【お知らせ】1/15 転生マーメイド第一話改稿しました
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15 きみを守りたい

 日が落ち、あたりが闇に包まれ始めたころ。
 エイリーとセスは大勢の村人たちに見送られながら、問題の森の中へと入って行った。

 森の中は暗く、すぐ先も見えない。自分の手をかざしても、闇に包まれてしまって手の輪郭を見ることができないほどだ。
 背中に村人から借りた弓矢を背負ったエイリーは、頼りなく周囲に視線を飛ばす。

「セス、いる?」
「いるよ」

 ふいに手をつかまれて悲鳴を上げそうになる。
 口を左手で押さえることで叫び声を殺した。

「お、脅かさないでよ」
「悪い」

 小さく謝罪をして、セスは片手を前にかざした。
 すると、光のない闇の中に、ひとつの淡い光を放つ球体が現れた。エイリーの顔や、足元をかすかに照らす。

「わ、なに? これ。セスが出したの?」
「松明の代わり。火じゃないから燃え広がることはないし、消えることもないよ」
「へえ、すごいね」
「まあ、足場が悪いことには変わりないから、転ぶなよ」
「……気をつける」

 セスの言う通り、足場が悪かった。ほとんど人が入らないのか、森の中は踏み均されているところもない。木は伸び放題だし、岩もごろごろ転がっている。気をぬくと、折れた木の枝に足を挟まれそうになる。
 時折、生ぬるい風が吹き抜けて、生い茂る木の葉がざああっと不気味な音を立てて揺れた。
 まるで、踏み入ってくるなと追い返されている気分だ。
 エイリーはぎゅっとセスの手を強く握った。

「どうした?」
「う、ん……夜の森って、不気味だね」
「そうか?」
「そうだよ。ほら、風が吹いて、葉っぱが揺れるたびに、ざああ、ざああって、獣の声みたいに響く。この生ぬるい風も、獣の息遣いみたいで、なんだかゾッとしない?」
「エイリーは想像力が豊かだな」

 セスがおかしそうに笑った。どうやらセスはまったく怖くないらしい。恐怖心は心の持ちようだというけれど、なんだか不公平だ。
 エイリーがむっと口を曲げていると、セスが考えるように視線を右斜め上に流した。そして、

「《セルチェ》」

 と、不思議の呪文を唱える。
 エイリーの目の前が輝き出した。

「う、わ……! すごいっ!」

 ぱあっと、エイリーたちの周りだけが、細かな光で溢れ返る。
 光の粒が、あたり一面に浮かんでいた。
 まるで、空を覆い尽くす星が、全部落ちてきたみたいだ。

 キラキラと色を変えて光り輝いては、ふわふわと漂うように、優しく揺れている。たくさんの光の雨が、幻想的な空間を作り出す。
 反射して、輝いて、弾けて。もっと見てくれと言わんばかりに、エイリーの周りを煌めかせる。

 夜の闇も、不気味な葉音も、吹き抜ける風も、全部が聖なる光に包まれて消えてしまった。
 今はただ、エイリーの瞳を輝かせる、宝石のような光があるだけだ。

「怖いの、マシになった?」

 セスが、エイリーの瞳を覗き込んで小さく笑う。

「こういうの、エイリーは好きだろ?」

 セスの金色の瞳が、甘い甘いハチミツのように、とろとろに蕩けたように見えた。優しく目尻を下げて、エイリーの瞳をまっすぐに見つめる。
 セスの金色の瞳の中に、エイリーの顔が見えてしまうくらい、距離が近かった。

 エイリーはひゅっと息を飲んで、ぎこちなくうなずきながら心臓を押さえる。
 なんだか分からないけれど、動悸が激しい。胸の奥が、ずくんと疼いたような、少し痛いけど、でも痛くない不思議な痛さだった。

(なんだろう、これ……)

「どうした?」
「う、ううん、すごすぎて言葉にならなかっただけ。セスの力はすごいね。怖さも一瞬で吹き飛ばしちゃった」

 手を伸ばして光の粒をつかもうとしても、宙をかくだけでつかめない。
 キラキラと輝く光はそこにあって、でも決して触れられない。

(なんだかセスみたいだなぁ)

 つかんだと思ったらそれは幻で、本当は触れてすらいない。そんなところが、なんだかセスに似ている気がした。

 ぼんやりと宝石のような光を見つめていると、なんの合図もなしにパッと光が消える。
 ろうそくを吹き消したみたいに闇に包まれた。
 エイリーは少し動揺した。何が起きたのだろうと不安に思いながら、右手でつかんでいたセスの手を強く握る。すぐに握り返されて、ほっと息を吐いた。

「ど、どうしたの?」
「しぃ。生き物の気配がする」

 エイリーは口をぎゅっと閉ざして、注意深く耳を澄ませる。かすかに、草を踏みならす音が聞こえた。
 息を殺して身を縮めていると、どこからともなく遠吠えが聞こえた。夜の闇に伸びるような、大きな遠吠え。

「お、狼、かな?」
「だろうな。遠吠えは遠くだったけど、足音がする」

 緊張に唾を飲んだ。セスのほうに身を寄せて、息を潜めながら背負っている弓矢に手を伸ばそうとした。

「《セルチェ》」

 エイリーたちの周りが、円を描くように光った。ドーム状に頭上を覆って、優しい光を帯びる。

「何したの?」
「防御壁って言ったらいいか? 簡単な攻撃とかは弾くことができる」
「……な、なんでもできるんだね」
「効果はそんな強くないよ。持続時間も短いしな。万能とは言えないかな」

 そういうものなのかとエイリーは話半分にうなずいた。
 知れば知るほど、セスの持つ力の大きさを実感する。
 確かに、よく知らなければ、この力は恐ろしいものなのかもしれない。なんでもできる。人を傷つけることも、人を守ることも。
 セスの心ひとつで、全てが変わってしまう。

 剣を向けてくる人を恐れるように、不思議使いに怯える人はただ、自分と、自分の大切な人を守りたいだけなのかもしれない。

 向けられた剣を振り払う術を持たない人たちは、不思議使いを遠ざけることで身を守る。
 誰かを傷つけてしまう人は、とても臆病で、弱い人なのかもしれない。小さな子犬が必死に威嚇するように。あなたには敵わないと心の奥で叫んでいる。

 ぎゅっと、セスの服をつかんだ。セスが横目にエイリーを見る。

「大丈夫、きみを守るよ」

 夜の闇に、黄金の瞳が煌めいた。

 誰だって、守りたい人がいる。
 その結果、誰かを傷つけてしまったとしたら、それは責められることなのだろうか?
 国を守るために戦う騎士だって。誰かを傷つけて守っている。たとえ、誰かにとっては悪魔だったとしても。国を守る戦士は、英雄になる。

 英雄と悪魔の違いは、何なのだろうか。

 感謝されれば英雄か。非難されれば悪魔か。

(私は、どうやってセスを守ったらいい?)

 この人が守ってくれた。怖くない。そう伝えていくことで、セスは少しでも救われるのだろうか?

15 どうやら私は厄災の塊のようです

 調香が、厄災をもたらす?

 調香って香りを生み出すだけのはず。どう考えてもエルクのスキルの方が危険よ。だって、人を操るのよっ? まるで悪魔の力だ。

 私の戸惑いを察知したのか、マルクがどう説明しようかと悩んでいるかのような苦笑を浮かべながら、ガシガシと首の後ろをかいた。

 
「お嬢、調香持ちが現れる時というのは、いつも時代が荒れたんだ」

「と、言うと?」
 

 マルクの言葉を引き継いで、エルクが過去の記憶を思い出すように視線を上に向けた。

「その香りに惑わされ、争いが起きた、と書物にあったな」

「逆に、その香りで街を死の街に変えた、とかもありましたよ」

「魔物が活性化したのも、調香持ちのスキルだったという文献がある」

「一つの国が滅んだとか、逆に富を得たとかもありましたね」
 

 私は、口もとがひくりと引きつって行くのを感じた。

「まあ、とにかくお嬢、調香持ちが現れると時代が変わると、そう言われてるってことだ」
 

 豪快な笑顔で言い切るマルクに、エルクが神妙な顔でうなずく。
 

「うむ、調香持ちは、いつも厄災の前に現れる」
 

 私は目眩を覚えた。

 待って。まさか、結界よりも調香の方が危険なスキルなの?

 確かに、フェロモン香水だとか、催淫効果のある香りもあると、聞いたことはある。
 他にも、今私がやったみたいに人を殺すことだって……。魔物の活性化は……もしかして、食欲をそそる香り?
 幻覚作用をもたらす臭いなんかもあったりするし……使い方次第では、かなり危険ね。
 嗅覚は五感を司るもの。

 さらに私は結界を持っているし、自分だけ安全圏にいることや、逆に狙ったターゲットだけを仕留めることもできる。
 
 
「…………」
 

 考えれば考えるほど、自分が危険な存在な気がしてきた。

 ゲームのアメリアが北の大地でどんな運命をたどったのか、こんなにも知りたいと思ったことはない。
 あの最後に表示された、こちらを睨むおぞましい顔。いったい、ゲームのアメリアの身に、何が……。

 ダラダラと冷や汗を流す私の肩を、エルク落ち着けとばかりにポンと叩く。
 

「調香持ちであるということは、伏せた方がいいかもしれぬ」

「そ、そう、ね」

「調香は、富をもたらすことも、争いをもたらすこともできる」

 
 まるで危険な時限爆弾ね。
 いつ爆発するかわかったもんじゃない。

 
「エルクたちは、そんな危険因子を国に持ち込んで、大丈夫なの?」
 

 争いの火種を持ち込むなんて、無謀と言えるけれども。私なら拒否する。そんな危険な爆弾。国に一歩たりとも入れたくない。

 エルクとマルクは顔を見合わせ問題ないとうなずいた。

 
「別に、調香持ちが悪いわけではない」

「そう、なの?」

「調香持ちはいつも、時代の権力者たちに狙われて来たと言うだけの話。主の身は私が守る。案ずるな」
 

 大丈夫、だと思う、けれど。死の大地だからね。

 私は、自分の結界の力を強めることを決意する。

 やっぱり、自分の身は自分で守ろう。

 いつでもどこでも守ってもらうなんて、柄じゃないもの。それに、エルクがいない時に襲われたら死亡確定なんて、そんな運命は嫌!

 せめてレベル10は必要ね。
 まあ、北の大地までかなり距離はあるし、どんなに急いだとしても半年はかかるはず。道すがら魔物を倒せば、レベル30くらいにはなるだろう。
 それに。この世界の海を見るのはじめてだ。
 旅というのも、したことがない。

 すこーしだけ、ワクワクしてくる。

 
「エルク様、お嬢のレベル、どうされます?」

「あ、それだけれど、レベル10くらいになったら、あとは行きながらでもいいわ」
 

 私がそう言うと、エルクは小首を傾げた。

 
「ここを出たら、数日後にはアールス王国だが、よいのか?」

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