02変わってしまったモノ

「メル、どこいくの?」
「町!」

 メルティアは自分の周りをふよふよとただよう、一匹の生き物にそう返した。

 小さな人型をしているが、その肌は青く、背中には透明な羽根が生えている。

「ふぅん。メルも飽きないね。またられたんだろ?」
「振られてないもん」

 メルティアはすねねたように小さな声でそう返して、フリルとレースがふんだんに使われた豪華なピンク色のドレスを豪快ごうかいに脱ぎ捨てると、衣装部屋の戸を開き、質素なワンピースを手に取る。素早く身につけると、くるりとその場で一周する。

「ねぇ、ねぇ、変じゃない?」
「うん、バッチリ。今日も最高にかわいいよ、メル」
「ほんと!? ジークもメロメロ!?」
「さぁ、それはどうかな。オイラにはわからないな」
「……ジークにかわいいって言ってもらえなきゃ、意味ないもん」
「不毛だねぇ、メル」
「不毛じゃないもんっ。約束したもん。大きくなったら……大きくなったら、お嫁さんにしてくれるって」
「そんなこと言ってたかい?」

 多少脚色きゃくしょくはつけたけれど、同じようなものだ。

 メルティアはうんうんとうなずいた。

「ふぅん。で? 今日は何連敗目?」

 メルティアは傷ついた顔をし、両手でキュッとスカートを握りしめた。

「……たぶん、千はいったと思う……」

 消えそうな声で、そう呟いた。

 メルティアはもう何年も、ひとりの男に恋をしている。

 小さなころからよく一緒に遊んでは、メルティアの面倒めんどうを見てくれていた、ジーク・フォン・ランスト。

 この国の公爵家こうしゃくけの次男であり、メルティアの専属騎士でもある。

 幼いころに逆プロポーズをしてからというもの、メルティアは何度もジークにアプローチをしているが、最近は連戦連敗だ。
 とくに、専属騎士になってからのジークは、メルティアと遊んではくれなくなった。

 昔は、本当の兄と同じくらい遊んでくれていたというのに。

 遊んではくれなくなったが、代わりにジークは常にメルティアのそばにいる。

 それが、専属騎士の仕事だからだ。

 四六時中護衛をするのが仕事である専属騎士にも、非番というものがある。メルティアにとって、姫と騎士という関係がなくなる大切な日だ。
 今日はその非番の日だった。だからメルティアは、昨夜のうちにジークをデートに誘ったのだ。
 けれども、ジークから返ってきたのは、先約があるからという断りの言葉だった。

 ジークはさっさと城を離れてしまい、メルティアはひとり、置いてきぼりを食らっていたのだ。

「まぁ、毎日毎日メルと一緒だし、たまには息抜きしたいんじゃないの?」
「そうなの? 私は毎日ジークと一緒だと嬉しいよ」
「わかってないねぇ、メルは」
「チーくんの言うこと、わかんないよ」

 チーと呼ばれた青い生き物は、ひらひらとメルティアの周りを飛んで、やがてメルティアの顔の前で止まる。

「ずばり、メルは重いんだよ」
「えっ」

 メルティアは衝撃しょうげきを受けた。

「わ、私、重いの?」
「毎日毎日ジークジーク〜って、そりゃ重いよ」
「そ、そんなにジークジーク言ってないよ」
「言ってるよ。なにかあれば、ジーク〜って」
「だ、だって……ジークは私の騎士だから」

 メルティアはモゴモゴと口の中で反論する。

「だろ? 毎日毎日、四六時中ずっとメルと一緒じゃ、疲れるってモンだよ」
「そ、そんな……」

 メルティアはカナヅチで叩かれたような衝撃を味わった。

 メルティアはジークが好きだから、なんでも話すキッカケになればいいと、ことあるごとにジークに呼びかけていた気がする。
 ジークは、その度に、「はい、なんでしょう? メルティア様」と、優しく笑いかけてくれるから、メルティアはまったく気づかなかったのだ。

「私、ジークに頼りすぎていたのかな?」
「メルのラブラブ光線、ちょっとうっとおしいよね」
「う……そ、そんなにわかりやすかった?」
「そりゃあ、もちろん」

 メルティアは背後から剣でひと突きにされた気分だった。
 ふらふらとよろめいて、巨大なベッドにダイブする。

「おや? 町に行くんじゃなかったのかい?」
「……いいの。今日は、やめる」

 メルティアは枕を抱えこむと、その真ん中に顔をうずめた。

「……ジークの気持ちが全部、わかったらいいのに」
「そりゃあ、オイラたち妖精にだって無理な話さ」
「……ジークの、バカ」

 逆プロポーズをした日。

 ジークは十年後と、そう言った。

 けれどあの日から、十一年が経った。

 関係はよくなるどころか、最近は悪化しているような気がする。デートに誘っては振られ、好きだと言えば「光栄です」と返される。
 メルティアとジークは幼なじみだ。だからメルティアは、小さなころからことあるごとに「ジーク好き!」と言っていた。

 だが、メルティアは大きくなってから実感していた。

「……ジークは、あの約束、忘れちゃったのかな……」

 人は変わると、わかってはいても。

 変わってほしくなかったし、忘れてほしくなかった。

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