04策士

 ジーク・フォン・ランストは悩んでいた。

 ファルメリア王国王城からそう離れていない場所にある、巨大な屋敷やしき
 ジークはその家の巨大な門の前に立ち、緊張きんちょうしたような、面倒めんどうくさそうな、なんとも言えない表情を浮かべていた。

 今日もまた、「ジーク!」と呼ぶメルティアを無理やり払ってきてしまった。
 一緒に行くと言われても困るし、護衛であるジークの用事に一国の姫であるメルティアを同行させるわけにもいかない。

 しかし、帰った時には、メルティアは布団にくるまったミノムシのようになっているかもしれないと思うと、なんとも言えない複雑な気持ちになる。

 ジークは深いため息をつき、幼いころから何度も見ている、自邸の巨大な門をくぐった。

「父上、ただ今戻りました。ジークです」

 ランスト家当主、ジークの父にあたる男の部屋を、ジークは緩慢かんまんな動作でノックした。やる気のなさがすでに現れている。

「おお、来たなジーク」

 貴族の身分など忘れたと言いたげに、ジークの父親であるカルストス・フォン・ランストはひょいと扉から顔をのぞかせた。
 そして扉を大きく引いて、ジークをまねき入れる。部屋の中にある執務用しつむようの机の上には、山のように見合い写真がまれていた。

「見ろ。またも、おまえさんにたっぷりと見合いの話が来ているぞ」
「……父上、何度も言っているでしょう。私はまだ婚姻こんいんを結ぶ気はないと」
「何を言う。おまえさんもそろそろいい歳だろう。なんだ? もしや、すでに気になる娘でもいるのか?」

 このこの、と言いたげに、カルストスはジークのわきひじでつついた。
 ジークは迷惑そうにそれをけ、静かに首を振る。

「……いえ。そのような方はいませんが」
「なら気にすることもなかろう。ほら、この娘なんてどうだ? うむ、美人だ」
「はぁ……父上。毎度毎度このような用件で呼び出すのはやめていただけませんか」

 ジークは少し言葉を強めてそう言い放った。

 もともと、それを言うつもりできたのだ。毎度毎度非番の度に呼び出されては、休めるものも休めない。

 ジークの苛立いらだった眼光がんこうを受けて、カルストスはよろりとよろめいた。

「じ、ジーク……私はおまえのためだと思って、なのにおまえは、ジークゥゥゥ!!!」

 カルストスは大量の見合い写真を抱きしめたまま、がくりとその場にくずちた。
 ジークはひくりと片方の頬だけを引きつらせ、その様子を冷めた目で見つめる。いい歳をしたオヤジがなにをしているんだと、ジークはそう叫びたいのを必死におさえ込んだ。

「とにかく! 私はまだ結婚は考えておりません。このようなことをされても迷惑です」

 キッパリと言いきると、カルストスは深いため息をついて立ち上がった。そのため息をつく様が、ジークそっくりだということにジークは気づいていない。

 カルストスはさっきまでのふざけた空気を消し、正面からジークを見据みすえた。ジークの心臓がドキリと音を立てる。
 逆らえない、公爵の顔をしていたからだ。

「一度くらい、会ってやったらどうだ。令嬢たちは時間をかけて自分をみがき、こんなにもわかりやすくアプローチしているのだぞ」
「しかし」
「会ってみたら、なにか変わるかもしれないと、そうは思わんのか。おまえは今、多くのチャンスを見向きもせず捨てている。それが公爵家の者のすることか」

 家のことを持ち出されると、ジークは弱かった。それは、次男という立場をわきまえていながらも、公爵家ということに、こだわりを持っていたからだ。

 公爵家は、王家とのつながりが強い。

 ジークは、この身分を捨てるようなことだけはできなかった。

 この身分を捨てるということは、メルティアとの繋がりを捨てるということを意味していたからだ。

「〜っ……一度。会うだけなら」
「おお! ようやく決意したか。それでこそ公爵家の者だ」
釈然しゃくぜんとしないのは俺だけでしょうがね」
「ははっ、なぁに。行動してみなければ、変わらないことなんて山ほどある。おまえはまだ、若いのぅ。ほっほっほ」

 満足そうに笑ってうなずくカルストスを横目で見つめ、ジークは深い深いため息をついた。

 変わらなくていいと、ジークは心の中で呟いた。

 ジークは静かに拳を握りしめた。

「そういえば、メルティア様も、もう16歳になられたのだったなぁ」

 ジークはドキリとした。

「そうですね。メルティア様もずいぶんと大きくなられました」
「相も変わらず、妖精のような可愛さだがなぁ、妖精の化身と言われても納得だ。ほっほっほ」

 ジークの頬を冷や汗が伝う。

 メルティアが得体の知れないモノと話していることは、王家の者と専属護衛であるジーク以外には知られていないはず、だ。
 メルティアはその得体の知れないモノを、妖精と呼んでいた。幼いころから、メルティアはその妖精からいろいろなことを教わっていた。何と話しているのかと問えば、妖精だと答える。

 最初はそういう遊びなのかと思っていたが、幼いころから共にいたジークは、そういう訳では無いということに気づいた。

 メルティアは、本当に『何か』と会話をしているのだ。

 そして、このファルメリアには伝わっていないようなことまで、実に多くのことを、メルティアは知っていた。

「見合いの話も、おまえの比にならないくらい来ているだろう」
「……ええ、そうですね。もうそろそろ、嫁ぎ先を決められるのかもしれません」
「そうなった時ジーク。おまえはこの公爵家に残らねばならんぞ」
「…………」
「姫の嫁ぎ先について行く男の護衛なんぞ、聞いたこともない」
「…………ええ。重々承知しております。メルティア様の護衛の任が終わったあとは、騎士団へと考えております」
「ほぅ、騎士団に興味があったか」
「私は、剣を振るうことだけが得意ですから」
「ふむ、そうか。わかった、もう下がってよいぞ」
「は、失礼いたします」

 深く頭を下げ、ジークは部屋を出るべく歩き出す。ドアノブに手をかけたところで、声がかかる。

「ああ、ジーク。見合いは次の非番の日にな」

 ジークは背を向けたまま、黙って部屋をあとにした。

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