【お知らせ】1/15 転生マーメイド第一話改稿しました
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13 いつの日か

 ポケット、カバンの中、ありとあらゆる場所に手を突っ込んで、エイリーは財布を探した。

「なくしたのか?」
「うーん……落としちゃったのかなぁ」

 確か、ポケットにしまった気がする。けれど、ポケットにはエイリーの財布らしきものはない。カバンもひっくり返す勢いで見たけれど、見つからない。
 となれば、ここに来るまでの道で落とした可能性が高い。

「まあ、ないものはしかたがない。金ならあるから諦め──」
「ダメ!」

 セスの言葉を遮って、エイリーは声を張り上げた。

「あのお財布には小瓶が入ってるの!」
「小瓶?」
「私、探してくる。セス、適当に買い物してて」
「あ、おい、エイリー!」
「お客さ〜ん、あの〜、お代……」

 カバンを引っつかむと、エイリーは店とエイリーを見比べているセスを置いて、来た道を引き返し始めた。

 通った道を、目を皿のようにして隅から隅まで見ていく。
 エイリーたちを遠巻きに見ている人ばかりだったから、落としているのを見ていたとしても拾ってくれる人はいなそうだ。

 人通りの多い王都。少し歩くだけで人と肩がぶつかりそうになる。

(歩きにくい……)

 活気があるけれど、人に気を使ってばかりで息苦しい街だ。通りは広いのに、人がたくさんいるから結局狭くて、歩く速度も自由にはならない。
 下を見ながら歩き続けて、ふと、顔を上げたときだった。エイリーの黄色いお財布が、視界に飛び込んできたのは。

「あっ……!」

 お財布を視線で追う。持っていたのは頬に傷のついた男だった。

(そういえば、あの人と、ぶつかった)

 そのときに落としたのだろうか。だとすれば、エイリーのことを探しているのかもしれない。

「す、すみませーん! 通してっ」

 人を掻き分け、男に近づく。真後ろまで来て、声をかけようとした。

「チッ、これっぽっちしか入ってねェとは。シケてんなぁ」

 エイリーの財布を覗き込んで、ため息をつく男。エイリーは金槌で打たれたような衝撃を受けた。
 拾ってくれたんじゃない。盗られたんだ。
 そう気づいたときには、怒りのままに男の肩をつかんでいた。

「ちょっと!」
「はぁ? んだよ、うっせー、な……」

 男は振り返ってエイリーを見たとたん、エイリーを突き飛ばして走り出した。尻もちをついている間に、男は右手の細道に入っていく。
 エイリーも立ち上がって、男の背中を追いかけた。

「お財布っ、返して!」

 大通りから外れた小道は、薄暗くて嫌な気配だ。店の裏手にあたるのか、樽や木箱が並んでいてどうにも走りにくい。
 しかも、ぐねぐねと曲がりくねっているから、気を抜くと男の姿を見失ってしまいそうだ。

「しつけーな!」

 男が樽を蹴飛ばした。エイリーは反射的に樽に片手をついて、走っている勢いのままに飛び越える。

「げっ、どういう反射神経してんだよ」
「ふふん、田舎育ちなの! 大人しく諦めて返しなさいっ」

 体格差のせいか、なかなか距離が縮まらない。このまま相手が諦めるまで追いかけるのかと思うと、ちょっと面倒だ。だけど狩りはじっくりと追い詰めることが重要。

「クソッ」

 苛立たしげに舌打ちをして、男は左に曲がった。エイリーも左に曲がって、眩しさに目を細めた。と、人にぶつかりそうになって慌てて足を止める。

「う、わっ、大通りっ?」

 いつの間にか大通りに戻っていた。左右を見て男の姿を探すけれど、人が多くて見つからない。少し背伸びをして、人の波の中に男の姿を見つける。

「お財布を泥棒が! すみませんっ、通してくださいっ」

 人を掻き分けようとするけれども、上手く進めない。人々から迷惑そうな視線が向けられる。

(都会の人は冷たいって言うけど、本当なのかも)

 それでも懸命に前進もうとしたけれど、すれ違いざまにドンッと強く肩を押されて、ひっくり返りそうになる。

(わ、わ、転ぶっ!)

 受身を取ろうとしたけれど、後ろにいた人に受け止められた。謝ろうとしたエイリーの耳に、馴染んだやさしい音が響く。

「《セルチェ》」

 ふわりと、目の前の人の山から、ひとりの男が浮き上がった。目をまるくして見ていると、その男の頬には傷があった。お財布泥棒だ。
 パッと、エイリーは振り返る。
 じっとお財布泥棒を見ていた黄金の瞳の不思議使いは、エイリーが見ていることに気づいたのか視線を下げて、呆れたように笑って肩をすくめた。

「大丈夫か?」
「う、うんっ、ありがとう、セス」

 エイリーの目の前に、お財布泥棒がやって来る。

「返して!」

 エイリーは右手を突き出した。男は顔を真っ青に染めて、ガタガタと震えながらエイリーの手に黄色い財布を手渡す。
 戻ってきたお財布を胸元に抱きしめて、エイリーはすぐに財布を開く。中身はほとんどがなくなっていたけれど、大切なものはまだあった。
 透明な小瓶に入った、金色の砂粒。

「よかったぁ、あった」

 ぎゅっと小瓶を握り締める。

「それのために無茶をしたのか」

 セスの声が降ってくる。エイリーは迷いなくうなずいた。

「だって、セスとおそろいだから」

 エイリーは小瓶をお財布にしまい直して、今度はポケットではなく、カバンのなるべく奥のほうにしまう。もう二度と、盗られたりしないように。

 気が緩んだエイリーは、そこでふと、窃盗犯が尋常ではないくらい怯えているのに気づいた。セスを見ている。周りの人たちも、遠巻きにして怯えたようにエイリーたちを見ていた。

 エイリーはセスを振り返る。目が合うと、セスは首をかしげた。気にしていなさそうな素振りだ。ごめんね、と言うのは違う気がした。
 だからエイリーはセスの手をつかんで、ビシッと窃盗犯を指さす。

「セス、お手柄だね! 早くこの人を衛兵に引き渡そう」
「もう呼んであるからすぐ来るよ」
「えっ、やること早いね」

 セスの言葉通り、すぐに衛兵たちはやって来て、ガタガタと震えている男を縄にかけてしょっぴいて行った。

「買い物の続きしよっか! セス欲しいものないの?」
「欲しいものねぇ」
「え、あるの? なになに?」
「んー、ナイショ」

 セスの手をつかんだまま歩き出す。

 世界は不思議使いには冷たい。たくさんの陰口が聞こえる。

 ありもしないことを口にして、それが真実かどうかも確かめない。

 だけど、世界の異変を、不思議使いが解決しているとうわさが広まれば、少しは人々の目もマシになるかもしれない。
 エイリーは心に闘志を宿した。
 メラメラと燃える火にせっせと薪をくべて、巨大な火柱にする。

 不思議使いは怖くないって、たくさんの人に思い知らせてやるんだからっ。

 今は、なんの力もなくても、いつかきっと。

13 戦闘開始!危険危険大ピンチ?

「やはり私も共に行こう」
 と言い張るアールス王国王子こと、エルクをなだめすかすのに、三時間は有した。
 まあ、食事しながらだったけれども、しつこかった。

 せっかく見つけた結界持ちだから、心配なのもわかるけれども、待っててくれと言っているのだからもう少し信用して欲しいものだ。

 
 まあ、最終的にはスキルの使い方を細かく解説してくれたからいいけれども。

 この世界のスキル、ゲームの時はコマンド選択だけでよかったけれど、どうも現実だと慣れの割合が大きいようだ。お父様が威圧を使っていたのも、無意識の慣れだったのかもしれない。

 つまり、スキルというのは、思ったり願ったりすれば勝手に発動するのだという。

 まずは体に叩き込まなきゃね。死にたくないもの。

 
「さてと、ひとまず見た目を変えようかしら。冒険するのにスカートは……」
 

 早速、動きやすい服を手にするために、服屋を訪れた。
 が。

 忘れていた。この国では、女性がズボンを穿くというのは浸透していない。女性は女性らしく、というのがある種の共通認識だからだ。
 しかたない、なるべく動きやすそうな服にして、逃げ回らなくて良いように結界の力を強めよう。

 適当なワンピースを購入し、今度は武器屋に向かう。
 これまでの人生で、踏み入ったことのない領域。これから先も踏み入ることなんてないだろうと思っていたのだけれど……。
 死の大地に行くのなら、必要よね。

 一通り見て回る。長剣、短剣、弓矢、槍……いろいろあるけれど、持ちやすいのがいい。

 ひとまず短剣を手に取ってみたけれど……お、重いっ……!

 とてもじゃないけれど振り回せそうにはない。
 いろいろと吟味した末、私は扱いやすいナイフを購入した。剣は、そのうち、そのうちね。

 
 一通り身支度を終え、私は国の外へと繋がる門の前へとやって来た。
 このあたりは魔物が少ないと言っても、弱い魔物なら存在する。
 それを討伐する軍もあるし、民間の討伐隊もある。この門から一歩外に出たら、何が起きても文句は言えない。

 はじめて経験する、戦うという恐怖。
 でも、私は生き延びたい。
 大丈夫、デモンストレーションは何度もした。

 まずはそう、レベルを上げないと!

 震える拳を握りしめ、私は門をくぐった。

 とりあえずすぐ帰れるように、門からそう離れていない場所を陣取る。背後は壁だ。これで後ろから狙われることもない。

 けれど、待っても待っても魔物が出ない。
 やっぱり、もっと奥に行かないとダメなのかしら。

 
「……えぇーい、女度胸!」
 

 覚悟を決め、門から左に向かって進んだ先にあるアルノスの森へとやって来た。森の中は魔物が出やすいと有名だ。周囲に気を配って、なるべく慎重に……。

 カザッと音がした。

 さっきまで物静かだったから、心臓が飛び上がる。
 いつでもスキルを使えるように集中しつつ、音がした方を見る。

 すると、草の影から、大型犬くらいありそうな狼が現れた。

【ビーストウルフが現れました】

 ウィンドウが表示される。
 ビーストウルフ、この森の中ではけっこう強い魔物のはず。
 まさかいきなりこんなのに会ってしまうなんて、さすが不幸のアメリア。

 ジリッと睨み合うこと数秒。
 ビーストウルフが後ろ足で大きく地面を蹴った。

 結界……!

 慌てて身の回りに壁をイメージする。

【スキル、結界を使用しました】

 ビーストウルフは私に触れるほんの数センチ先で、何かに弾かれたように後方に吹き飛ばされた。

 
「うそっ、できた……!」
 

 ということは、きっとアレもできる!

 私はビーストウルフを包む立方体をイメージする。
 どうやら成功したようで、ビーストウルフが狂ったように壁に体当たりしていた。

 できた……っ。
 あとは、ここで、あの中に……、調香!

 
 私はこの調香に、ある種の可能性を見いだしていた。
 この調香というのは、香りを作るというより、気体を変化させることができるのではないかと。

 香り、というものは、何もいい香りばかりではない。
 世界には、世にも恐ろしい悪臭が存在する。
 さらには……気体の成分を変えることができるのなら、空気を一酸化炭素に変えたり、有害な気体に変えることもできるはず。

 使い方次第では毒にも薬にもなる、はず!

 私の感が当たっていたなら、どうか……!

 ダメだったらこのまま逃げよう。また策戦を練り直さなくちゃ。

【スキル、調香を使用しました】
 
 
 スキルを使い始めて、けっこう長かった気もする。
 なかなか効果が現れなくて、やっぱりダメかと冷や汗を流した瞬間。

 結界の中のビーストウルフが苦しみだした。

 う、これは、あまり見てて気持ちのいいものじゃないわね。でも、生きるためだ。目を背けることはできない。

 数秒後、ビーストウルフは動かなくなった。
 まずは香りを消してみる。

【スキル、調香を解除しました】
 

「……勝った、の?」
 

 結界を張ったまま、おそるおそる近づく。

【レベルが4になりました】

 ウィンドウが表示された。

 ……勝った。勝った! 手を触れずに勝てた! しかもレベル二個も上がった!

 私でも戦えるということがわかって、嬉しくて。気が緩んでいたのだろう。

【ビーストウルフが現れました】

 
「……え?」
 
「危ない! アメリア!」
 

 叫ぶ声が聞こえて、驚いて振り返ると、もう一匹のビーストウルフが私に飛びかかって来ていた。

 まずいっ、結界……っ。

 焦る私の前に、誰かが飛び出してきた。
 銀の髪がなびき、チラリと流し目でこちらを見る紫の瞳。
 白く透き通るような横顔は、戦闘だからなのかいつもよりも眉が上がって凛々しく見える。

 その人は、手に持っていた剣で、いとも容易くビーストウルフを切り裂いた。

【ビーストウルフを討伐しました】

 途端に静まり返った森に、重たい沈黙が流れる。

 
「エルク、様……」

「…………」
 

 目の前にいる妖精のような男は、気まずそうにサッと視線をそらした。

 
「付いてきて、いたのですね?」
 

 エルクはギクリと肩を震わせた。
 怒られると思っているのか、しゅんと肩を落とす。

 
「余計な手出しをするつもりはなかったのだ。すまない」
 
「…………」

「何かをしたいのはわかっていた。なるべくそれを尊重したいとも思った。だが、主は、剣も握ったことはないだろう?」
 

 そう言って、少し悲しげに目を伏せたエルクは、私の手を取った。豆ひとつない私の手のひらを、じっと見つめる。

 もしかして、最初からわかっていたのだろうか。
 私が、戦いの練習をしようとしていると。
 だからあんなに、自分も行くと言っていたというの?

 
「私に、戦って欲しくないと、そう思っているのですか」

「そうだ。この国の身分の高い娘は、戦いに参加することはないと聞いた」

「そうですが……」

「それに」

「…………」

「綺麗な手だ」
 

 私の手を見て、屈託のない笑みを浮かべる。

 まったく、本当に、大バカだ。

 確かに私は生き物を殺したことはないし、戦闘とは無縁だった。それは前世でだってそうだ。

 それでも、北の大地に行くと決めた時に、ある程度の覚悟は決めた。

 
「……本当に、しかたのない人ですね」

 
 そう言って力なく笑うと、エルクはわずかに目を見開いて、少し照れたように微笑んだ。

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