6/3 中編新作公開しました

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 人生の分かれ道は、いくつもあるという。

 だけど、本当に大きな分かれ道なんて、きっと少ししかない。あとは、決められた道を淡々と歩いていく。つまらない、代わり映えのない毎日。

 人生のうちの、ほんの少ししかない大きな分かれ道のひとつが、受験。

 それも、最後の受験になる、大学受験だ。

 
 夏休みに入ると、三年は進路に勉強で手一杯だ。
 周りは夏期講習、受験対策、勉強、勉強、勉強。
 勉強の嫌なやつ、楽をしたい奴は、勉強を放棄して推薦入試という道を選ぶ。
 それもいいと思う。楽だし。勉強なんてして、なんの意味があるのか、全く持って理解できない。

 進路、進路、進路。

 未来を考えろと言われても、そんなもの、描くことだってできない。

 だって、誰よりも自分のことは、俺が一番わからないのだから――。

 俺の通う水月川みづきがわ高校は、明日で夏休みに入る。
 友人たちはかったるそうに笑いながら、夏に行われる模試やら大学の話をしていた。そして、みんな口を揃えて言う。「なりたいものなんて、ないっての」と。

 完全に同意だ。なりたいものはない。夢もない。なんなら行きたい大学もない。かといって働くのは世間体的に微妙だ。今どきは大学卒が当たり前、そんな風潮。親も当たり前に大学に行くものだと思ってる。金はないくせに。奨学金は借金だと、わかっているのかなんなのか。

「なー、さとる、おまえはどこ行くの?」

 そう聞かれて、首をかしげる。

「さあ。まだなんにも、決まってねぇよ」
「ははっ、だよなぁ。受験生とか、かったりー」
「だな」

 夢って、なんだろうな。夢がある奴が羨ましいと、特別思ったこともないけれど。夢があったらもっと人生楽しくなったのかとは思う。知らないけど。

「お、アレ、柚月葉ちゃんじゃね?」

 窓を見てた野郎の一人が、外を指さした。釣られるように見る。白い肌。色素の薄い髪。ちょっと儚げに見える。かわいい。間違いなくかわいい。その隣の黒髪美女も捨て難いが。俺はどちらかというと七宮 柚月葉ななみや ゆづは派だ。

「柚月葉ちゃんと依緒ちゃん、目の保養だよなぁ。あれが見れなくなるのも辛い」

 一人の野郎がしくしくと泣き真似をした。

「なら、おまえ留年すればいいんじゃね? 同じ学年になれるぞ」

 つい、そんなことを言った。野郎はカッと目を見開いて、「その手があったか!」と叫んだ。いいけど、高校留年はいろいろアレだぞ。世間体的に。

「かわいいなぁ、どこ行くんだろうなぁ。お買い物かなぁ。二人で。美少女二人のショッピング。いいよなぁ、目が潤う」

 ブツブツ呟く野郎から距離をとった。仲間だと思われたくない。いや、友達だが。今はちょっと、嫌だ。

「柚月葉ちゃんって言ったらアレだよなぁ――信者。いいよなぁ、俺も信者なりたい。あ、もう信者か?」

 七宮柚月葉には、いくつもの噂がある。
 弓道で全国大会に出たとか。兄は有名選手だとか。実はすごい高貴な生まれだとか。それは嘘だろ、と思うけど、あの見た目だからか。

 あとは、信者がたくさんいる――とか。

 幼少中高と、その数を数えたら百を超えるとかなんとか。あちこちに散らばっているその信者は、七宮柚月葉の一声で集合するちょっとヤバいやつ、だとか。嘘か本当だかわからない噂だ。俺は、嘘だと思う。
 ああ、でも。一年の問題児たちを手懐けたらしいと、一時期かなり噂になった。
 七宮柚月葉がまた信者を増やした、と。

 その噂の通り、一年の問題児たちはトゲを全て削ぎ落とされたかのように丸くなったらしい。教師からの印象もアップだ。奴らも問題児たちには手を焼いていた。見て見ぬ振りをしていたけど。それは俺もか。いや、この学校のほぼ全ての生徒、だな。

「七宮柚月葉、か」

 どういう生き方をしているんだろう。ちょっと気になる。一年の問題児たちになにをしたんだろう。あんな、儚げな小さな女の子が。

「お、なになに、悟。おまえ、柚月葉ちゃんに興味あり?」

 ニヤニヤと笑った友人Aが、俺の脇をつつく。

「別に。ただ、どんな子なのかな、って――」
「おおっ、悟が女の子に興味もったぞ! おい、行くぞ、野郎共!」
「……は?」

 やいのやいのと賑わう野郎共に押されて、教室を出た。どこに向かうのかと思えば、野郎共は無鉄砲にも女の子に声をかけた。
 そう、あの、七宮柚月葉と不知火 依緒しらぬい いおの二人組に。

「柚月葉ちゃーん、依緒ちゃーんっ!」

 七宮柚月葉が振り返った。
 初めて真正面から見た。かわいかった。なんなら人形なんじゃないかと思った。目を瞬いてるから生きてるけど。

「なにかご用ですか?」

 あ、声もかわいい。かわいいけど、芯がある、よく通る声だ。でも心地いいと言うか、聞いていたくなる落ち着いた声。

「二人でお買い物?」
「お買い物です。ふ、た、り、で!」

 不知火依緒がきっと睨みつけてきた。こっちは気が強いのか。見た目通りだ。エムには堪らないらしい。現に野郎の二人が恍惚とした表情を浮かべている。キモイ。

 俺は七宮柚月葉を見た。七宮柚月葉も、俺を見ていた。目が合って、ドキッとした。

「先輩、ですよね?」

 先輩、という響き、いいよな。あんまり気にしたことなかったけど。けっこういい。なんならすごくいい。

「三年の、宮島みやじま さとるだ」
「宮島先輩。これからどこか行かれるんですか?」
「いや、特に用はない、けど」

 野郎共から、視線を感じる。押せと。行けと。期待のこもった目だ。

「よかったら、俺たちと――」
「行きません」

 ピシャリと遮られた。不知火依緒だ。怒ったように七宮柚月葉を睨み、俺たちも睨む。

「それでは先輩方、サヨウナラ」

 グッと腕を引かれて、七宮柚月葉も歩き出す。まあ、そりゃあそうか。

「あ、私、柚月葉です。七宮柚月葉!」

 知ってるよ。という間もなく、グイグイ引っ張られて、七宮柚月葉は姿を消した。

「はー、イケそうだったんだけどなぁ。噂通り、依緒ちゃん強えー」
「七宮柚月葉の番犬、だっけ」
「ナイトとかも聞くぞ」
「鉄壁とかも」

 野郎共の声にその通りだなとうなずく。

 七宮柚月葉――。

 信者だのなんだの言われてるが、まあ、わからなくもない、と思った。なんか、独特なんだよな。人なんだけど。そりゃ人なんだけど。空気が違うと言うか。その辺を歩く女子高生とは一風変わった感じだ。
 あの目だろうか。キラキラ輝く不思議な色の目。いや、やっぱり雰囲気か。

 ああいう子は、なにを考えて生きているんだろう。

 降り注ぐ太陽が、ジリジリと野郎を焼いた。

 夏休み――。

 ちょっと不思議な夏休みの始まりだった。

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