ピッコマノベルズで『箱入りお嬢様は溺愛政略結婚』連載予定です!

14 譲らない者たち

 真っ赤に燃え盛る炎が見えた。

 地上が悲鳴を上げ、次々と死の大地へ変わる。焼き尽くされた木の成れの果てが、なにもなくなった場所で寂しくたたずむ。

 そして、金色の髪をなびかせたルイスがふり返って──

「リィル、リィルっ」

 遠くから声が聞こえ、急速に意識が浮上する。
 ハッと目をひらくと、心配そうにのぞきこんでくる顔。さらりと金の髪が流れ、緑の瞳がじぃっと私を見つめる。左の首筋には碧の石。

「大丈夫か? うなされてたから……」

 申し訳なさそうに眉を下げた顔をぼんやりとながめて、薄く口をひらく。
 なにかを言おうとして、でもなにを言おうとしたのかわからなくて。
 だんだん鼻の奥がツンとしてきて勝手に涙がこぼれた。そのまま手を伸ばして、目の前の首に抱きつく。
 その瞬間、ルイスの体がビシッと固まった。けれども、すぐに体の力をぬいてあやすようなやわらかい声をかけてくれる。

「どうした? 怖い夢でも見たのか?」
「こわい、夢……」

 こわいゆめ。
 なんだっただろうか。真っ赤に燃えていた気がする。全部が。それで、ルイスが、いや、あれは、ルイスだったのだろうか。
 誰かが、いた気がしたけれど。もう思い出せない。

「うん。もう大丈夫だから。怖かったな」

 ゆらゆらと体をゆらされるのが心地よくて、眠気に流される。まぶたが重たくて持ちあがらない。

「もう一度眠れそうか?」
「ん……」
「おやすみ。部屋まで運ぶから、寝ていいよ。怖い夢見たら起こすから」

 ささやくような声が心地よくて、歩くリズムに身をあずける。ふっと、意識が遠のいた。

 怖い夢は見なかった。

 遠くにある意識を抱えたまま、もそもそと寝返りを打つ。
 ねむい、起きなきゃ、ねむい。今何時だろう。ああ、甘いものが食べたい。まるく焼いた生地に、たっぷりクリームに、トッピングはチョコレートソース。そうだ、あれは。

「ぱんけーき……」
「……起きてるのか?」

 すぐ近くから自分ではない声が聞こえてきて、呑気にふわふわ漂っていた意識が大あわてで体に飛びこんでくる。
 驚きと焦りでバッと目をあけた。その瞬間、私の顔をのぞきこんでいたルイスと目が合う。
 飛び上がって身を引いたら、頭を壁に打ちつけた。

「うあっ」

 痛い。目から星が飛び出た気がする。

「大丈夫か?」

 ベッドに片足を乗りあげたルイスが、私の頭のうしろを右手でなでくりまわす。

「すごい音したぞ。コブはできてないな。一応診てもらうか?」

 ち、近い。首筋ドアップでキラッキラの石が見えている。石コレクターには毒だ。鼻血出そう。あの石って取り外したらどうなるだろう。さわりたい。
 血走った目で石をガン見しながら震える声を出す。

「だ、大丈夫、です。痛みもひどくないですもの」
「うーん」

 近い。

「あ、あの、それより、どうしてここに……」

 というか、ここはどこだ?

「全然起きてこないから、体調でも崩したかと思って。かってに入って悪かった。夜は外にいたから大丈夫だよ」

 さあっと血の気が引いた。
 ここルイスの部屋じゃないか! ベッドでぐーすか寝て! しかも、起きてこないって、今何時だ!?

「あ、う、いま」
「今は海の刻二。昼食とっておいてあるけど、食べられそうか?」

 海の刻二?! 空の刻が終わってるじゃないかっ。
 昼過ぎまでぐーすか夢のなかなんて、とんだ寝坊助だ。

「ご、ごめんなさいっ。私、寝坊して……っ」
「いいよ。寝たの深夜まわってたし、知らないところに来て疲れてただろ?」

 うっ、善意がまぶしい。寝坊助の堕落した悪魔が聖なる光で浄化される。

「パンケーキじゃないけど、食べるか?」

 穴があったら埋まりたい。

 ルイスのあとに続いて食堂へとやってくる。
 昼時はとっくに過ぎているからか、なかは閑散としていた。こんな時間にくるのは寝坊太郎くらいだ。

「おっ、起きたか。おはよう」

 ひょいと、厨房と繋がってるカウンター口からアルバトロスが顔を出した。

「おはようございます」

 寝坊助ですみません。

 アルバトロスはちょいちょいと私を手招きすると、カウンターにランチプレートを置いた。
 小さなハンバーグとポテト、スクランブルエッグにパスタ。それぞれちょっとずつ盛りつけてある。まさしくお子様ランチだ。小さく盛られたチキンライスにはご丁寧に旗が立っている。いちおう私、十二歳なんだけどね……。

「ルイスが見てくるって言うから温めなおしておいた。変な時間だけど、食べられそう?」
「ありがとうございます。お手間をかけてすみません」

 ルイスの横のカウンター席に腰かける。
 私の前にはお子様ランチ、ルイスの前にはコーヒーが出てきた。
 ルイスがコーヒーをすすりながら横目に私を見る。

「アクアバースだけど、明日の昼までには着くはずだよ」

 明日? ということは、あと一日もしないうちに着くんだ。

「思ったより進路が順調で、早く着きそうなんだ。よかったな」
「よく言うぜ。おまえが夜通し力使ってたからだ……」

 ルイスの裏拳がアルバトロスの顔面に命中した。
 アルバトロスが顔を押さえて苦しみ悶える。

「力って……」
「なんでもない」

 ルイスの輝かしい笑顔の圧に口をつぐむ。

 まさかとは思うけど、昨日の夜、ずっと力を使っていたということだろうか。
 ルイスの力は、風だ。
 このルイスも剣から風を出していたし、たぶん同じ力を持っている。でも、力を使うと体力を消耗したはず。

 力を使いすぎて片膝ついているルイスを夢で見た記憶がある。かっこいいけど心配! みたいな複雑な気持ちになったものだ。

 それなのに夜通しということは、寝ないでずっと力を使っていたってことだよね。
 よくよく見たら、ルイスの目の下にはうっすらクマができていた。

「ててっ。カッコつけてないで言えばいいのに。キミの笑顔のためなら僕は自分を犠牲にしてもいい。とかさ」
「キモい」
「今のは誇張表現だろ!」

 煙たそうにアルバトロスをあしらうルイスの服のすそを引っ張る。

「ルイス」
「うん? あいつのことなら気にしなくていい。口から生まれてきた男だから」

 笑顔でしれっとごまかそうとするな。煙に巻こうったって、そうはいかない。

「昨日、寝ていないんですの?」
「寝たよ」
「うそ」
「本当」
「目の下、クマができていますもの」

 私の指摘に、ルイスは白々しく小首をかしげた。

「寝てないなら、そう言ってくださいな」
「ちゃんと仮眠はとったよ」
「本当に?」

 じぃぃぃぃとルイスを見る。嘘を許さないと、眉を寄せ、鋭い眼光で串刺しにした。
 ルイスは口を開いたが、私の全身からにじむ閻魔の圧に耐えかねたのか、言葉を飲んでそっと視線をそらした。
 これは、黒だな。やましいことがなければ、目をそらしたりしないはず。

「本当に本当に本当にほんっとーに? 神に誓って?」
「……」
「もう、疲れたなら疲れた、無理をしたなら無理をしたって、ちゃんと言ってくださいな。そうしたら、私はごめんなさいとありがとうが言えるもの。嘘をつかれたらそれもできない。ごまかさないで」

 ルイスは私をじっと見たまま沈黙する。
 私は眼力をめいっぱいこめてルイスを見返した。今なら目からビームが出せそうだ。

 じりじりと目から裁きの光線を送り続けると、やがて、ルイスは息を吐いて、諦めたように苦笑いをした。

「たしかに、ちょっと無理をした。昨日、泣いてたから」
「泣いてた?」
「うなされてたの、覚えてないか?」

 うーん。覚えているような、覚えていないような。
 寝ぼけながらルイスと話していたような気はする。

「それで、寝ずに番をしてくれたのですか?」

 ルイスは言葉にするのをためらうように小さく口を動かしたあと、嘘をつくことをやめたのか、素直にうなずいた。

「そうだよ。怖い夢を見たら起こすって、約束したから」

 損な性格だ。本当に。
 それで、未来は破滅かもしれないのだから、浮かばれない。

「ありがとうございます。ありがとう、ルイス」
「……どういたしまして」

 胸の奥がじくじくする。
 詰まったように苦しくなって、たまらなくなるような、不思議な気持ち。

 もしも、夢の通りにこの人がなにもかもなくしてしまったら、私はなにもしなかった自分を責めるんだろうな。
 私は知っていたのに、って。

「私、ルイスに出逢えてよかった。このご恩は、必ずお返しします」

 しっかり頭をさげて、お子様ランチに向き直る。

 家に帰ったら、考えることがいっぱいだ。
 私はこれからどうするべきか、どうしたいのか。
 どうやって動かしていくべきか。

 ルイスとレネとアルバトロスの関係も複雑だけど、とにもかくにも、アルバトロスの死を阻止しなければ。
 すべてはそこから崩壊する。

 人生は一度きりだ。失敗はできない。

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