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4 親愛なる友人よ、どうも二度目まして2

 
 私はすぐさま危険を察知して、とりあえずシートの上を這って車の奥に進み、ゆっくりシートに座り直す。すぐにレティアナが乗り込んできて、車の扉を閉める。
 それを合図にしたかのように、ゆっくりと車が動き始めた。

 バンとレティアナに挟まれる。あの世界での、私の定位置。といえば聞こえはいいかもしれないけれど、今は哀れな囚人にしか思えない。

 心臓はバクバク言っていた。
 緊張で吐いてしまいそう。

 あの世界に行って、私もずいぶん図太くなったと思ったけれど、怒らせたらヤバい人たち──物理的な意味でヤバい人に挟まれると、私の心臓はノミのように小さくなるらしい。

 頭の中は、やばい、どうしよう、それしか浮かばない。

 
 そもそも異世界人が来るってどういうこと!?

 ヤバいよね。しかも魔法使えるし。
 バンは火あぶりが得意で、レティアナは変化魔法が得意。興奮したレティアナに、何度小人にされかけたか。
 いや、その魔法で助けられたことも、何度もあるんだけれどね。

 いつだか悪ふざけの延長で、本当にドールハウスに入れられそうになったトラウマが、ゾワゾワとよみがえってきた。背筋がひゅってする。寒いなァ、もう。
 チラリと、右隣のバンと、左隣のレティアナを交互に見る。

 ああ、ほんとうに、ヤバい。

 だって、私は魔法なんて使えない。
 防御魔法のぼの字も出てこないくらい、一般ピーポーなのだ。

 このかすかに感じる、ピリピリした空気。
 バンたちが、キレそうなのを必死に抑えてるときの空気だ。

 下手な返答をしたら最後、私は本当にドールハウスの住人になってしまうかもしれない。
 いや、豚の丸焼きのごとく、業火に巻かれるかもしれない。

 冷や汗をかく私に、美女レティアナはささやく。蜜のような甘い声で。

「だぁいじょうぶ。そんな顔しないで。アッチの国は心配いらないわ。それに、ずっとここにいる訳じゃないもの」

 なんか勘違いされているみたいだけど、深くつっこむのは止めておこう。それよりも……。

「ずっと居るわけじゃないって、いつかは帰るってこと?」
「もちろん!」

 レティアナはキラッキラした笑顔を振りまいて、とろとろの甘い声を出す。

「アオイも一緒にね」

 ひくりと、頬が引きつった私を、どうか責めないでほしい。

「いや、待って、私の世界はこの世界で……」
「うんうん、わかってる」
 いや、わかってないでしょっ?!

 そんな可愛い顔しても騙されないからね!?

「私はみんなの世界には行けないよ」
「どうして?」
「……え、どうしてって」

 どうしてと聞かれる意味がわからない。
 動揺と混乱が押し寄せる中で、右隣に座っていたバンがチラリと、流し目で私を見下ろした。

「アオイさぁ、魔法好きだって言ってたじゃん? 俺らの使う魔法をずぅーっと見ていたいって」

 いや、言った。確かに言ったよ?
 でもさ、言い訳をさせてほしい。

 それは出会ったばかりで、私も魔法があることに感動してたというか。

 ほら、魔法でも毎日見てるとだんだん飽きてくるというか、あー、私とは根本的に生きる世界が違うんだなぁと、気づいてしまうと言うか。

 
「魔法が好きならさぁ、ずっと見てりゃあいいじゃん。アオイが望むなら、いつだってこの世界と繋げてやるし?」
「……え。そんなことできるの?」
「まあな」

 何それチート?
 私があの世界に行ったとき、空間転移魔法もまだ正確には確立されてなかったよ。
 なのに、異世界と空間を繋げるってことでしょ。自由自在に。いや、ありえないな。
 うなずいたら最後、取り返しのつかないことになる気がする。

 騙されるな私。

 レティアナが女神のように微笑んで、私の片手をとった。
 そのままどこぞの王子のように、恭しく手の甲にキスを落とす。

 いや、めちゃくちゃかわいい美女なんだけどね?

「ねえ、アオイ。私と一緒に暮らしましょ?」

 死の宣告とも言える言葉を、いかにして跳ねのけるかを必死に考える。
 暮らしましょって……うなずいたら、私は異世界でしょ? うなずかなければ、ドールハウスの住人でしょう?
 なにそれ、詰んでる。

 いやいや、困るよ。私はもう、この世界に骨を埋めると決めているんだよ。

 あの日、あの時、元の世界に帰ると決断したときから。

 何か、何か突破口はないの?!

 一向に反応しない私に痺れを切らしたのか、レティアナのひたいにかすかに青筋が浮かんだ気がした。そして、笑みが深くなる。うわ、これはまずい。とにかくなだめないと。

「レティア……」
『おい、まだそんなとこにいたのか?』

 私の声を遮るようにして、声が響く。よく通る、澄んだ水のようなテノール声。

 ぶわっと、いろんな記憶がよみがえってくる。

 すこし窮屈な車内の真ん中に、パッと、さっき会議室で巨大スクリーンに映し出されていた、人形のような美しい顔が空中に浮かび上がった。プラチナブロンドが眩く輝いている。

 生首が浮かんでいるように見える、知らない人が見たら腰を抜かすような、おぞましい光景。
 私は何度も、見たことがある。

 あの世界での、れっきとした、通信手段だ。
 何もない空間に、自分の映像を反射させているらしい。空中の水分を魔力で凝固させてうんたらかんたら〜って、魔法反射理論とかいう授業でやった。全然わからなかったけれど。

『アオイ』

 透き通るようなテノール声が、私を呼ぶ。

 何度も、聞いた声だった。あの世界で、何度だってこの人は私の名前を呼んだ。

 ある時は怒鳴りつけ。
 ある時は呆れ。
 ある時は泣きながら。

 ある時は……とても、愛おしそうに。

 
 ギュッと、こぶしを膝の上で握る。
 彼らが私に向けていた感情が、どんなものなのかは分からない。
 ちょっと面白い人形を手に入れたような感覚だったのかもしれないし、可愛い無力なペットを手に入れた感覚だったのかもしれない。

 でも、それが悪意ではないことはわかっていた。
 やり方は独特だし、理解できないことも沢山あったけれども、それでも。

 
 彼らはたしかに、私を護ってくれていたのだ。
 

 手放したのは私だ。
 逃げたのも私。

 私の生きる世界ではないと、彼らとは住む世界が違うと、臆病風に吹かれて逃げ出した。

 
 だって、そのくらい、私には何もなかったから。
 

 
 車の中に浮かんだ美しい生首は、やわらかく微笑んだと見せかけて、すぐに凍てついた氷河のように青い瞳をつり上げる。

『僕に黙って帰るなんて、いい度胸してるな。アオイが帰ったと聞いて、僕たちがどれだけ悲しんだと思う?』

 恒例行事のような言葉のトゲが、次から次へと飛んでくる。
 容赦なく私の心臓に突き刺さり、この世界に戻ったことでよみがえった良心を的確にとらえた。

 グッサリと深く刺さった言葉の刃は、さらに私の心臓をえぐりとる。

『でも、僕たちも馬鹿だったと反省したよ。てっきり、アオイは僕たちのことを好いて、信頼してくれてると思っていたからね。それは大きな勘違いだった訳だ。心が大きく引き裂かれるのを実感したのは、後にも先にもあれきりだよ、アオイ』

 ヤバい。めちゃくちゃ、怒っている。

 プラチナブロンドに青い瞳。
 どこか色気のある瞳を囲う長いまつ毛。
 黙っていたら人形と見間違えそうな容姿をしていながら、あの世界では知らない人は居ないくらいの超有名人。

 口を閉じれば人形。
 口を開けば毒の種。
 得意魔法は全部。

 全部って何? て感じだけれど、出来ないことがないんじゃないかってくらい、圧倒的な魔法のセンスと魔力を持ってるらしい。
 いや、私は魔法についてはさっぱりだったからよく分からないけどね。

 でも、あの学校でトップは誰かと名前を上げるならば、百人中百人がこう答える。

 
 モルス・カルディア。

 
 無を有にする天才。
 
 こう言うと語弊があるかな。無から有を生み出す天才。これも違うな。

 新たな魔法を生み出す天才。

 これだ。
 モルス・カルディアが唯一無二でありながら、最強と言われるのは、どんな魔法もその場で編み出してしまうからだ。
 そして、それを可能にするだけの魔力を持っている。

 長い歴史の中でも、五本の指には入るんじゃないかって言われていたくらいの、魔法の天才。
 ただ、なんて言うか……。

『ん? 何だ、これ。げっ、うわぁぁぁあああ!?』
「ちょっ、カルディア先輩!?」
「ええっ、どうしたんですか! カルディア先輩!」

 車の中に響いた悲鳴。
 そして慌てる、私の両隣の男女。
 私は天を仰いだ。見えもしない青空を思い浮かべて、仏になった気持ちで遠くを見る。

 モルス・カルディアは、その天才的な才能と引き換えにしたのか、あまたの事件を呼び寄せる、磁石のようなトラブルメーカーだった。

 そう、彼は絶望的に、運がなかったのだ。
 

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