6/3 中編新作公開しました

06

「おはようっー」

 隣のクラスの依緒ちゃんと教室前で別れて、予鈴が鳴ってから教室に滑り込む。よかった、まだ先生は来てないみたい。

「あっ! 柚月葉遅いーっ、遅刻か? このこのー」
「わ、あ、せ、セーフだよ、セーフ」

 セーフだよね?

「まぁ、ギリギリ滑り込みセーフっ、てとこですな? 敦菜あつな選手」
「うむ、ギリギリアウト、本鈴回避」

 そーっと隣を通り抜けて、自分の席に向かう。カバンを置いて、息を吐きながらイスを引くと、隣の席の満島みつしまくんがニヤリと笑いながら私を見た。

「おー、珍しいな。七宮。遅刻か?」
「せ、セーフ、だよ」

 ……セーフでいいんだよね?
 チラリと時計を見る。う、微妙にアウトかも。ううん、セーフ、セーフ。
 うう、おばあちゃん、お狐様、ごめんなさいっ。

「優等生様がなぁー。何かあったのか?」
「えっ! う、ううん、何もないよ、なにもっ」

 そういえば、あの名刺、どこにしまったっけ。
 たらりと嫌な汗が流れた。どうしようっ、教科書とかノートに押しつぶされてぐちゃぐちゃになってたら。ううん、お弁当のソースまみれになってたりとかっ。
 慌ててカバンの中をのぞく。教科書、ノート、電子辞書、お財布に――あっ、あった!
 そうだそうだ、プリント入れるファイルの中に入れたんだった。よかった。変なシワとかないみたい。

「なんだそれ。名刺?」

 ギクリとして、名刺を隠す。満島くんが私の手もとをのぞき込んでいた。

「いやぁ、えっと、はは」
「ふーん? へぇー、ほぉー」
「う……」
「男?」
「ち、違うよ、あ、違わないけど……い、依緒ちゃんには黙ってて」

 依緒ちゃんにバレたら絶対捨てられる。

「どーしよっかなー」
「お、お願いっ」

 パンッと手を合わせると、満島くんはニヤリと笑って片手を私の方に出した。

「じゃあ、ノート貸して?」
「うう、あとでちゃんと返してね」
「わかってるって。さんきゅっ」

 宿題の出てた数学のノートを手渡した。

 意気揚々とノートを写し出した満島くんをチラリと横目で見る。

「だいじょーぶだいじょーぶ、ちゃんと家で復習して来るって。昨日ちょっと練習長引いて、やる時間なかっただけだから」

 まだ私、何も言ってないよ。
 苦笑いしつつ、頬杖をついて窓の外を見た。
 みつるちゃん。一年生のクラスって、あんまり行ったことなかったなぁ。弓道部にも、一年生ひとりしかいないもん。男の子。

「ねぇねぇ、満島くん。サッカー部って、一年生いっぱいいる?」
「おー、いるぞ。今年は多かったな。二十人くらい?」
「えっ、そんなにいるんだ。すごいね」
「大収穫。けど、まとめるのも大変。だから終わるの遅くなるんだけどな」

 そんな事情があったんだ。後輩が多いのも大変なんだなぁ。

「七宮、あんまり一年には関わるなよ」
「えっ、どうして?」
「いやー、今年の一年、ガラ悪いのがいるらしいんだよな。元は私立受験組だったらしいんだけど、落ちてウチに来たんだって。その腹いせかしらねーけど、けっこうヤバいことやってるらしいよ」
「……ヤバいこと?」
「ん、まあ、あんまり関わるなってことだ。もしどーしても気になるなら、誰か誘ってけー? ノートの礼に、俺でもいいし」
「う、ん……わかった……」

 ノートを写しながら、チラリと満島くんが私を見た。「ほんとにわかってんのか?」とその顔が言ってたから、あいまいに笑ってまた窓の外を見た。
 すぐに先生が来て、その話は流れちゃったけど。

 お昼休み、ちょっと一年生の教室に行こうかなと思って、でも何にも用事ないことに悩んでると、依緒ちゃんがやって来た。

「あれ、依緒ちゃん今日お弁当ここで食べるの?」
「私の長年の勘が、目を離すなって言ってるの」

 なんのことだろう。
 とりあえず依緒ちゃんが座れるように机をくっつける。隣でお友達とガツガツお弁当を食べてた満島くんが、チラッと依緒ちゃんを見た。

「さすが番犬」
「ちょっとあんた、それ私のこと? 潰すわよ」
「おーおー、こわいこわい。ま、ひとつ言っておくなら、一年。やけに気にしてたぞ」
「情報提供どうもありがとう」

 依緒ちゃんが機嫌良さそうに「ふふっ」と笑う。
 そして椅子に座って、向き合う形でお弁当を広げる。

「なんの話?」
「ゆづは気にしなくていいのよ」

 優雅に笑って誤魔化された。

「あっ、柚月葉ーっ! 依緒と食べてるしぃ!」
「今日は邪魔するわ」
「いいけどいいけどーっ、私たちも混ぜろよーっ」
「うむ、除け者、寂しい」

 購買に行ってた杏奈あんなちゃんと、敦菜ちゃんが帰ってきた。手にはパンの袋といちごミルクのパック。
 ガタガタと机を動かしてくっつけて、お弁当を広げる。

「あれっ、柚月葉のお弁当、崩れてない?」
「えーと、今日落としちゃって」

 卵焼きがごはんの上に行ってたり、ハンバーグが野菜炒めと混ざってたり、見た目はちょっと残念だ。

「落としたんじゃなくてぶつかったんでしょ。変な男に」
「えっ! なになに、柚月葉に男!?」
「気になる、詳しく」
「ち、違うよ、ただぶつかっただけで」

 わあわあと賑やかになったのを慌ててなだめる。
 チラリと、満島くんがこちらを見た。

「へーえ、ぶつかっただけ、ねぇ?」
「いや、あれはっ」
「アレは? ねぇゆづ、私に隠しごとしてない?」

 ひくりと頬が引きつった。
 四面楚歌っ。

「し、してないよ、してないっ。ほら、お弁当食べないとお昼終わっちゃうよ」

 疑うような視線から無理矢理逃れて、手を合わせる。お弁当を口に運んでる間にも、杏奈ちゃんたちからどんな人かと突っつかれた。

「すごく、綺麗な人だったよ」

 とだけ、答えた。

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