6/3 中編新作公開しました

04

 走りながら、制服のポケットから携帯を取り出す。
 何件も着信がきていた。うわぁ、どうしよう。気づかなかった。怒ってるよね。待ち合わせの時間、十分過ぎてるもん。
 ヒヤヒヤしながら、慌ててリダイアルを押した。

『おっっそーーいッ! 何してるのよっ?』

 耳が、キーンとした。
 鼓膜が破れちゃいそうな怒号に、胃がキュッとなりつつも、通話口に耳をつける。

「ご、ごめんっ、人にぶつかちゃって」
『はぁ? あんた高二にもなって鈍臭すぎ! それで? 今どこ?』
「あと曲がり角いっこで着くよっ」

 通話を切って、息を切らしながら走って、角を曲がると、待ち合わせのポストの前に、ずっと一緒過ごしてきた親友の不知火しらぬい 依緒いおちゃんがいた。
 携帯を見ながら、苛立ったように片足をトントンと揺らして地面を叩いている。

「依緒ちゃんっ」

 呼びかけると、依緒ちゃんが顔を上げ、黒く、長い綺麗な髪が、サラリと揺れる。
 くっきりとした大きな猫目がつり上がったまま私を見つめ、白い肌に映える真っ赤な唇が息を吸い込みながらゆっくりと開く。

「遅い!」

 開口一番、依緒ちゃんは声を張り上げた。

「ご、ごめん。待っててくれてありがとう」
「あんた一人じゃ、問題ばかり起こしそうだもの」

 依緒ちゃんの前まで行って、両手を膝に当てながら走って乱れた呼吸を整える。
 すごく怒ってはいるけれど、連絡つかない状態でずっと待っていてくれるんだから、なんだかんだ優しいんだよね。

 依緒ちゃんは、私を上から下まで見で、首をかしげる。

「あんた弓は?」
「あ、今日なんかね、先生がいないみたいでお休みなんだって」
「ふーん。なら、帰りどこか行かない?」

 なんとなく二人そろって歩き出しながら、「いいよ」とうなずく。

「やった! 新しいお店できたみたいなの」
「甘いもの?」
「そうよ、遅れたあんたのおごりね」
「ええっ! う、うーん、いいよ」
「あら、気前いいわね。私、スペシャルデラックスパフェねっ」

 すぺしゃるでらっくす……名前からして高そう。
 う、私のお財布寂しくなっちゃうかも。
 お金が数枚、空の彼方に飛んでいくのが見えた気がした。

「それより、なんで遅れたのよ。まさか、ゆづが寝坊?」
「ううん、さっきね」

 さっき男の人にぶつかってしまったことを簡単に説明する。退魔師――というのは黙っておいた。だって、また変な心配されちゃいそうだし。
 人にぶつかったということと、自己紹介した、ということを掻い摘んで話すと、だんだんと依緒ちゃんの目がつり上がっていった。

「こんの、馬鹿!」
「ええっ、なんでっ?」
「知らない男に名前ホイホイ教えないの!」

 そんなことっ? と思いつつもあいまいに笑う。
 
「変な男だったらどうするのよ!?」
「う、うーん、そんな感じじゃなかったよ」

 変な人、というのは間違ってない気もするけれど。

「どうしてそんなことわかるのよ」
「う、ん……なんとなく」

 名刺もらった――って言ったら、依緒ちゃん破り捨てるよね。カバンの中にしまってある名刺を思いつかべつつ、尻すぼみになりながらそう答えると、依緒ちゃんは深い深いため息をついた。

「もうあんた、あのボロ神社行くのやめたら?」
「だめだよ」
「だいたい、私たち家すぐそこなのに、こんなところで待ち合わして学校行くとか、変でしょ」

 依緒ちゃんの言う通り、私と依緒ちゃんの家は、歩いて数分の距離にある。
 でも、私が毎朝学校と反対方向にある神社にお参りに行ってるから、こうして学校に行く途中で毎日待ち合わせをしてるんだよね。
 待っててくれなくてもいいって言ったのに、依緒ちゃんは待つって。さすがに私が朝練あるときは別々だけど。それでも依緒ちゃんはたまに練習見に来てたりするから、心配性というか、世話焼き、なのかな。うーん。

「じゃあ、依緒ちゃんも一緒にお参り行く?」
「いやよ。朝は1秒でも多く寝たいの」
「うーん、でも部活のあとに行くのは危ないって、お兄ちゃんが」
「それには同意ね」

 はっきりとうなずいた依緒ちゃんに苦笑いを返す。

「いい? ゆづ。怪しい人には近づかない。関わらない。話さない。私と、悠理ゆうりさんとの約束でしょう」

 グッと顔を近づけられて、コクコクとうなずく。

「依緒ちゃん、お兄ちゃんに弱いよね」
「……別に、そういうんじゃないわよ。私は、悠理さんの足元にも及ばないもの」
「お兄ちゃん、剣道は真面目にやってないよ?」
「そういう話じゃないわよっ、このバカ!」

 依緒ちゃんのお家は剣道の道場。
 私の家は、道場ではないけど、お家に弓の的がある。代々弓道一家らしい。お父さんもお母さんも弓道の選手じゃないけどね。でもお兄ちゃんは、大学生だけど、けっこう有名な選手で、将来を期待されてる、って依緒ちゃんから聞いた。
 お兄ちゃんはふらっと依緒ちゃんの家の道場に行っては、たまに剣道もやってるみたい。本格的にやる気はないみたいなのに、道場の娘の依緒ちゃんより腕前がすごいとか、こっそりおじさんに聞いた。
 依緒ちゃんはお兄ちゃんに心酔しつつも、ライバル視してるとかなんとか。

「――と、そんなこと話してる場合じゃないわ。遅刻よ、遅刻!」
「え!」
「ゆづが遅れるからでしょ。ほら走って!」
「あ、ま、待って!」

 携帯の時計をチェックすると、八時三十分。
 予鈴まで、あと五分。
 携帯をポケットにしまいながら、依緒ちゃんの背中を追った。

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