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2 異世界から来た彼ら

 大事件が起きた。

 巨大スクリーンに映し出された、人形のように整った少年。いや、それは正しくないな。美しさのせいで少年に見えるけれど、会社の責任者だ、青年。

 青年、モルス・カルディアの挨拶が終わり、その場は静まり返った。

 そして、数秒を置いて、新入社員たちのどよめきが部屋の中に走る。と言っても、四人だけだからそんなすごいものではないけれど。
 ただ、めちゃくちゃ動揺していることは伝わった。
 そして、その点で言うならば、私も同じだった。

 いや、たぶん。

 この場にいた誰よりも、私は動揺していた。

 
 冷や汗は止まらないし、なんなら体の震えも止まらない。
 瀕死の魚みたいに口をあっぷあっぷさせて喘いだ。

 だって、だって。こんな。
 現実に起こりえない──。

 
 逃げなきゃ。
 

 すぐに浮かんだ答えに、私はカバンを引っつかんだ。
 そしてそのまま立ち上がろうとして──爆発音のような勢いで、会議室の扉が開いた。

 ちょっと待って。私じゃない。逃走したかったけど、私はまだカバンを持っただけ。
 そうしたら、立ち上がった瞬間に背後にあった扉が開いた。

 背中に、一瞬、刺すような刺激が走った。
 その瞬間、ヒッ、と息を詰めて、固まる。

 
 いる。後ろに。

 何かが。

 
 おそるおそる、振り返って、その何かを視界に収める。

 サラッサラとなびく、薄いブルーグレーの長い髪。
 水色よりもちょっと灰がかっている髪は、どう見ても地球人にはいない。いない、はず。いたらどうしよう。

 くるくるとした、西洋人形のような髪をなびかせて、大きな青い瞳を瞬かせる美女がいた。

「はいはーいっ! みんなそろってるかしら? そろってるわね。えらいえらい! それじゃあ、新入社員のみんなー、何人かは日本支社に来てもらうから、よ、ろ、し、く!」

 バチンっとウィンクが弾けた。ハートが飛び出してきたような錯覚がした。
 同じ新入社員の同期くんたちは、目をハートにさせて美女を見つめていた。

「それじゃあ──」

 美女の目が、ゆっくりと、私を見る。
 青く、澄んだ瞳の奥に、一瞬だけ怒りと憎しみをにじませて。

「そこの、今立っているあなた」

 私は震える手でカバンを抱きしめた。

「一緒に来てもらえる?」

 有無を言わせない完璧な笑顔で、美女がニコリと笑って、私を指名した。

 私は首を横に振って抵抗した。
 もうこの会社は辞めると、そう言いたかった。

 なのに、声が出ない。

 声を奪われたみたいに、口から出るのはハクハクとした息だけ。

 喉に手を当てて、美女を見る。
 美女が、クスリと笑った。

「うんうん、感動で声も出ないかな? それじゃあ行きましょ。下に車があるの! すぐだから安心して?」

 手を取られた。すがる思いで振り返る。社長と目が合った。深くうなずき、そのままひらひらと手を振られた。足元が崩れるような絶望が襲ってくる。

 
 待って。

 
 私はまだ、死にたくない。

 
 そう言いたいのに、声は出なかった。

 混乱と恐怖、絶望がとぐろを巻く中、私は美女の手に引かれるまま、死への階段を下った。

 小さなビルを出ると、すぐ前の道路に黒塗りの車が止められていた。見るからに高級車だ。顔が反射するほど輝いている黒に、背筋がゾッとした。まるで死神の遣いのようだ。

「さあ、乗って?」

 美女が笑う。死へ招くように。
 ガチャっと、美女が車の扉を開けた。

 おそるおそる中をのぞき見ると、誰かが、いた。
 長い足を組んで、つまらなそうにスマホを見ていたその人は、ふと顔を上げて、パアッと人懐っこい笑顔を弾けさせる。

「よォ、久しぶり。元気してた? アオイ」

 燃えるような赤い髪に、海のような青い瞳。
 人懐っこさを全開にしていた瞳が、スっと細くなる。冷たい、吹雪のような、残忍な色を宿して。
 その温度差に風邪を引いてしまいそうだ。寒暖差がすごすぎる。思わず、ぶるりと身震いした。

「でもさぁ、アオイってば、薄情なヤツだよな。あんなに仲良くしてたのに、何にも言わねーの。お世話になりましたも、ありがとうも──サヨナラも」

 青い瞳が、冷たく私を嘲笑った。

「ま、サヨナラって言われてねーし? 俺ら、アオイの世界に興味あったし?」

 ゆっくりと手が伸びてきて、私の手首を強くつかむ。バランスを崩して、車のシートへ倒れ込みそうになって片手をついた。

「だからさ」

 にぃっと、真っ赤な唇が笑う。

「俺ら、おまえに会いにきたんだよ」

 冷や汗が、顎を伝って、ポタリと車のシートに落ちた。

 耳にかすかに唇が触れる。
 寄せられた吐息に、肺が詰まりそうになった。

 
「コッチの世界でも、よろしくな? アオイ」
 

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