6/3 中編新作公開しました

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 例の三人という名前に聞き覚えがあった。
 みつるちゃんから「この三人ですか?」と聞かれた三人だった。
 みつるちゃん、朝少し様子変だったし、なんであの三人のことをわざわざ聞いてきたんだろう。

 嫌な予感がして、居てもたってもいられなくて、ガタッと立ち上がる。騒がしい教室の中では誰も気にも止めてなくて、そのまま騒動に紛れて抜け出そうとした。けど。

「ちょっと待て! 七宮っ」

 隣の席の満島くんに止められる。
 グッと腕が抜けそうなくらい引っ張られて、引き戻される。

「満島くん、離してっ」
「おまえが行ってどーすんだよっ。怪我するかもしれねぇだろ」
「でも――」

 様子を見るくらい……と思って、キュッと唇を噛む。

「ちょっと落ち着けって」
「うん……」

 ストンと椅子に座り直して、でもじっとしてられなくて、窓の外を見た。そして、ハッとする。

 携帯を取り出して、メールを打った。

「あの写真の三人が、逆上したと。柊さんは、どうしてあの三人を知ってたんですか」と。
 すぐに電話がかかってきた。慌てて通話を押す。

「も、もしもしっ」
『柚月葉か?』
「はいっ」
『今どんな状況かわかるか?』
「わかりません。教室から出れなくて」
『そうか。逆上したって言うのは、教室でか?』
「そうみたいです」
『しくじったな……昼に暴れるとは。柚月葉、昨日その三人に会ったんだった?』
「え、と、はい。少しだけお話しました」
『――狐に牽制されたか』

 柊さんはブツブツとなにかを呟くと、「すぐ向かう」と言って、通話が途切れた。
 狐に牽制?
 ……まさか、私のせい? 昨日、確かにあの三人と話した。

 退魔師――妖を払う。
 妖って、妖怪とか? そんなのいるの? 本当に?
 そんなのわからない。だって私は、見えないから。でも――

『柚月葉は、お狐様に好かれたみたいだねぇ』

 グッと、言葉を飲み込む。たくさんの疑問を持った言葉を。

 カバンの中を漁って、柊さんの名刺を取り出す。そして、タイミングを見て駆け出した。満島くんも振り切って、走る。
 速く、速く。
 階段を駆け下りて、一年生の階に向かう。人が溢れていた。人をかき分けて前に進む。三組の前。女の先生複数に取り押さえられている女の子の生徒が三人。血を流してる生徒が複数。

「みつるちゃんっ!」
「七宮先輩っ? なにしてるんですか、帰って!」

 ギョッとしたように、みつるちゃんが私を見る。

「みつるちゃんこそ、血っ、保健室っ」
「かすり傷ですよ」

 血出てるよ、みつるちゃん。

「保健室、早くっ」
「それが、今保健室満員らしいんですよね。怪我したり怯えた生徒で。混乱状態らしいですよ。だからここで待機してます。それに――無関係って訳でもないですし」

 みつるちゃんが、目を細めて教室の中で取り押さえられてる三人組を見た。私も釣られるように見る。ふと、目が合った。私を見て――違う、私の後ろを見て、怯えたように固まっていた。

 甘い甘い、嫌な匂いが、濃く香った。

 心には、毒の花が咲くという。
 おばあちゃんが言ってた。人の心は傷つきやすい。だから人は人を傷つけて、一度人を傷つけてしまったら、それはもう、止まらないのだと。

 だから。

 止めてあげる人が必要だって。

 誰かが止めてあげないと、それはずっと、ずっと、ずっと、終わりなく繰り返されるのだと。

 じっと、固まってる三人を見た。

「私立の学校を受験して落ちたのって、あなたたち?」

 ビクリと、一人が震えた。あの子かな。

「腹いせにいろんなことしてるって聞いたけど、本当?」

 ブルブルと震える女の子。怖いのかな、私が。それとも、私の後ろが――。

 先生たちが止めようとして近づいてきた、と思ったら、ピシッと時が止まったみたいに動かなくなった。空間が切り取られたみたいに、ピタリと止まっている。

「えっ、なにこれっ」

 みつるちゃんを見る。みつるちゃんも混乱したように辺りを見回していた。みつるちゃんは動いてる。あとは……私と、みつるちゃんと、一年生三人組。
 現実離れした、この世のものとは思えない光景に動揺していると、固まった生徒という人の波の奥から、一人の男の人が現れた。艶やかな黒髪を揺らして、静かに、でもしっかりとした足取りで歩いてくる。

「柚月葉、けっこう大胆だな」
「柊さんっ」
「妖を滅するときは人に見られない。鉄則だぞ」
「あ、妖?」
「視えないか? なら、俺の目を貸そう。柚月葉を巻き込むこと、許せ」

 柊さんはそう言ってなにかを呟くと、大きな手のひらで私の目をおおった。そして、耳元で囁く。

「目を開けたら、見たことのない異形のものたちがいる。柚月葉は、見たいと思うか?」

 異形――。

「お狐様も、見えますか?」
「ああ、見える」
「……なら、見たいです。私はきっと、ずっとずっと、護られていたから――ちゃんと見て、伝えたい。たくさんのことを」
「だ、そうだ。いいよな?」

 ふっと笑った柊さんが、手のひらを退かす。

 ――世界が、変わった。

 三人の生徒の胸に、真っ黒の花が咲いていた。なによりも、その後ろに、気味悪く蠢く黒いモヤが。

柚月ゆづ――」

 凛とした通る声が、聞こえた。

 振り返って、息を飲む。

 男の人にも、女の人にも見える、綺麗な人。真っ白の肌。瞳が金色で、長い銀の髪に、浮世離れした和装。尻尾が、あった。耳も。狐の、耳。

「あなたが、お狐様ですか?」
「私が見えるか」
「見え、ます」
「怖くないか?」
「いいえ、いいえっ」

 ふわりと、嬉しそうにお狐様が笑った。

巳月みつき。私の名だ」
「巳月、さん……」
「巳月でいい。それと私は、お狐様ではない。おまえの呼ぶお狐様は、社にいる。私は、そのお狐様から遣わされた神守かみもりだ」
「神守り……」

 お狐様は、社に。社って、あの神社?
 おばあちゃんは、見えていたんだ。ずっとずっと。いろんなものが。不思議な人だったもん。あんまり驚きはない。ああ、やっぱりって、納得する。

「一生見えなくていいと思っていたが、おまえと会話できるのはいいものだな。柚月」

 お狐様――巳月が私の頬を撫でた。くすぐるように。

「七宮先輩?」

 みつるちゃんの不信そうな声にハッとする。
 パッとみつるちゃんを見て、その胸に釘付けになる。花。黒くなりかけてる、花が、みつるちゃんの胸に咲いていた。

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