06一番に信じられるヒト

 ジークに手渡された鉢植えを抱えたメルティアは、だらしなく頬をゆるめながら、赤い絨毯じゅうたんの上を駆けていた。

 ジークとのデートはもう長いことできてはいないが、ジークは外に出る度に、メルティアに花を買ってくれる。
 それは、一緒に外出をした時だってそうだし、こうしてメルティアを置いて外に出た時もだ。

 ジークが何を考えているのか、メルティアにはわからない。

 だけど、こうして花を買ってきてくれる。メルティアのための花を。

 この花を選んでいる間だけは、きっと、ジークはメルティアのことだけを考えていてくれている。

 その花を見ただけで、何でも許してしまいそうになるくらいには、もうメルティアはジークに溺れていた。

 気づけば鼻歌を歌い出しそうなくらい、足が軽い。

 置いていかれたことも、振り払われたことも、何もかもが、どうでもいい。
 メルティアは花を見て笑みをこぼす。

 そんなメルティアに、声がかかる。

「ティア!」

 男の人にしては少し高めの、甘めの声。メルティアはゆっくりと足を止めた。
 踊りだしそうなくらい浮き足立っていたところに、ばしゃりと冷水をかけられたような気分だ。
 ヒュッと息を止めて。
 メルティアはそっと視線をあげた。

 城の中にある中央広間。
 大きな広間の中心に、左右から半円を描くように伸びている長い階段。
 真っ赤な絨毯がかれたその階段を登りきった先、その手すりにひじをつき、頬杖をつきながらメルティアを面白そうに見ている男がいた。

 サラリと揺れる薄い茶色の髪。
 大きなアーモンドアイが、中性的な雰囲気をかもし出す、甘いマスクの男。
 薄い唇にを描き、どこか不敵ふてきに笑う。

「アルにぃ!」

 メルティアはパッと顔を輝かせて、長い階段を駆け上がる。
 そのまま抱きつくような勢いで、鉢植えを抱えたままアルに突撃とつげきした。

 それを仕方なさそうに受け止め、アルは呆れた顔でメルティアの頭を小突こづく。

「ティア、アルにぃはダメだって言ったでしょ」
「う……」
「公式の場所に出て、アルにぃ! キラキラっ。なーんて言って恥かくの、ティアだよ?」
「き、キラキラなんて言わないよ」
「イメージだよ、イメージ。そういう効果音がつきそうってこと」

 ハンっと鼻で笑うアルに、メルティアはむっつりと顔をしかめる。

「言わないように、頑張るもん」
「はいはい、それはもう聞き飽きた。で? 機嫌良さそうじゃん。どうしたの?」

 メルティアは思い出したとばかりに、笑顔で鉢植えをアルに突き出す。

「花?」
「ジークがくれたの!」
「……ふーん。カランコエ、ね」

 アルはカランコエの花を見て、目をすがめた。

「……アルにぃ?」
「なんでもないよ。それよりはい、ティアにお土産」

 アルは鉢植えから視線を外し、胸元のポケットから小さな包みを取り出すと、メルティアの手のひらの上に置いた。

「わぁ、ありがとう!」

 メルティアは物珍ものめずらしそうに包みをながめた。

 きっと、外交だと行って出かけていた国の物だ。
 アルはどこかの国へ出かけては、メルティアに何かを買ってくる。
 国から出たことのないメルティアの代わりと言わんばかりに。

「アルにぃ、いつ帰ってきたの?」
「さっき」
「楽しかった?」
「ティア、僕は仕事に行ってたんだよ。楽しいわけないでしょ」
「そうなの? でもいろんなところに行けるのは、少し、うらやましい」

 メルティアは目を伏せて、どこか寂しそうにつぶやいた。
 そんなメルティアを見たアルは、肩をすくめ、メルティアの手から包みを取り上げる。

「今回行ったところは、べにが名産品なんだって」
「へぇー、そうなんだ」
「そ。ティアも、そろそろめかし込む時期じゃない? まあ、そんなモノ必要ないと、僕は思うけどね」

 言いながらアルは包みを開け、スティック状の口紅を取り出し、ふたを開ける。薄いサクラ色をしていた。

「はい、ティア。顔上げて」

 メルティアはあごに添えられる長い指先にうながされるままに、顔を上げた。唇に薄くひかれる紅の感触。

「うん。やっぱり、ティアにはこの色が似合うと思った」
「似合ってる?」
「似合ってる似合ってる」
「かわいい?」
「かわいいかわいい」
「ほんとっ? ジークもかわいいって言ってくれる?」

 メルティアの純粋に見つめてくる瞳に射抜かれ、アルは嫌そうに眉をしかめた。

「さあね。僕はジークじゃないから」
「……アルにぃ、冷たい……」

 メルティアは途端とたんに肩を落とた。

「ティア? 今日はやけに落ち込むね」

 メルティアとアルのこのやり取りは毎度のことで、メルティアがここまで落ち込むのは珍しかった。

「チーくんが……」

 メルティアがもごもごと言いよどむと、アルは視線だけを周囲に走らせ、目を細めた。

「私は、重いんだって。ジークジークって」
「そんなの今さらでしょ」

 メルティアの心臓は一突きにされた。

「えぇっ! 私、重かったの!? アルにぃ知ってたのっ?」
「むしろ重くないと思ってたことの方が不思議だよ」
「そんな……」

 メルティアはこの世の終わりだとばかりに、顔を青ざめさせた。

「何かあればジークジーク〜、ジークに冷たくされては泣いて、ちょっと優しくされたら笑って、ティアはジークに左右されすぎ」
「だ、だって……」
「僕はこの国の行く先が、少し心配だよ」

 はぁ、と大げさにため息をついたアルを見て、メルティアは不思議そうに目をまたたいて笑う。

「アルにぃがいるから大丈夫だよ」
「それ、意味わかって言ってるなら、ある意味大物だよ」

 呆れたように言い捨てるアルに、メルティアはただただ目をまたたいた。

「どういうこと?」
「別に。それよりそれ、部屋に置くんでしょ?」
「あ、うん」
「ついてってあげる。護衛ごえいも見当たらないしね」
「ほんとっ? あのね、アルにぃにね、話したいことたくさんあったの」
「はいはい、また花が咲いたーとかでしょ」
「えっ、よくわかったね。アルにぃすごい!」
「ティアの性格なんて知り尽くしてるよ。で? なんの花?」

 ぶつくさと文句を言いつつも、メルティアの歩く速さに合わせながら、話を聞いてくれる。

 幼いころから、アルはメルティアの話をなんでも聞いてくれた。

 メルティアが妖精が見えるということを一番に知ったのは、アルだった。

 到底信じられないようなことも、アルは正面から受け止め、決してメルティアを馬鹿にしたりしなかった。

 大きくなって、メルティアは妖精が見えるということが普通ではないと理解してから、アルがしてくれたことの大きさを知った。

 見えないはずのものを、あたかもいるかのように一緒に振舞ふるまってくれたり、メルティアの言う『妖精から教えられたこと』も、否定せず聞いてくれた。

「あっ、そうだアルにぃ」
「なに?」
「おかえりなさい」

 花が咲くように笑うメルティアに、アルも笑い返す。

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