいなかったからな。何かあったのかと人を探していた」

 花屋の女性は苦笑いを浮かべ、すぐに顔に影を落とした。

 そして、注意していなければ聞き取れないような小さな声で、ポツリとつぶやく。

「この国はきっと、もうダメなんです」

「ダメとは?」

 女性は小さくかぶりをふって、ロンを見つめた。

「用というのは、戴冠式たいかんしきでしょうか?」

 リンネは戴冠式? と首をかしげたが、ロンはしれっとそうだとうなずく。リンネはそんなロンに驚愕きょうがくしていた。

 たしかにロンはポーカーフェイスが得意だと思っていた。黒い切れ長の目は何を考えているのかよくわからないし、喜怒哀楽が激しいわけでもない。

 しかし、ここまで嘘をつくのがうますぎると、いつでもどこでも嘘をつきまくっているのではないか、とリンネは密かに思った。

 いぶかしげな視線をリンネはロンにそそぐ。

「その戴冠式に出席予定だったんだが、まさかこんな状況だとは聞いていなくてな」

 ロンはチラッと視線を扉のほうに向けた。
 それだけで、この街の様子を示しているのだと伝わっただろう。

「そうだったのですか……。そうですね、私たちも、どうしてこうなってしまったのか、よくわからないんです」

 女性は泣きそうに微笑んだ。

 無理に笑っているのだと、それはリンネにもわかった。

 そんな顔に、リンネの胸の奥が小さく痛んだ。

「この国は、昔から花を大切にしてきました」

「だからあんなに街に花が落ちてたの?」

「はい。花の国、と、そう呼ばれていたんです。国民はみんな花が好きでした。ですが、ある日突然、花が枯れはじめていったのです」

 リンネとロンは顔を見合わせた。

 やっぱり、この国の異変というのは、花に関係していると、そう確信したからだ。

「原因はわかりません。ですが、おそらく戦がはじまったくらいからでしょうか……」

「戦争ってこと?」

「はい。この国は、ずっと戦とは無縁だったんです。けっきょく、交渉の末、戦は停戦となりました。大きな被害はありませんでしたが、花が枯れ、人の笑顔が消え、街からも人は消えました」

 泣きそうな顔をしながらも、花屋の女性は気丈に振舞って、ガラス戸に向かうと、カラカラと扉を開けはじめた。

「このお店にある花たちも、もう売りものになるようなものではありません。ですが、遠くから来てくれたのですから、おもてなししないわけにもいきませんね。せっかくこの国に来てくださったのですから」

 女性はそう口にして、萎れている花をいくつか手にした。それに慌てたのはリンネだ。なにせ、この世界の通貨をもっていない。

「えっ! あの、そのっ、お金が……」

 女性はきょんと目を瞬かせて、笑って首をふった。

「お代はいりませんよ」

「えっ、でも……」

 言いよどむリンネに近づいた女性は、リンネの顔をのぞきこむと、ふわりと優しく笑った。

「吸い込まれそうな、キレイな紫の瞳ですね。どうぞ、このお花をお持ちください。ラナンキュラスと言います」

 花びらが、幾重にも重なった美しい花だった。

 リンネは何も言えず、震える手で、黙って花を受け取った。

 萎れているけれど。

 リンネはゆっくりうつむいて、キュッと唇を引きむすぶ。

「あの、ありがとう、ございます……」

「いいえ。あなたに花の神の加護があらんことを。お城はこの大通りを真っ直ぐ進むと着きますよ」

 リンネは小さくうなずいて、くるりと緑のマントをひるがえして背を向けた。そのあとを、ロンが黙ってついて行く。

 カランカランと、来たときと同じようにベルの音を響かせて、リンネは店をあとにした。

 外に出て、もらった花をリンネはながめる。

「戴冠式、だって」

「ああ」

「女の人、泣いてたね」

「そうだな」

「お花も……泣いてるみたい……」

 リンネはギュッと、唇を噛みしめた。

 なぜかわからないけれど、涙があふれてしまいそうになったからだ。

 うつむくリンネの頭の上に、優しく手のひらがのる。ロンの手だった。リンネの長い髪を梳くようにすべり、やがてリンネの髪に手を差しこみ、そのままリンネの後頭部をぐっと引き寄せる。

「リンネは、管理者だろ」

「うん」

「だったら、問題を解決してやればいい。そうすれば、全部元通りだ」

「うん、うんっ」

 リンネは何度も何度もうなずいた。

 ゆっくり顔をあげて、ロンを見つめるリンネの瞳には、さっきとは違って強い輝きが宿っていた。

 ロンは、それに満足気に笑う。

 ロンはビクリと反応し、リンネを守るように小さな体を抱きこんだ。

 それと同時に突風が吹き荒れる。
 鋭い刃のように、その風はロンの皮膚をかすかに引き裂いた。

 風が止むと、ロンは腕の中にいるリンネに視線を向けた。

「リンネ、怪我はないか?」

「う、うん。ロン、ありがとう。ロンは平気?」

「魔力があれば勝手に治る」

 その言葉通り、引き裂かれたロンの皮膚は再生していた。リンネはそれを見てほっと胸をなでおろす。

「今の……」

「ああ。ただの突風じゃねえ。今のは、魔法だ」

 ロンが険しい顔で周囲に視線を走らせる。

「へぇ、まさか再生するとはね。見たことない顔だけど、よそ者かい?」

 声が聞こえ、リンネとロンは視線を向ける。

 そこには、青い皮膚をし、背中に羽根を生やした、人ではない小さな生き物が、いた。

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