03変わらないこと

 メルティア・ピヴォワ・ファルメリアは葛藤かっとうしていた。

「うぅぅぅ〜」

 メルティアは、なかなか晴れそうもない巨大なモヤモヤを抱えたまま、大きなまくらに顔をうずめ、右へ左へと、巨大なベッドの上を転がる。
 しばらく意味もなく転がっていたメルティアだが、いつもなら聞こえるはずのたくさんの声がないことに気づく。
 ガバッと枕から顔をあげて、メルティアはキョロキョロとせわしし気に視線を部屋の中へと投げかけた。

「メル? どうしたのさ?」
「ねぇ、チーくん。みんなはどこに行ったの?」

 すぐに近づいてきた、青い皮膚ひふをした小さな生き物に、メルティアは小首をかしげながら問いかけた。

「ああ。他の妖精たちならジークについていったよ」
「えっ? そうなの?」
「ああ」
「ずるい」
「それはどっちの意味で?」
「どっちも!」

 メルティアはぷくっと頬をふくらませる。
 すでに結婚適齢期けっこんてきれいきのメルティアだが、しぐさはまだまだ子どもだ。

「妖精に好かれるのも素質そしつのひとつってことさ」
「ジーク、好かれてるの? ジークには見えないのに?」
「そりゃあしかたないさ。妖精が見えるのは、メルだけなんだから」

 ファルメリア王国には、多くの妖精と呼ばれる生き物たちがいるが、それが人に見えることはない。唯一ゆいいつそれを見ることができるのが、メルティアだった。

 メルティアの血のつながった家族であろうと、妖精の姿を見た者はいない。当然、ジークに見えることもない。
 なのに、なぜかジークは妖精に好かれているのだと言う。

 メルティアは、それが少しだけ不満だった。

 メルティアの方がずっとずっと妖精たちと会話をしている。なんなら、ジークとだって会話をしている。

 なのにジークはメルティアに見向きもせず、妖精たちにまで置いて行かれる始末だ。

「うぅ、今日の花占いは絶対大凶だよ。わかるもん。占わなくてもわかるもん」
「まぁまぁ、そうねるなよ。オイラがいるだろ?」
「そういえば、チーくんはジークのところ行かなくていいの?」

 ジークが妖精に好かれるのなら、当然この目の前にいる妖精だってジークのところに行きたいはずだ。
 もしや、メルティアがひとりぼっちでいるから、自分のことはいいと我慢がまんしているのだろうか。

 メルティアが「チーくんもジークのところに行っていいよ」と言う前に、そのチーくんが口を開いた。

「オイラは目付け役だからね」
「目付け役?」

 メルティアは聞きなれない言葉にコテりと首を横に倒す。

「専属騎士なんかよりも強力な護衛ごえいがいるってことさ。頼りになるだろ?」
「チーくん、なにできるんだっけ」
「いろいろさ。メルの今の気分みたいに、雨でも降らせようか?」
「……いい。なんかもっとジメジメした気分になって、カビ生えちゃいそう」

 メルティアは力なく首を振って、再び枕に顔をうずめた。

「メル、いつまでそうしてるつもりだい? こんなムダなことはないよ」
「わかってるけど、わかってるけど……もうちょっとだけ」
「メルは、もう少し頭を使ったらいいのさ」
「……よくわかんないよ」
「恋には駆け引きって言うだろ?」
「……チーくん、それ私にできると思う?」
「…………無理だね」
「うん、私もそう思う」

 変なところで息が合ってしまい、メルティアとチーの間に悲しい沈黙がながれる。

「…………やっぱり、無理なのかな」

 メルティアは消えそうな声で呟いた。

 ジークがメルティアの専属護衛として仕えるようになったあの日から、多くのものが変わってしまった。

 ジークはメルティアのことをティアと呼ばなくなったし、話す時も敬語になった。

 メルティアの言うことはなんでも聞いてくれるのに、メルティアの本当の願いを、ジークは聞いてはくれない。

 それでも。

「……ジーク、迷惑だったのかな」

 自分の存在が重いと知ったメルティアは、悲しげに目を伏せ、自分の髪をいじりだした。

「迷惑かどうかなんてわからないけど、メルはもっといろんなことを考えるべきだね」
「いろんなこと……」

 メルティアはいつか、ジークは自分の婚約者になるのだと信じていた。
 それだけジークが好きだと、周りにも伝えてきていたつもりだった。

 だけど、その夢は専属護衛という形で呆気なく打ち壊された。
 メルティアはそれに必死に抗ってきたけれど、今も、何も変わってはいない。

「まあ、安心しなよメル」
「チーくん……」
「人の前には、乗り越えられる困難しかやってこないらしいよ」
「そうなの?」
「そうさ。だからメル。メルはメルであることを忘れてはいけないんだ」

 メルティアはぎゅっと眉を寄せて、頭をフル回転させた。

「チーくんの言うこと、たまにすっごく難しい」
「メルはメルでいればいいってことさ。簡単だろ?」
「私は私……うんっ。なら今日は、庭園に行こう? 新しいお花がそろそろ咲くはずなの」
「それはいいね。ついでにハチミツとバターサンドもよろしく」
「チーくんの組み合わせって、よくわかんない」
「メルはメル。オイラはオイラ。分かり合えないのは当然さ」
「うーん、そういうもの?」
「そういうものだよ、メル」

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