10 メルティアとブルーローズ

 食事を終えると、メルティアはさっそく調合栽培に取りかかる。

 ファルメリア王国には、王城の面積の倍はあるのではないかというほど広大な庭がある。普通の家ならば数十軒は余裕で収まってしまうような、美しい庭園だ。

 基本的に、この庭の管理はメルティアが取り仕切っている。
 色味や気候を考慮して、どの花をどこに植えるか、庭師と話し合いをしつつ決定していく。
 実際の管理は庭師が行うことが多いが、メルティア専用の庭というモノも存在した。

 城を出て右手にある、木のアーチになっている細い小道を進むと、それは見えてくる。太陽の光を受けてキラキラと輝く、ガラスハウス。
 メルティアが花と花を掛け合わせて生み出した、独自の花や、色の違う花。薬へと転用可能なハーブや花が植えられている。

「さてとっ、まずはこの子に合いそうな子を選ばないと」

 メルティアは、ガラスハウスをぐるりと見回しながら、頭の中にある草花の情報を引っ張り出す。

「メル、いくつか作るんだろ?」
「うん。上手くいくかどうか、わからないもん」

 花と花を掛け合わせて新たな花を生み出す。
 上手くいく時もあれば、当然失敗する時ももちろんある。

「チーくん、アネモネってある?」
「メルの庭にはないね」
「外?」
「第二庭園の左にあるってさ」
「第二庭園かぁ」

 メルティアの庭からは少しだけ距離がある。

「必要であれば、持ってきましょうか?」

 メルティアの背後に控えていたジークから、声がかかった。
 メルティアは顔を上げて、ニッコリ笑ってうなずく。

「うんっ、ジーク、お願いしてもいいかな? 第二庭園の左にあるって、チーくんが」
「かしこまりました。おいくつ必要ですか?」
「うーーん、たぶん、これはそんなに失敗しないと思うから……ふたつお願い」
「おふたつですね。では、すぐに戻ります」

 一礼をして背を向けて去っていくジークを見送って、メルティアは髪を上げて結び、気合を入れる。
 午後には視察があるのだ。段取りよく終わらせる必要がある。

「気合入ってるねぇ、メル」
「うんっ」

 真っ赤なアネモネの花。
 この花の命が消えようとしているのは、メルティアのせいなのだ。ならば、新たな命を吹き込むのも、メルティアの務めだ。
 メルティアはアネモネの花を手に取った。

「メルティア様、戻りました」

 真剣な表情でアネモネの花と、花壇を見ていたメルティアは、ジークの声に顔を上げ、ふわりと笑みを浮かべる。

「ジーク、おかえりなさい。ありがとう」
「こちらに置いておきますね」
「うんっ、ありがとう」

 メルティアはそう言って、再び花壇に視線を戻す。そんなメルティアを、ジークは優しげな眼差しで見つめ、邪魔にならないようにと少し離れた位置で見守る。

 
 しばらく作業に没頭し、いくつか花をかけあわせ、ついでにと庭の手入れをしていたところで、ガラスハウスの扉が開いた。

「ティアー?」
「アルにぃ!」

 メルティアはパッと立ち上がり、兄であるアルに駆け寄る。

「視察、ティアも行くんでしょ?」
「うんっ」
「もう出かけるけど、行ける?」
「大丈夫! だいたい終わったから」

 メルティアは結い上げていた髪を解く。

「着替えてくるね」
「じゃあ、城門のところで落ち合わせで」
「わかった!」

 メルティアは調合用に出していた道具一式を片付け、ジークを連れて自室へと戻る。

 町に行く時、メルティアは決まって動きやすい服を着る。メルティアが町へ行くのは、決まってお忍びであったりだとか、ジークの後をつけるのが目的だからだ。
 だから姫だとはわからないような服に身を包み、コソコソと隠れて町の中を楽しむ。
 でも、今回は正式な視察だ。アルがいる。何よりも、ジークがいる。
 メルティアは自室の衣装部屋の戸を開けたまま、ぐっと眉を寄せて考えた。

 おめかししたい。
 ジークにかわいいって思われたい。
 でも、あんまり気合いが入りすぎても鬱陶しいかもしれない。

「メル、そんなに悩んだって、大して変わりやしないよ」
「チーくん、あのね、女の子にとってお洋服は戦闘服なんだって」
「誰に聞いたのさ、そんなこと」
「おじ様」
「ああ……あの変じ……ジークの父親ね」

 青い皮膚をした妖精が、ヒラヒラとメルティアの前を横切った。

「なら、オイラのオススメはコレだね」

 チーは淡いピンクのドレスを示した。
 上質な布を使っているからなのか、うっすらと光っているようにも見える。

「このドレス、見覚えないけれど、持ってたかな?」
「ずっと昔から、持ってたさ。覚えてないのかい?」
「うーーん?」

 メルティアは首をかしげつつも、惹かれるようにそのドレスに近づく。

「でも、すごくかわいい」
「オイラも、メルに似合うと思うよ」
「ほんと!? ジークもかわいいって思ってくれるかな?」

 メルティアは、いつものようにチーに問いかけた。

「ああ……きっと、思ってくれるはずさ」

 メルティアは少しだけ驚いたように目を見張った。
 いつものチーなら、そんなことは分からないと、そう口にするからだ。
 チーに断言されると、そんなような気分になってくる。
 メルティアは、笑顔でそのドレスを手に取った。

 身支度を終え、メルティアはジークと共に城門へとやって来る。
 ドレスを見たジークの感想は、「よくお似合いです」という、いつも通りのものだった。
 少し残念な気持ちにはなったが、町に行くというワクワク感がその気持ちを吹き飛ばす。

「アルにぃー!」
「ティア、時間かかりすぎ」
「ごめんね。ドレス着たの! 似合う?」

 くるりとその場で一周する。
 アルは「かわいいかわいい」といつものように適当にメルティアをあやす。

「町中は普通に歩くけど、大丈夫?」
「いつもこんな感じだから大丈夫だよ」
「ならいいか。まあ、疲れたらジークにおぶってもらえばいいよ」
「えっ……!」

 メルティアはアルの言葉に動揺しつつも、チラリと視線を上げてジークを盗み見る。目が合って、メルティアの心臓は飛び上がった。

「お疲れでしたら、いつもでもおっしゃってくださいね、メルティア様」
「う、うんっ……ありがとう、ジーク」

 もう疲れたと言ってしまおうかとも思ったけれど、さすがにそれは恥ずかしすぎる。メルティアは先に馬車に乗り込んだアルの後を追うように足を進めた。

 馬車をしばらく走らせると、町に着く。
 元々、馬車で行くほどの距離でもない。実際、ジークの後を追う時、メルティアはいつも歩いて町まで行く。
 町の中心地まで来ると、メルティアたち一行は馬車を降りた。
 ファルメリア王国は大きな国ではない。そのため、他の大国から見れば、驚くほど国民と王族の距離が近かった。

 メルティアもアルも、幼い時から何度も町へ行っていた。特にアルに関しては、ひとりひっそりと姿を消しては、身分を隠したり、はたまた身分をひけらかしたりして、数多の情報や情報源を手にしていた。

「わぁー、今は春なんだね」

 メルティアは街中に並べられている花壇を見ながらそう告げた。

「ティア、どこ行きたい?」
「お花屋さん行ってもいい?」
「いいよ、いくつか入ろうか」

 歩き出したアルの後を、メルティアは追う。そのメルティアの後を、ジークが追った。
 
 たくさんの露店が建ち並ぶ通りを抜けた大通りにある、見上げるほど大きな店構えの花屋へとやってくる。
 店の前には、上品さを感じさせる鮮やかな花々。二階にある出窓にも、これまた美しい赤い花が飾られている。

「アルにぃも行く?」
「花はうちの一大産業だからね」
「メルティア様、私はこちらで待っております」

 ジークはそう言って、エスコートするように店の扉を開けると、メルティアたちを促した。

「わかった、待っててね!」
「はい、もちろんです」

 店内に足を踏み入れたメルティアは、ふわりと香る花の匂いに口元をほころばせる。
 しっかりと手入れのされている花の匂いだ。

「いらっしゃいませー! って、メルティア様! アル様!」

 売り子の女性が、メルティアたちを見て、サッと頭を下げた。

「いきなり来てごめんなさい。お邪魔しても大丈夫ですか?」
「もちろんです。何をご覧になられます?」
「あ、僕のことはいつも通り放っておいていいから」
「承知いたしました。ではメルティア様、こちらにどうぞ」
「う、うん、ありがとう」

 女性はニコリと笑って、メルティアをエスコートし、店内を案内する。アルは適当に店内を回っては、その辺にいる売り子に声をかけて何かを話したり、花を眺めたりと自由に店内を散策していた。

「今日は、アル様とお二人ですか?」

 メルティアは声をかけられて、眺めていた花から顔を上げる。

「ううん、ジークが外にいるよ」
「そうでしたか。仲、よろしいんですね」
「……アルにぃと?」
「ジーク様とですよ」

 クスリと笑った女性に、メルティアはかぁっと顔を赤らめて、首を横に振る。

「ジ、ジークは、私の護衛だから……」

 言っててなんだか虚しくなってくる。
 売り子の女性は、メルティアを見た後、何かを考える素振りをして、すぐにメルティアに笑顔を向けた。

「ふふ。では、そんなメルティア様に、こちらのお花を差し上げます」

 カラカラと、ガラス戸を開け、女性は青い薔薇の花を数本手にした。

「え! ブルーローズっ、いいの?」
「もちろんです。この国が平和で居られることに、感謝を」

 売り子の女性は恭しく礼をすると、手早く花をブーケにして包み、メルティアに手渡した。

「わぁ、ありがとう!」

 ファルメリア王国でも、まだそこまで流通のないブルーローズのブーケだ。

「あ、お代……」
「ふふ、いりませんよ。これは気持ちです。メルティア様に、花の神の御加護があらんことを」
「〜っ、あ、ありがとうっ、うれしいっ」
 
 ジークではない人からの花。
 でも、それはメルティアの心を光でいっぱいにする。

 ブルーローズのブーケを抱きしめ、メルティアはさっそくジークに報告しようと、店を後にした。

「ジーク、お待た……」

 足取り軽く店から出たメルティアは、外で待っていたはずのジークと、その隣に立っていた美しい女性に目を奪われた。
 ジークはメルティアに気づいていないのか、何かを女性と話している。
 城の中では、ジークは基本的にメルティアのそばに居る。だからメルティアは、ジークがこんな風に別の女性と話すところを、あまり見たことがなかった。

 胸の奥が、ツキンッと痛む。

 メルティアは、ブルーローズのブーケをぎゅっと抱きしめた。

『メルティア様に、花の神の御加護があらんことを』

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