
「とりあえず、ルイスは寝てきてくださいな」
しっしと手で追い払う仕草をすると、ルイスは目をまるくして笑いながら肩をすくめた。
「あとでそうするよ。リィルも起きたし」
「……寝坊してごめんなさい」
「いいよ。よく眠れたみたいで安心した」
聖人がこの世にいたら、こんな姿をしている気がする。髪も金ぴかだし、首に宝石までついているし。
もぐもぐと咀嚼していると、カウンターに頬杖をついていたアルバトロスと目が合う。にこーっと、アルバトロスは胡散臭く笑った。
「…………なにか用ですの?」
「いんや? 将来いい女になりそうだなーって。俺、唾つけとこうかな」
食べていたチキンライスを吹き出しそうになって、あわてて飲みこんだ。グホッと変な音がした。
「……大丈夫か?」
ルイスがさっと水をさし出してくれたから、コクコクうなずきながら水を受け取って一気飲みした。
「うっ、けほっ、なにを変な冗談を……」
「まぁ、冗談だけどさ」
冗談なのかい。
悪びれもせずに答えるアルバトロスを睨み、弄ばれた乙女心を抱えて憤慨する。
「私だって、軟派な男の人は嫌ですもの」
ぷいっと、反抗心を燃やしてみる。弄ばれた復讐だ。
「おっ、リィルちゃんは硬派な男が好きなのか」
「硬派……」
ルイスは硬派に入る?
うーん……どちらかというと硬派か。軟派なイメージはないし。でも誰にでも優しい男は硬派なのだろうか……。
ここは正直に私の好みを。
「真面目で誠実な人が好きです」
「ふーん。具体的には?」
「えっ。えーと……面倒見がよくて、優しくて、努力家で、頭がよくて、それからかっこよくて……」
あとはなんだろう?
指折り数えて首をひねると、アルバトロスがニヤッと笑った。
「それって、ルイスみたいな?」
地雷スイッチを踏まれ、私は爆破した。

「なっ、なっ」
「リィルちゃんの好きなタイプって、ルイスじゃん。なぁ?」
図星っ。あまりにもわかりやすすぎた私の好み!
「……なんで俺にふる」
ルイスが迷惑そうな目をした。心に百万のダメージを受けた。
「る、ルイスだなんて、一言も言っていませんものっ。そういう人って言っただけですものっ」
「わかったわかった。じゃあ他には?」
「他に?」
「そう。他になにか好みとか」
「えっと、えっと」
あまりルイスを連想しないもの。なんだろう……。
「せ、背が高い人!」
「背?」
「そ、そうっ。180越えるくらいの!」
ちなみにこれは、夢のなかのルイスの背が高かったからだ。
今のルイスは夢のなかのルイスほどは高くはない。私よりもずっと大きいけど、お兄さまより低いから170ちょっとだと思う。
本当は身長なんてなんでもいいんだけど、ルイスのイメージから離れさせるには有効なはず。
まぁ、夢のなかのルイスだからルイスなのだけど。どこまでもルイスルイスルイス。私のなかにはルイスしかない。頭のなかはお花畑だ。
「そりゃまた具体的な。そういう人がいるのか?」
「えっ」
身近に?
うーんと考えて、思いつく。お兄さまがこの条件にすべて当てはまるのでは?
「えっと、いるといえば、います」
実の兄だけど。
「……へぇ」
アルバトロスが探るように目を細めた。ええっ、なにその不満そうな返事。
「でも今180越えてるってことは、けっこう歳離れてるんだろ?」
「九個離れてます」
「そりゃだいぶ離れてるな。だいぶ」
そりゃあ、間にお姉さまがいるからね。私は末っ子だ。今のところ。
「ふぅん。なるほどねぇ。ほーん」
なんだその意味ありげな目は。適当なこと言ってるのがバレた? 私はアルバトロスの視線から逃れ、ごく自然に、話の種をばらまく。
「と、ところで、ルイスたちは、どうしてアクアバースに?」
ルイスが小さく笑って、ばらまかれた種に水を与えてくれる。
「黒い石を探してるんだ」
「黒い石?」
「そうそう。真っ黒の石の真ん中に、赤い模様が散ってる。リィルちゃん見たことない?」
黒い石に、赤い模様。
私のコレクションのなかにもなかった気がする。かなりのレアものか。
「赤い模様って、どんなのですの?」
「どんな? うーん、血?」
血っ?!
なんて物騒な石なんだ。そんな石を探してるなんて、悪い魔術でもするんじゃないだろうなっ?
「変な言い方するな。普通に、こう、稲妻型に模様が入ってるらしい」
「らしいってことは、見たことないんですの?」
ルイスとアルバトロスが言葉に詰まった。
「違うんですの?」
「いや、まあそうだよ。俺たちもじっくり見たことはない。探してほしいって頼まれてるんだ」
探してほしいって、頼まれた?
私のライバルか!
まだ見ぬ石コレクターに闘志を燃やす。
「アクアバースにそれらしきものがあるって情報をつかんだんだ」
「そうそう。それと、剣も探してる」
「……ああ、そういえばそうだったな」
「なに忘れてるんだよ。おまえのだろ」
「剣?」
ルイスの剣って、大ダコと戦うときに出していたあれ?
「剣なくしちゃったんですの?」
ルイス手首を見ながら首をかしげると、ルイスが苦笑しながら首を振る。
「あの剣じゃないよ。えーと、なんだったか。柄のところに五つの石がはめこまれている長剣?」
……五つの石がはめこまれた、長剣?
さっと、洞窟の光景がよみがえり、嫌な汗がじわりとにじんだ。
「一目見たらわかるって言ってたよな。普通の剣とは違う輝きをしてるって。石には模様が入っているらしい。リィルちゃんそういうの見たことない?」
「……記憶にひとかけらもないです」
「剣とか縁なさそうだもんな」
カラカラと笑うアルバトロスからサッと視線をそらしてお子様ランチをむさぼった。
キラキラした剣。五つの石に不思議な紋様。
どう考えても、あの剣だ!
私が壊しちゃったかもしれない、海に沈んでいた剣! あれ、ルイスの剣だったの?!
私は必死に記憶の扉を探った。
だめだ、思い出せない! 今すぐノート! 夢日記!
「あの」
「うん?」
「えぇと……その……ルイスたちは、どのくらいアクアバースにおりますの?」
ルイスは目をまるくした。
バレバレか。あわよくばもう一度会おうとしている下心が丸見えか。
「ひと月、はいないと思うが、数週間はいるんじゃないか?」
数週間か。あいまいすぎて微妙だ。
「二十日以降も、います?」
「二十日? いると思うが……」
なら、セーフ。
「二十日になにかあるのか?」
「いえ、とくになにも」
しれっとウソをついた。
二十日以降もいる。ということは、私は誕生日を迎え、地上へ行けるようになる。
ルイスたちが探しているっていう黒い石、私も海のなかで情報収集しよう。世界の頂点に立つ海の使族だもの。なにか手がかりがあるかもしれない。
そして、それを手土産にして、ルイスに『優秀なお友だち』と思ってもらうのだ。
迷子の子どもからなんとしても昇格しないと!
闘志を燃やしながらお子様ランチを食べていると、外から美しい音色が聴こえてきた。
「わぁっ、綺麗な音。ここは楽器を弾ける人が多いんですのねぇ……」
「ルイスもバイオリン弾けるぜ」
えっ! それは初耳だっ。夢にも出てなかったレア情報。
期待をたっぷりこめてルイスを見る。眩しい。ルイスの体の線をなぞるように不思議な光がキラッキラと輝いている。
バイオリンを奏でるイケメン剣士……。いい。とてもいいっ!
「おいアル」
「なんだよ、いいじゃん。めったに弾かないけど、これがけっこう上手いんだぜ」
「えええっ。そうなんですのね。すごいっ。どんなのを弾くんですの?」
「俺は……まぁ、いろいろか?」
答えになっていないが?
胡乱な目を向けていると、アルバトロスから助けが入る。
「ルイスの一番アレだろ。海のメイディーナ」
知らない曲だ。
「どんな曲なんですの?」
「あれ、知らない? けっこう有名だよ。たまに劇になってたりするし。昔のお姫様の恋愛もの」
「そんなのがあるんですのねぇ」
劇もあるんだ。おもしろそう。
地上へ行けるようになったら、観劇とかもしてみたい。
「まっ、だれが作ったか不明っていう、曰くつきの曲だけど」
にたぁっと、アルバトロスが笑う。
「曰くつき……?」
「そ。かなり古い曲らしいけど、最近またブームになってるんだとか。で、作曲者は不明。しかもさ、ラストがぐっちゃぐちゃに書き殴られてるとかで、未完成な曲らしい。原本には血がにじんでた、なんてウワサまであるんだぜ?」
えっ、えっ。まさか、怖い話っ?!
「最初は柔らかな優しい曲なのに、最後は激しい悲しみの曲に変わって、ブツンっと、曲が途切れてるんだとか」
ひえっ。なにそれ。こわっ。
そんな曲が一番好きだなんて。ルイス……。
そっと、ルイスを見た。目が合うと、ニコッとほほ笑まれる。
「今度弾こうか?」
「い、いえっ。大丈夫です」
ぶんぶん首を横に振って、拒絶を示す。
断りはキッパリ、ハッキリと。
「ルイスはその曲をオリジナルアレンジしてるから、そんな怖くねえって」
「そ、そうなんですの」
いや、でもなんか怖いじゃないか。聴いたら呪われる曲かもしれないし。
ルイスの趣味はよくわからない……。