
ルイスに抱えられたまま船内に入る。
その瞬間、景色は一変した。
床は石床のようで、白いタイルが丁寧に敷き詰められている。歩くのをためらうほどだ。
壁も白く塗装されているし、柱になっているところには金の装飾まで。これで真っ赤な絨毯があったら完璧だ。完璧なお城。
「こっちが居住区。部屋とか、食堂とかがある。下は倉庫だ。けっこう広いから迷子にならないようにな」
胸に刻みます。迷子の前科があるもので。
「ここは綺麗ですのねぇ。お城みたい」
「ああ。城に住みたいって、うるさいやつがいてさ」
「さっき言っていた、お人形が好きな?」
「そう。なんだかんだ言いながら、みんなあいつに甘いんだよ」
それはルイスもでは?
と思ったけれど、「そうなんですの」と笑ってうなずく。

それにしても、なかはこんな感じになっていたんだ。
外観は見たことがあったけれど、なかはないんだよね。
あの夢、私の一押しはルイスなのだが、実は一番よく見るのはルイスじゃない男の子なのだ。
名前はたしか、ランフォ。
ランフォ・リン・ジークエンスという名前だった。
基本的に私が見るのはこのリンちゃんの冒険映像。ルイス登場はレア回なのだ。
リンちゃんはルイスと師弟関係のような感じで、仲はいいのだけれどいっしょに冒険はしていないという感じだった。
というのも、渡り鳥は穏便派や過激派とか、目的の違いとかで、いろいろ分かれているようなのだ。
ルイスたちはもちろん、穏便派!
未知なる土地に行って冒険してめずらしいものを採ったり、街の用心棒みたいなこともしていた気がする。
強くてかっこよくて、勇敢なヒーローみたいな感じだった。
まぁ、その先は悲惨なのだけれど……。
そんなことを思い出しながらルイスに抱かさっているとすぐに浴室についた。
扉をあけて、びっくり仰天。
すっごく広い! 五人は丸ごと入れそう。
空の上でこんなゆったりできるなんて。まるで空飛ぶホテルだ。
「脱衣所に鍵があるから、俺が出たらかけて。着替えは……どうするか」
本当は一瞬で乾かせるんだけどね……。
体の水滴も服の水滴も、力をつかえばちょちょっと消える。
ただそんなことをしたら怪しまれてしまう。ただの商家の子はそんなことはできない、はず。
指先を唇に添えて考えこむルイスをチラリと盗み見る。じわじわと罪悪感がやってきた。
助けてくれただけでもありがたいのに、身の回りの世話をさせてさらに面倒をかけるなんて……。
特殊技術のアイテムですぐに乾かせるとウソをつこうか……。
「すぐ乾かせるけど、洗ったほうがいいよな? 海水に浸かってたし」
「そんな、気を使っていただかなくて大丈夫です」
むしろ年中海水に浸かっているよ。海水とお友だちだよ。
「服は用意しておくから、あがったら声かけてくれ」
ルイスはそう言って、パタンと扉を閉めた。
厄介者の時限爆弾にこんなに良くしてくれるなんて、お人好しだなぁ。
まぁ、厄介者の時限爆弾って知らないからだろうけどね……。
海の使族だって知られたら、嫌われちゃうのかな……。
「……」
しょんぼりした気持ちを首を振って追い出す。
せめて、恩を仇で返すことにならないよう、気をつけよう。
いそいそとピンクのワンピースドレスを脱いで、愛用の髪飾りを取ろうとして、ピタリと止まる。
……ない。
ない?! 髪飾りがない!?
「ひょおあああああ?!」
白目を剥きかけた。
「おいどうした!?」
扉の向こうからルイスの声がした。
「ない。ないんですの!」
「なにがない?」
「髪飾り! 髪飾りが!」
どこいった?! 私の髪飾り!
とりあえずタオルを体に巻きつけて、扉をあけた。ルイスがぎょっとした顔をして身を引いた。
「髪、このあたりに、魚のヒレみたいな形の髪飾りなかったですか!?」
ルイスはツッと視線を横にそらした。
「いや……見てない。最初からなかったよ」
「そ、そんな。先端に、青い宝石がついているんですの」
「うーん。落ちたときに海に呑まれたのかもしれないな」
海に呑まれた?
あっ。もしかして、大ダコと戦ったときに落とした!?
そういえば、パウロを抱きとめたとき、ぽいっと手に持っていたものを捨てたような。
「大事なものなのか?」
「とっても。でもいいんですの。なくした場所に、心当たりがあるから……。大騒ぎしてごめんなさい」
しょんぼり肩を落として、スゴスゴ引き返した。
あの髪飾りは、海の使族の証なのに。力の源でもあるのに!
髪飾りについてる青い石は、生まれる前から死ぬまで、ずっと一緒にいる半身のような存在だ。
海の使族は、海の石を握って生まれてくる。というより、石を握って生まれてきた者が、海の使族なのだ。
海の加護を受け、海を自由に操る力を持つ。
もしかして、私がしょぼい海流しかつくれなかったの、髪飾りがなかったから?
どうしよう。
大きくなったら自在に呼び出せるけど、それまでは絶対になくさないようにって、お兄さまに言われていたのに。
なくしたなんて知られたら、がっかりされる!
隠し通すしかない。見つけるまで。
ああ。どんどん隠しごとが増えていく。
辛い人生だ……。
髪飾りをなくした憂鬱な気分も、お風呂に入っているうちに消えていった。
「ふんふふふ〜ん」
広いお風呂のなかでぱしゃぱしゃとお湯を蹴っ飛ばして遊ぶ。
海の使族にお風呂はあまり必要ないらしいのだけれど、私のいる街はちょっと特殊だからお風呂があるんだよね。
私の部屋にも専用のお風呂があって、毎日ゆったり広い湯船につかっている。身も心もぼわ~とほぐれていく感覚がたまらなく気持ちいいのだ。
浴槽の縁に腕を置いて、その上に頭を乗せて目をとじる。
全身の疲れが一気に押し流されていくみたい。このまま眠れそう。
うとうとまどろんで、ハッと目をあける。
さすがに人様のお風呂で呑気に寝るのはまずい。なんて遠慮のないやつだと思われるかも。私はあわてて湯船からあがった。
脱衣所でサッと体の水を引かせて、とりあえずタオルを巻く。
そういえば、服、どうするんだろう?
「……ルイス?」
扉に近づいて、ためらいがちに呼びかけてみる。
「……あがったか?」
返答があった。
鍵をあけると、手だけが入ってきた。服がある。
「ありがとうございます。ルイス……、さん」
うわっ。さっきルイスって呼び捨てにしなかった?
まずい。勝手に呼び捨てする礼儀知らずだと思われてしまう。気づかれていませんように!
「ルイスでいいよ」
願い虚しくバッチリ聞かれていた。
「いえ。命の恩人ですし、そんなわけには……」
「とりあえず着替えたらどうだ?」
それもそうだ。
私はスゴスゴと引き返した。
手渡された服は、長袖の白いドレスみたいなふりふりのロングワンピースだった。幾層にも重なったフリルは、いつも着ているお洋服にちょっと似ている。
これ、たぶんレネのお洋服だ。
シミひとつない綺麗な服を汚さないように気を引き締めて、ドレスに袖を通す。後ろのチャックを閉めて、その場でくるりと回ってみる。裾がふんわり膨らんでかわいい!
備えつけられていた髪乾かし機で髪を乾かすフリをしてから、脱衣所を出る。扉をあけると、ルイスが壁に寄りかかって待っていた。
「お、お待たせしてごめんなさい」
「うん? そんな待ってないよ。それより、やっぱり少し大きいな」
ルイスが床につきそうな裾を見て苦笑する。
「お洋服を貸してくださった方に、お礼を言いたいのですけれど……」
「いいよ。さっき行ったときも寝ぼけてたし、寝てるだろうから」
「そ、そうですか」
寝てると言われてしまえば引き下がるしかない。
睡眠を邪魔するものはサメに食われて死ぬとお姉さまが言っていた。
「それより、一度医務室で診てもらったほうがいい」
「えっ。だ、大丈夫です」
「遭難してたし、風邪引いてるかもしれないだろ?」
いやいやいや。だめだ。
だって、海の使族と人間の体のつくりが一緒なのか、わからないんだもの。
必死に抵抗したものの、あっさり連行された。
抱きあげられたらお手上げだよね……。
遠い目をして、診察してくれているおじさんに身を預ける。
海の使族だってバレたら、海に身を投げよう。
そうしたら、蔑む目を見る前に海に帰れる。
そんなことを考えながら、私の手をじっと見ている医者をみる。やがて、その医者は私を見てにかっと笑った。
不気味な笑みだ。正体見破ったり、って?
ドキドキしながら身構える。
「問題ない。健康そのものだ」
ガクっ。そういう笑みか。ただ私の心が邪だったから、邪悪な笑みに見えただけか。そうか……。
「ただ」
「ただ?」
後ろに控えていたルイスが、私が座っている椅子の横までやってくる。
「肌が驚くほど綺麗だ。透明感っていうのかい?」
その言葉に、自分の手を見た。
「やっぱりそうか? 遠くから見ると光っているように見える。でも、実際光ってるわけじゃないんだよな」
ルイスがまじまじと私を見下ろした。私は冷や汗だらだらだ。
今までほとんど太陽の下にいったことないのが、仇になった?
どんなに人と似ていても、微妙に違うのかも。
さすがに鱗はないけれど、うっすら、細かいパールを散りばめた感じはある。ルイスが言っている遠くから光って見えるというのは、この光沢では?
人が十人並んでいたら、海の使族だけくっきり浮き上がるような、些細な違和感だとは思うけれど。
ルイスたちが海の使族にくわしかったら、おしまいだ。
ひやひやしながら黙りこむ。
ここから海までのルートは、ええと。まず扉出て右だっけ? 左だっけ?
ああ。やっぱりルイスについてこないで、朝までじっと待てばよかったのかも。欲に支配された悪魔の運命は磔か?
「あまり日が当たらない生活をしていたのかもしれないな」
「深窓の姫君ってやつか」
「とくに異変もないし、大丈夫だろう。もし様子が変わったり、熱を出したりしたらまた連れてくるといい」
「わかった」
あれ。勝手にピンチを脱出した?
目を白黒させている間に、診察は終わった。
ルイスに引き連れられるまま部屋を出そうになって、ハッとする。あわてて振り返って、頭を下げる。
「あの、診てくださって、ありがとうございました」
おじさんはにこっと笑って、ひらひら手をふった。
「またね」
清廉な笑顔に見送られ、医務室を出る。
ルイスとふたり、廊下に立って、私はチラリとルイスを見る。
「あの」
「うん?」
「責任者の方はどちらにいらっしゃいますか? ご挨拶をしたくて」
ルイスは私を見て肩をすくめる。
「そんなの気にしなくていいけど……。まぁいいか。外にいると思う。他の奴らもいるだろうし、紹介するよ」
「よろしくお願いします。ルイスさん」
ルイスは苦笑いした。
「ルイスでいいって」
いやいや。さすがにそんな礼儀知らずな。
心の中ではルイスって呼ぶけれども。
先を行くルイスのあとにくっついて、甲板に向かった。