05すれ違う想い

 ファルメリア王国は小さな国だ。

 貴族の数だってそう多くはない。

 にも関わらず、ジークに見合いの話が途切れたことはなかった。

 ファルメリア王国は、大国とは一風いっぷう変わった制度を持っていたからだ。

 たとえ王族だろうと貴族だろうと平民だろうと、本当に好きになったのならば、アプローチをしてもかまわないという、身分を否定するような制度だ。
 全ての国民を合わせても、大国の百分の一にも満たないから、そういう制度ができたのかもしれない。

 自邸じていをあとにしたジークは、ウロウロと王都の市場いちばをさまよい歩いていた。

 はつらつとした声が響き、人々が楽しそうに売買を交わす。にぎやかな露店ろてんが並ぶ通りを、ジークは右へ左へと視線を移動させながら歩いていく。

 果物、髪飾り、腕輪にネックレス。
 どれを見ても、しっくり来ない。

 結局ジークは、いつもいつも訪れている店に足を向けるのだ。

 たくさんの露店が建ち並ぶ通りを抜け、大通りに出る。
 そして、もう何度おとずれたかわからない、見上げるほど大きな店構みせがまえの花屋の前で止まり、ジークはしばらく思案するような顔でじっと店を見つめた。

 店の前には、上品さを感じさせるあざやかな花々。二階にある出窓にも、これまた美しい赤い花がかざられていた。

 ファルメリア王国は、花と笑顔の国としょうされるだけあり、どんな宝石よりも、アクセサリーよりも、食べものよりも。花が売れる。
 国のいたるところに花が植えられており、国民は日々、花に囲まれて暮らす。

 また、美しい庭を持つことが、この国では一種のステータスとなっていた。

 ジークはしばらく店の前の花を見つめていたが、やがて何かを決めたように店の中へと足を進めた。

「ジーク様! いらっしゃいませ!」

 ジークが足を踏み入れてすぐ、馴染なじみとなっている売り子の娘がジークに声をかけた。

「今日は何になさいます?」
「そうだな……カランコエはあるだろうか?」
「はいっ、もちろんです! すぐお包しますねー」

 娘は店の床に並べて置かれている鉢植えの中から、小さな星型の花がたくさん咲いているものをひとつ取った。鮮やかなオレンジ色に目が奪われる。

「カランコエは色がいいですよねー。育てやすいですし。私もこの花はだいすきです。このお花をおくるということは……」

 売り子の女はチラリと意味ありげにジークを見つめた。

「メルティア姫様です?」
「…………」

 ジークは黙って目をそらした。

「もしかして、今までのお花も全てメルティア姫様に?」

 女は手際よく鉢植えを包む準備をはじめる。
 小さなオレンジ色の花たちが、より輝くように、クリーム色と薄いピンクで、交互に包んでいく。

「そうですか」

 ジークが何も答えなかったにも関わらず、女はニコリと笑った。

「ジーク様って、そういうの知らないと思ってました」
「そうか」
「貴族の方々は、だんだんとお庭を綺麗きれいにすることばかりに財力を使うようになって。もちろん、商売繁盛しょうばいはんじょうなのでウチは嬉しいですが……てっきり、忘れてしまったのかと」

 ジークはしばらく黙って、やがてゆっくりと口を開く。

「そうだな……俺は……」

 ジークは美しく飾られていくカランコエの花を見つめたまま、まるで遠くを見るように目をすがめた。

 薄いピンクの包装紙に包まれたことで、美しく変貌へんぼうげた鉢植えを抱え、ジークは王城に続く道を歩いていた。

 まだ陽はあるが、メルティアは部屋にこもりきっているのだろうか。

 手を振り払ったのはやりすぎだったかもしれない。
 でも、そうでもしなければ、あのメルティアはジークの後をひょこひょこと着いてきただろう。

 まさか、見合いの話をしているなんて──

 ジークは目を細めて、小さな星型の花びらを親指で優しくなでた。

 やがて見慣れた城門へと到着すると、ジークは門番に声をかけ、城の中へと入っていく。
 まずメルティアの自室をおとずれてみたが、ジークの予想に反して、そこに部屋主はいなかった。
 ジークはそのことに驚きつつ、今度は庭園へと向かう。

 花が好きなメルティアならば、きっとここに来る。

 そのジークの考えの通り、メルティアは庭園の中央という、一番の特等席にある真っ白のテーブとイスのセットに、お茶菓子を優雅ゆうがに広げ、花を見ては『何か』と話していた。

「メルティア様」

 ジークが呼びかけると、メルティアはピタリと話すのをやめ、パッと顔をあげる。
 ジークと視線が合うと、あたりの花がかすむような満面の笑みを浮かべた。

「ジーク!」
「遅くなり申し訳ございません」

 ジークはそう言いながらメルティアに鉢植えを差し出した。

「ジーク、これ、くれるの?」
「はい、メルティア様のお誘いを無下むげにして申し訳ありません」
「ううん、いいの。私こそ……」

 何かを言いかけたメルティアは、ゆるゆると首を振って、鉢植えへと顔を近づけ、その大きな金色の瞳をキラキラと輝かせた。

「わぁ……きれい」
「その花の色はとても鮮やかで、目を見張るものがあると。メルティア様もきっと気に入るかと」
「うんっ。うれしいっ! あ、これ、お部屋に飾ってくるね!」

 メルティアは鉢植えを抱えてパッと立ち上がる。

「でしたら私も」
「えっ! あ……ううんっ、近いから、大丈夫! ジークはゆっくり座ってて!」

 メルティアは早口にそう言うと、バタバタと慌ただしく駆けだした。
 遠くなっていく小さな背中を、ジークは少し呆然ぼうぜんとしたように見つめた。護衛として追いかけることを忘れるほどに。

 いつものメルティアなら、「ジークも」と、そう言って手を引いてきたはずだ。

 メルティアはいつだって、自分の後を雛鳥のようについてきた。

 ジークはいぶかしげに眉をひそめつつ、ゆっくりとメルティアのあとを追う。

「そういう性分なんだ。仕方がないだろう」

 ポロリと口にして、ジークはハッとする。

 今。

 ジークは怪訝けげんそうにぐるりとあたりを見回してみたが、そこにはただ花があるばかり。

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