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3 親愛なる友人よ、どうも二度目まして1

 私は数年間、異世界にいたことがある。

 
 正確に言うのなら、五年。
 
 異世界での五年だから、地球の時間に換算すると本当に五年なのかはわからない。

 その世界で通っていた、世界各地のエリートが集まる学校。
 そこで出会った『彼ら』は、いつだってはた迷惑で、いくつもの事件を巻き起こしては話題をかっさらっていった。

 私は、隣に居るようで隣にはいなくて。
 いつだって彼らの背中を眺めていた。

 
 偉大な力。
 強大な魔力。
 約束された成功。

 その名を聞けば、誰もが震え上がるような、エリートの中のエリートたち。

 対して私は、魔力もなければ知識もない。
 土地勘も、常識も、将来すらも、真っ黒に塗りつぶされたかのように何もなかった。

 ないない尽くしの無力な人間。
 それが私だった。

 
 生きる世界が違うと、誰に言われなくてもわかっていた。私が一番、わかっていた。

 輝く未来が約束されている彼らと、どうして仲良くなれたのかは、世界の七不思議としか言いようがない。

 ただ、もう、二度と、会うことはないと。
 もう二度と会わないと。
 そう思って帰ってきた。

 
 というのに──なぜ?!
 

 おぼろげだった記憶が、どんどん色を取り戻していく。
 目の前で、クスリと笑いながら、私を見つめる赤毛の男。記憶の中の姿よりも、少しだけ成長しているように見える。顔つきがさらに男前になったような。
 私の異世界での同級生……というより、友達だ。

 名前は、バン・キャージュ。

 特技は火あぶり。
 趣味は……何だっけ? 思い出せないけれど、授業中いつも寝ていたことだけは覚えている。

「バン……だよね。その、勝手に帰ったのはごめ……」

 とにかく謝罪しなければと、口を開きつつ、体を少しずつ離していく。
 が、そんな私の抵抗も虚しく、ドンッと背中を押されて車の中に押し込められる。

「ぐえっ」
「アオイー! 会いたかったぁ!」

 後ろから締め殺す勢いで首に巻きついてくる、さっき私を無理やりさらった美女こと、レティアナ・ミストランテ。

 バンと同じく、魔法学校での同級生兼友達でありながら、私が迷い込んだ異世界の中の、とある国の王女様だ。
 私の夢みたいな記憶が現実なら。

「いや、もう、待って。待って、首、首しまってるから」
「あら、ごめんなさいね」

 いや絶対わざとでしょ。

 レティアナは白々しく驚いたように目を大きくし、ほっそりした白い手で口元をおおっていた。
 相変わらず可愛い顔だな。

 世界の男をその顔で魅了できそうな顔をしている。異世界ならともかく、日本なら間違いなく魅了できる。
 額縁に入れて飾りたいくらいかわいい。
 ……おっと、まずいまずい。異世界の危険な思考までよみがえってくるとは。今のはなしなし。

 パッパッと片手で頭の上を払う仕草をすると、レティアナはコテンと首を横に倒した。
 くぅー、かわいい顔するなァっ! 飾りたくなっちゃうでしょうが。部屋に。剥製にして置いておきたくなるでしょう?!

「理解できない。ほんと、なんでそんな可愛いの?!」
「きゃっ、うれしい。アオイってば、ほんと私の顔好きね。変わってなくてよかったァ。変わってたら私の顔も変わっちゃうとこだったもの。私もアオイがすき。両想いね」

 キャッキャッと首に巻きついて頬ずりしてくる。
 猫みたい。かわいいな。めちゃくちゃかわいい。

 でも今ちょっと不穏なこと言ったよね? 顔が変わるってなんだ。顔が変わるって。

「ちょっと待って、落ち着こう? なんでここに居るの? 本物? 本物のバンさんとレティアナさんですか。ニセモノですか?」
「だーから、言ってんじゃん。会いに来たって」

 バンが車のシートに背中をもたれさせながら、両手を頭の後ろで組んだ。

「だって、ここ、地球だよ。私が帰るとき、もう二度と同じ場所、同じ時間、同じ世界に繋がるとは限らないって、そう言われたのに……」

 
 私が元の世界に帰るとき、チャンスは一度だけだと言われた。

 世界は同時にいくつも存在して、場所も、時間も、無数のパターンがあるのだと。
 私が元いた世界と、寸分の狂いなく同じ世界にたどり着ける確率は、ほぼゼロに等しいと。

 できる限りのことはしたけれど、帰ったとき、もしかしたら、何かが変わってしまっているかもしれない。

 それは小さな変化かもしれないし、大きな変化かもしれない。

 
 たとえば自分の両親が別の人になっているだとか。
 家が違う場所にあるだとか。
 知らない人と友達だとか。

 そういう、微妙な『ズレ』が、世界には無数にあるのだと。確実に元の世界に帰れる可能性は、今の技術では限りなく低い。

 それでも帰りたいかと。
 それだけの覚悟があるかと。

 そう聞かれたくらいだ。

 
「はー? あのさぁ。俺らを誰だと思ってんの?」

 挑戦的でいて、自信に満ちた笑みを、バンは浮かべる。
 あの世界で、いつも見ていた笑みだ。

「そうそう、アオイってば、相変わらずおバカさんなのね。かわいい!」

 さりげなく罵倒しながら、レティアナが抱きついてくる。
 めちゃくちゃ胸当たってるよ。
 ボインな胸が。
 わざとかと思うくらい。

 レティアナの胸を凝視していると、バンが「クッ」と音を立てて笑った。
 堪えきれない笑いが、思わずこぼれてしまったみたいな笑い声だった。

 バンに視線を向けると、バンは長い足を組んだまま、うっすらと笑う。
 直視するのをはばかられるような、色気と不穏さに満ちていた。

「それにさぁ、おまえ、騙されてんだよ」
「……騙されてる?」

 バンがくしゃりと目もとをゆるめて笑った。そのまま、まっすぐに私を見る。

「バカだなァ。バカはかわいいっておまえに会って知った。バカは永遠にバカだと思ってたからな」
「なんかめちゃくちゃ悪口言ってるよね? 性格悪いよっ?! 相変わらず」
「人のこと言えた義理かよ」

 バンはそう言って鼻で笑った。
 いやまあ、私も性格悪いには同意するよ。
 異世界に行ったことで、私は悪の概念がぶっ壊れてしまった。

 だってさ、そもそも、あの世界には「人を殺してはいけません」とか、そういう類のものはないんだよ。
 おかしいよね?

 今はおかしいと思えるくらい倫理観が回復したけど、あの世界に慣れきったときは、「そういうものか」なんて納得してしまっていた。こわいこわい。慣れって。

「もぅアオイ! バンとばかり話さないで!」
「ぐえっ。首、首いま、バキっていった。私生きてる?」
「生きてるわよォ。だいじょーぶ」

 ほんとかよ。
 心の中でツッコミつつ、首をさする。よかった、首が繋がってる。生きてる。

「ていうかレティアナ、あなた王女様でしょっ!? どうしてここに……」

 チラッとレティアナを見ると、レティアナはパッとあさっての方向を見た。

「えー、王女って言っても〜、第四王女だし? アオイに会いたかったから来ちゃった」

 なんという分かりやすさ。
 わがまま全開で来ちゃったかァ。レティアナに振り回されるお城の人の苦労が苦しいよ。

 うっと、目もとを押さえるフリをしていると、とたんに、場の空気が氷点下にまで下がった気がしてギョッとする。
 バッとレティアナを見ると、笑っていた。
 ニコリと、完璧な笑顔で。

「だって〜、……アオイってば、なーんにも、相談してくれないんだもの」

 一瞬、声が、死神の招き声のごとく、冷たくなった。

「帰ろうか悩んでたなんて、私、なーんにも、知らなかった」

 ひゅおっと、吹雪いた気がした。もちろん錯覚だけれど、錯覚ではなく現実になり得るからこわい。
 だって、今私のそばにいる人たちは、魔法使いなのだ。

 ないものを生み出せる。
 あるはずのないものを作り出せる。

 生きる世界の違う、異世界人。

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