6/3 中編新作公開しました

02

 この世界を生きにくいと感じたのは、いつだっただろう。

 繰り返される日常。
 ロボットのように、同じことを繰り返し。
 同じように生きることを矯正させられる。
 その中ではみ出たものは、『異物』として見なされ、ターゲットになる。
 同じである『人』が、人を捕食する。

 笑ってしまうくらい、汚い世界だ。

 が始まったのは、入学して数週間経ったくらい。目をつけられたのは、気弱そうなひとりの少女だった。毎日毎日難癖を付けられて、罵られる。罵倒、暴行、窃盗。

 クラスという私たちの小さな世界で、それは繰り返された。繰り返されすぎて、今はもう、誰もが気にしていない。

 見えてない――フリをする。

 見て見ぬふりをする人は、加害者と同罪だ。
 だから私も、同罪だった。

 息が詰まる繰り返される日常を、見て見ぬふりをする。関わるのはめんどうだ。関わって懐かれるのも嫌だ。
 平凡、平凡、平凡。
 だけどふと思った。

 平凡な日常に、意味なんてあるのだろうか。

 世界を、自分の生きる道を、ほんの少し、ほんの少しだけ、違うものにしてみたいと思った。
 褒められたかったのだろうか。感謝されたかったのだろうか。わからない。

「あんたたち、そういうこと辞めなさいよ。みっともない」

 世界が、私たちの小さな世界が、音をなくした。
 教室の隅で丸まっていた少女は、驚いたようにこちらを見て、その周りを囲っていた人のようなナニカは、ギラリと獲物を見つけた猛獣のようにいやらしく笑う。

「へーえ、なに? お高くとまってんじゃん。えっらそーに。いつも本ばっか見てて、おまえのこと、気になってたんだよなぁ。高宮 満たかみや みつる
「……」
「あたしらの相手してくれんの? そう、なら――今日からヨロシク」

 クスリと、女は笑った。
 見た目だけなら、品行方正なマァマァな美人に見える、が。腹に抱えたのは薄気味悪いくらい汚い獣。その獣が牙を向いた。

 平凡な日常は変わった。

 私が庇った子は、何も知らないと言いたげに、なかったことにする。クラスだって、学校だって、教師だって同じだ。
 汚いものには蓋を。
 見えてない。聞こえてない。

 ――知らなかった。

 同じ言葉を並べて、そこだけ切り取られたように、自分たちだけはのうのうと過ごす。

 嫌な世界。
 汚くて、なんて生きにくい。

「なァ、高宮。あたしら今日金なくてさー、ちょうだい」
「はあ?」
「だから、ちょうだいって言ってんの。早くしろよ」
「あんたみたいなクズにあげる金なんて、持ち合わせてないけど?」

 挑戦的に笑いかけると、苛立ったような舌打ちと、お腹に重たい一撃。グッと息が詰まった。

「あんまりさぁ、手を煩わせるなよ。でも――そういう方が、楽しいけど?」

 目の前で、人の皮を被った獣たちが笑う。
 私のカバンから財布を取り出して、中に入ってたお札を抜き取ると、高笑いをしながら去っていった。

 参考書代だったんだけど。
 強盗罪。日記つけておくからな。あんたたちの悪事は、証拠が集まったときに全部バラしてあげるから。
 最後に泣きを見るのは、どっちだかね。

 カバンに仕込んだ録音機を取り出して、今のが録音されているか確認する。問題ない。またひとつ、証拠が溜まった。

 カバンを持って、昇降口に向かう。
 遅刻ギリギリ。予鈴が鳴りそうだ。
 急ぎたいけれど、お腹に食らった一撃が痛い。のろのろと下駄箱で靴を履き替え、昇降口手前のメイン階段ではなく、人があまり使わない左手の奥にある階段に向かう。

 お腹、痛い。
 録音はいい収穫だけど、対価もそれなりだ。
 参考書代と、腹痛。暴行罪も付け加えておこう。

 あの獣を滅する罠を貼る度に、私も暗く沈んだ嫌なものになっていくような気がした。

 平凡、日常、汚い世界。

 生きるのが、どうしようもなく嫌になる――。

「あ、あのっ!」

 肩を叩かれた。
 ハッとして、振り返る。

「……はい? 私、ですか?」

 ――白。

 その人を見て、思った感想。

 真っ白だった。全てが。
 白くて、世界に少し、陽が射したような錯覚がした。

 色素の薄い長い髪。サラサラしていて、かすかに甘い匂いがする。大きな目。丸くて、くりくりしていて、長いまつ毛に守られるその目は、少し垂れていて頼りなさそうなのに、なぜか、とても強い瞳に見えた。
 あ、目の色――少し、独特だ。光の加減で色が変わって見える。芸能人とかにたまにいる。薄いブラウンの目。
 この人、全体的に色素が薄い。肌も白いし。

 でも、何よりも目を引いたのは、その独特のオーラ。

 オーラがある、と誰かが言う。
 そんなもの、あるわけないだろう。と、バカにしていたけれど、オーラというものはあるらしい。

 優しく、包み込むような、ちょっと人とは違う、不思議なオーラ。

 それが、ひとつ上の先輩、七宮 柚月葉ななみや ゆづはとの出逢いだった。

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