7青い皮膚をした妖精

「だれだ……っ」

 ロンは、リンネを守るように抱きこんだまま、宙に浮かぶ得体の知れない生き物を見つめた。

 リンネも、はじめて見る不思議な生き物に興味津々だ。いきなり切り裂かれたということは忘れてしまっている。

「……驚いた。オイラが見えるのかい?」

 不思議な生き物は、そう口にして、リンネとロンを交互に見つめた。

 どういう意味だろうか。

 リンネたちは意味がわからず、顔を見合わせる。

「ふつうの人間には、オイラたちの姿は見えないのさ」

「そうなの? でも、見えるよ? ねえ、ロン」

「ああ。見たことない生き物だけどな」

 青い皮膚をした不思議な生き物は、何か考えこむような表情をしたあと、パッと笑顔を浮かべた。その変わり身のはやさに、ロンは警戒心を強める。

「いきなり攻撃したことはあやまるよ。悪かった。見ない顔だったから、侵入者かと思ってね」

 当たらずとも遠からず。

 リンネはあいまいに笑ってごまかした。

「それより、オイラの姿はホントに見えてるかい? 声も?」

「え? う、うん。ふつうに見えるし聞こえるよ」

「そうかい! そりゃあよかった」

 青い皮膚をした不思議な生き物は、ひらりひらりとリンネたちの周りを一周し、リンネの目の前で止まる。

 どこか不気味さを感じる貼りつけたような笑顔で、リンネに小さな手を差し出した。

「オイラはチー。ああ、本当の名は、チシマフウロ。でも、チーって呼ばれることが多い」

「チー? あ、私はリンネ。こっちはロン」

「リンネとロンはどうしてココに?」

 リンネは困ったようにロンを見あげた。

 管理者である、ということは、本の中の人には告げてはならない、禁忌事項だ。

 破ったあかつきには、それはそれは世にも恐ろしいお仕置があるのだと言う。

 それが何か、リンネは怖くて聞けなかったが、あの笑顔の悪魔が言うのだから間違いないだろう。

「えーっと、そのー、りょ、旅行?」

「へぇ? こんな寂れた国に、旅行かい?」

「そ、それは、その……な、何があったのかなぁーって」

 かなり苦しい言い訳だった。
 リンネの言葉に、チーは笑みを深める。

「へぇ、野次馬精神、ってやつかい?」

 リンネは威圧を感じ、ブンブンと首をふった。

「キミたちが、この国に害をもたらしに来たというのなら、オイラはキミたちを排除しなければならない」

 リンネは『排除』という言葉に、ゾクリとした。チーの笑ってない目玉が、本気であると訴えていたからだ。

「悪いが、おまえがだれか知らないが、リンネに危害を加えるというなら、俺はおまえをひねり潰す必要がある」

 リンネをかばうように前にでたのは、ロンだった。
 チーと、険しい顔でにらみ合う。

「へぇ、どういう関係だい?」

「俺は、リンネの使い魔だ」

「……使い魔? へぇ、聞いたことがない」

 チーは少し驚いたようにリンネとロンを見比べた。

「まさかオイラに知らないことがあったとは……」

 チーはそうつぶやいて、チラリと上目にロンを見る。そして、ふっと尖った空気を霧散むさんさせた。

「悪いヤツらではなさそうだ。少し、話をしないかい? オイラたちの姿が見える人間は、貴重なんだ。今のオイラたちの住処に案内するよ」

 さっきまで敵意を剥き出しにしてきていた相手に、ホイホイついて行くのは危険すぎる。

 それはわかっていたが、明らかに人とは違うこの姿。物語の重要人物の可能性がある。

「ああ、料理と飲みものも用意するよ。妖精の特製さ。珍しいだろ?」

「えっ! ごはん!?」

 チーの言葉に食いついたのは、リンネだった。
 紫の瞳をキラキラと輝かせ、チーを見つめる。口の中はもう唾液でいっぱいだ。

「そうさ。特製チシドリの丸焼きなんでどうだい?」

「なにそれっ! よくわかんないけど美味しそう……!」

 リンネはロンを見あげ、グイグイと服を引っ張る。

「ねえ、ロン。行こう? 丸焼きだって……!」

 こうなったリンネを、ロンが止められるはずもない。止めて、あとでお腹がすいたとわめかれてもめんどうだ。

 ロンはため息をつきながらもうなずいた。

 リンネたちは、チーの案内で街を歩く。

 チーが先頭を飛んでいき、リンネがそのあとに続く。ロンが半歩離れて歩き、周囲とチーを警戒していた。

 そんなロンの心配をよそに、リンネは興味津々といった顔で、チーの話を聞く。すっかり料理にほだされていた。

「じゃあ、チーは妖精なの?」

「そうさ。珍しいだろ?」

「うんっ、すごい! はじめて見た! 犬とか熊とか羊とか悪魔とかなら見たことあるけど!」

「……悪魔? いったいどこから来たのか、オイラはそっちのほうが興味あるね」

「え? あはははは、それは、ほら、あっちのほう?」

 リンネは適当に指をさした。
 ごまかせていないのはわかっていたが、深く突っこまれても、リンネはうまくかわせる自信がない。

 リンネは話題を変えることにした。

「じゃあ、チーはずっとここにいるの?」

「そうさ。ここは、唯一オイラたちがいられる国だからね」

 唯一いられる国、ということはほかの国にはいられないのだろうか。

 妖精のいる国の話……リンネは頭の中から本の記憶を引っ張りだすが、いまいち思い出せない。
 思い出せないなら本人に聞けばいいと、リンネは楽観的に考えた。

「じゃあ、チーは、どうしてこの国がこんなになったかわかる?」

 チーはゆっくりと目を細めた。
 ゆらりと、嫌なオーラが漂っているような気がする。虫の居所が悪いのか、リンネが地雷を踏みぬいたのか。

 さっきまでの陽気なチーとは打って変わって、全身からジリジリとした怒りの炎を放っていた。

「リンネたちは、それを知りたいのかい?」

「えっと……」

 リンネは、少しだけ迷った。

 チーは怒っている。あまり踏みこんで欲しくない話題なのかもしれない。

 下手なことをして、また切り刻まれたりしたらたまったんじゃない。

 なんでもない、と。そう首をふろうとして、リンネはさっきの花屋の女性を思いだす。

 泣きそうに、それでも笑い、リンネに花の加護があることをと、花を渡してくれた。

 手の中にあるラナンキュラスの花を視線を落とすと、チーの目をまっすぐに見つめ、うなずいた。

「知りたい。私にできることがあるなら、やらなくちゃいけないから。私のためにも。このお花をくれた、あのヒトのためにも」

 リンネノ射ぬくような紫の瞳に、チーは目を細めて、ゆっくりと空を見あげた。

「この国がこんなになったのは、メルが原因だよ」

「……メル?」

「メルティア・ピヴォワ・ファルメリア。この国の……ファルメリア王国の、姫さ」

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