ピッコマノベルズで『箱入りお嬢様は溺愛政略結婚』連載予定です!

2 海の使族

 あの夢の『海の使族』はどういう存在なのだろう。現実の海の使族と同じ?

 同じだとしたら、海に住んでいるの?

 現実の海の使族……というより、私たちは海底暮らしだ。

 私が今いるこの部屋も海のなか。
 とはいっても、私の家、クラッド家の住む街は少し変わっていて、街全体が海水でおおわれないように海のなかを割っているから、私の部屋にも家にも水はないのだけれど。

 私たち海の使族は、海を自由に操ることができる特別な種族らしい。

 でも、地上に住む『地上人』たちと見た目にほとんど違いはないって、地上に行ったことのあるお兄さまたちが言っていた。人も二本足で歩くし、目は二つで鼻は一つで口も一つ。耳は二つ。
 つまり、海に入れるか入れないかが海の使族と地上人を分けている。

 海の使族はたくさんの法律をつくって、世界を守っているって勉強した。
 そんな海の使族を、地上人は尊び、敬服していると。

 つまり、海の使族は世界の平和を守るスーパーヒーローというわけだ。

 そう。スーパーヒーローのはず、なのだけれど……。

 またチラリとノートを見る。

『ルイスがなにかを発見。海の使族と言っていた』
 と書きなぐられてある。

 どうして、ルイスの大切な仲間たちが全滅した現場に、海の使族が……。
 ううん、あれは夢だもの。
 私の、「ルイスといっしょに生活したい!」願望のせいだろう。思いが強すぎて夢に出てきちゃったんだ。特別出演、ご褒美タイムだ。

 と、思うものの、なんだか胸がスッとしない。

 だって、あの夢、夢にしてはすっごくリアルというか……。設定がしっかりしてるというか。起きることが一貫してて矛盾がないんだもの。
 だから、夢だけど、どこかにある別の世界みたいな感じでいたんだよね。

 ……それに。
 ルイスたちの仲間をおそった犯人、わかっていないんだよね……。

 まさか。まさかと思うけれど、海の使族ってことは、ないよね……?

 あのふしぎわくわく世界は、まさか、本当の地上……?

 いやいやいや。そんなまさか。
 体に石がある人なんていたなら、きっと海底にいるはずだもの。地上人がふしぎな力を使えるなんて聞いたこともない。
 夢なのだから、私の欲が変な形で反映されてしまったのほうが、よっぽど納得できる。

 私は鼻で笑いながらバカな考えを手で追い払って、ノートをとじる。
 そして、枕元に置いてあるコレクションボックスの引き出しに指先を当てると、認証して鍵を外した。
 ノートをそのなかにしまって、引き出しをしめる。自動で鍵がかかった。

 大丈夫。
 しょせん夢だもの。

 ルイスのいる夢のなかに海の使族が登場したって、喜べばいいんだ。
 もしかしたら、ついに私が登場して、ラブラブになっちゃうかも!? なーんて夢想して、ため息をつく。

 あのあと、ルイスは唯一生き残っていた美女の仲間と、ラブラブの関係になる。
 ラブラブというのは私の予想だけど、たぶんそうなる。

 仲間がいなくなって、残された二人は、身を寄せ合うようにして体を支え合っていた。ルイスは美女の肩に手をおいて抱き寄せていたし、あれはぜったい、くっつく。
 多くの物語を読んだ乙女の勘がそういっている。

 虚しいから考えるのはもうやめよう。

 それよりも、今日は探検だ!
 それから、お父上さまに私の十三歳のバースデーパーティーのことで、話しておかなきゃいけないことがある。

 そうだ。ついでに、地上に『渡り鳥』がいるか聞いてみよう。
 ルイスたちは空飛ぶ船に乗って旅する、渡り鳥という集団に所属していたし、それを聞けばなにかわかるはずだ。

 もしもいるって言われたら……。
 ……そのとき考えよう。

 そうと決まればと、ふわふわの布団から出る。
 床に足をつけて、起きたことを知らせる貝殻の形をしたボタンを押すと、身支度を手伝ってくれるメイドがやってくる。

 衣装部屋を開けて、いっしょに今日のお洋服選びをはじめる。
 とはいっても、だいたいピンク地に白いフリルがたくさんついた、後ろだけ丈が長いフィッシュテールのワンピースだ。袖はないけど、二の腕のあたりにフリルがあってかわいい。

 もちろん海のなかを泳ぐので、ワンピースといっても、スカートのボリュームを内側から支えるフリルたっぷりのドロワーズがくっついている、スカートに見せかけたズボンみたいな感じだ。
 泳いでるときに、後ろだけ長いスカートがヒレのようになびいて、魚たちからも綺麗だと評判。

 選んだピンクのドレスを着てドレッサーの前に座ると、メイドのサラが私のミルクティー色をした長い髪を丁寧にとかしてくれる。
 毛先のゆるいウェーブも、より綺麗に見えるように整えて、右耳の上に魚のヒレを象った青い髪飾りをつける。
 そして最後に、親指と人差しの指のあいだに顎をつけて、全身鏡に向かって決めポーズをとる。
 うん、今日も完璧だ。

「リィル様。本日のご予定ですが……」
「えっ! 今日は探検するって、言ったはずですもの」
「ですから、帰られたあとです。ダンスに歌にハープの練習。それから一般教養とマナー、歴史に地上のルール、それから……」

 まだまだ続きそうな予定を右から左に聞き流して、ダッシュで部屋を出る。
 そのまま広い廊下を走り続け、お父上さまの執務室についたところで、流れるような速さで認証版に手をのせる。
 すぐに認証されて、部屋の扉がひらいた。

「お父上さまっ、おねがい、が……」

 ウキウキと話しかけて、言葉が止まる。
 お父上さまの執務机の上に置かれている、巻貝の形をしたオーロラ色の映写機。それが、空中に、ひとりの男の人を映し出していた。

 金色の髪に、緑の瞳。スッと通った鼻筋に薄いくちびる。
 私が知っているよりも、若く見える。けど。変わらず、神もびっくりするような『美』の輝きを放っている。

 いや、でも、そんなはずが。

 ぎこちなく視線を動かして、その人の下にある文字を見つけた。ひゅっと、息を飲んで、呼吸が止まる。
 だって、そこには。

風碧かざみどりルイス──特別危険人物認定』

 と、書かれていたのだから。

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