08メルティアの知らないこと

 鉢植えを抱えたまま、アルと自室を目指していたメルティアは、自分の部屋の扉の前に、陣取じんどるようにして立っている男、ジークを見て、驚いたように足を止めた。

 来なくていい、とそう言ったのに、なぜ居るのかと。

 ジークは気配に気づいたのか、ふと顔をあげ、メルティアの横を見て少し驚いたように目を大きくしてから、脱力したように肩の力を抜いた。

「メルティア様。アル様とおられたのですか」

 声をかけられたメルティアは、一瞬遅れて反応する。

「えっ、あ、う、うん。そう。アルにぃ、帰ってたみたい」

 そしてジークの肩に、妖精のチーがのんびりと腰かけていることに気づいて、どこか嬉しそうに笑う。

「アル様、ご挨拶あいさつが遅れて申し訳ございません」
「いや、だからジーク。帰る度に毎度毎度めんどうなことするのやめてくれる? なにより、キモイんだよね」

 膝を折ろうとしたジークに、アルは冷たい視線を投げかけた。
 その視線を受けて、ジークは大きなため息をつきつつ、折りかけた膝を伸ばす。

「形式は大事だろ」
「いや、そんなの気にしてるの、ジークだけだから。何よりなんか虫唾むしずが走るんだよね。悪寒?」
「おい。どんな言い草だ」

 いつものやり取りをはじめた二人に、メルティアはただ微笑んだだけで、二人の間をすり抜け、自分の部屋の扉へと手を伸ばした。
 ガチャリと扉を開け、中に入る。
 後目に、言い争いをしている二人を見た。

 正直、うらやましいと思う。

 昔は、ジークはメルティアに対しても、敬語なんて使わずに、アルに話すように親しげに話してくれていた。

 だが、今はどんなに言ってもジークはそれを聞きいてれはくれない。

 昔のように話してほしいと、メルティアが何度頼んでも。

「お仕えする主人にそのようなことはできません」と。

 ジークはそう返す。

 そんなものはいらないから昔のように仲良くしたいと、どれだけメルティアが思っても、それが叶うことはなかった。

 ジークからもらったカランコエの鉢植えを、メルティアはベッドのそばの棚の上に置いた。

「ジークにとって、私はご主人様。私は……」

 恋人に、なりたい。

 そう言ってしまいたいけど言えないのは。

 ジークを困らせるだけだと、心のどこかでメルティアはわかっているから。

 そんなことを言ったら、ジークはメルティアのそばから完全にいなくなってしまうかもしれない。

 それは、メルティアの恋路を邪魔しつつも、ジークをメルティアに縛り付ける鎖のような役目も担っていた。

「……上手くいかないな」
「何がだい?」

 耳もとで声が聞こえ、メルティアはギクリと体を強ばらせた。そして自分の肩を見て、ほーっと力を抜く。

「チーくん。驚かせないでよ」
「こんなことで毎回驚いてて、どうすんだい? メルは進歩ないね」
「チーくん、いじわる」

 メルティアはむっと口をとがらせて、そっぽ向く。そのメルティアの周りを、チーはふよふよと飛んで、ジークからの贈り物である花を指さした。

「メルはこの花をどう思うんだい?」
「え? このお花? うーん、なんか元気になる色してるよね」

 メルティアの言葉に、チーは大げさにため息をついて肩をすくめた。

「あ、チーくん今馬鹿にした」
「あ、バレたかい? メルはだからダメなんだよ」
「チーくんの言うこと、難しいもん」
「そうかい? オイラからするとすごくわかりやすいけど、まあ、これはこれで楽しいから、オイラはいいと思う」

 クスクスと笑うチーを見て、次に花を見る。
 どれだけ見ても、メルティアにはなんのことだがさっぱりわからなかった。

「オイラ、ジークはロマンチストだと思うよ」
「……ジークが?」

 メルティアは驚いたように目を見張る。

 ジークがロマンチストというのは、メルティアの頭の中の方程式ではどう頑張っても結びつかなかったからだ。

「そうさ。オイラはああいうの好きだよ。花を大切にしている」
「うーん。たしかにジークはお花好きだよね。いつも一緒に見てくれるもん」
「……あーあ、メルは本当に馬鹿だよ」

 チーのため息と同時に、メルティアの部屋がノックされる。
 どうやら置いてきた二人の言い争いが終わったらしい。メルティアはドアノブに近づいて、手を伸ばす。

「……え?」

 ガチャリと、扉を開けたのと、チーの声が聞こえたのは同時だった。

「ティア、ティーセット広げたままなんだって?」
「えっ、あ、そう」

 声をかけられ、メルティアはアルを見つめる。

「見せたい花があるとか言ってなかった?」
「あっ! そうだった。新しいお花が咲いてね、アルにぃに見せたかったの」
「なら、俺は新しいお茶の手配をしてきます」
「あ、ジーク……」

 背を向けたジークに声をかけると、ジークは振り返って微笑む。

「すぐ行きますよ。先にアル様と行っててください」
「う、うん。わかった」
「ティア行くよ」

 おもしろくないと言わんばかりに歩き出すアルの背中を、メルティアは慌てて追いかける。

「アルにぃ、怒ってるの?」
「いや、ティアと話してるとジーク、僕のことも様付けするから気持ち悪いんだよね」
「アルにぃとジーク、仲良いもんね」

 ジークを城に連れてくるようになったのは、アルだった。

 いつ、どこで、どうやって出会ったのか、メルティアは知らないが、メルティアの物心ついた頃には、もうジークが城に出入りしていた。
 それは身分みぶんを使ってと言うわけではなく、アルに言われて仕方なく城に来ているというのがぴったりだった。

 アルは、ジーク以外にも数名の人物をよく城に出入りをさせていたが、今は皆、アルの側仕そばづかえとして働いている。
 ジークだけが、メルティアの護衛として、アルに仕えていなかった。

「ねぇ、アルにぃ」
「なに?」
「アルにぃはさ、私がジークを取っちゃったとか、思わない?」

 アルは何を言われたのか一瞬理解できなかったようで、間をあけてから、じわじわとこらえられなかったかのように笑いだした。
 やがて、その笑いは大きくなり、ついには腰を折って笑いだした。

「アルにぃ!」
「ご、ごめんっ……きゅ、急に何を言い出すのかと思って。顔、真剣だし」
「真剣に聞いてるもん」

 メルティアはすねたようにふくれっ面をしてそっぽ向いた。

「ははっ、まあ、ジークを見つけたのはたしかに僕だけど」
「うん……」
「本当さは、ジークには騎士団長をやってもらおうと思ってたんだよね」
「そうなの?」
「そう。すじあるなって思ってて。目をつけてた」

 それはいったい、何歳から目をつけていたのだろうとメルティアは一瞬だけ考えて、すぐに考えることを放棄ほうきした。

「でもそしたら、こうなってるし。ジーク連れてきたのは僕だしね。ある意味、運命ってやつじゃない?」
「運命?」
「うん」
「アルにぃ、そういうの信じてたの?」
「……怒るよ?」
「ご、ごめん。だってアルにぃ、そういうの信じてなさそうだから……」
「信じてはないね」
「じゃあ」
「でも」

 アルはメルティアの言葉をさえぎった。
 そしてメルティアを見つめ、不敵に笑う。

 メルティアはきゅっと唇を引き結んだ。
 そして、床に視線を落とす。

「ほらティア、さっさと歩いて」
「あっ、ま、待って、アルにぃ」

 慌ててメルティアはアルの背中を追う。
 どこか楽しそうに見えるその背中を見つめて、メルティアはふと思い出す。

「そう言えば、アルにぃが言ってた、この国が異常って……なんだろう?」

 メルティアの呟いた言葉を、メルティアの肩に乗ったまま聞いていたチーは、口に笑みを浮かべたまま、ただ黙って目を細めた。

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