ピッコマノベルズで『箱入りお嬢様は溺愛政略結婚』連載予定です!

27甘い誘惑

 な、なに、なにが起きたの?!
 この大きな美しい獣は、さっきの小さかったあの子?

 状況を把握しようと大混乱の頭を落ち着かせていると、ふと、白銀の大きな子のおなかから、血がしたたり落ちているのに気づいた。
 やっぱり、あの子だ。傷口、塞がってないのに。

「ぷ、プリティちゃん、傷が!」
「……プリティちゃんって、まさか僕のことですか」
「な、名前がわからないから……」

 白銀の獣からうろんな目が向けられた。

「まぁ、たしかに僕はかわいいですけど」

 認めるんかい!
 心のなかでツッコんでいると、プリティちゃんを見た緑髪の男は一歩後ろに足を引いた。

「はは。まさか、そんな力をもったバケモノだったとは」

 そのまま、私たちから距離をとるように一気に後ろに飛ぶ。
 そして、ハットを押さえたまま、帽子の隙間から憎々し気に私たちを睨んだ。

「失態を犯したんだ。……試してみるか。どうせなら、あの方の未来の、礎に」

 血走った目が、白銀の獣を超えて私を見た。
 夢のなかの、あの、憎しみにこもった血走った瞳が、ふっと男にかぶさる。

 背中にゾクっと悪寒が駆けぬけた。なんだろう。なんだか、すごく嫌な予感がする。

 緑の髪をした男は、ポケットからなにかをとりだした。手のひらに、コロンっと収まるくらいの大きさの、石。真っ黒のボディに、赤い稲妻模様が散っている。

「それ……」

 私がルイスに渡した、黒い石。

 どうして、この男がもっているの?
 ルイスは、探すように頼まれたって言っていた。まさか、この人に渡すために、黒い石を探していたの?

 でも、この人は、オークションの関係者だったはず。どういうこと?

 混乱しているあいだに、男は腰のナイフを手に持ち、自分の手の甲をナイフで引き裂いた。皮膚が裂け、血があふれ出す。
 そして男は、手の甲から滴り落ちる血を、黒い石の上にたらした。

 その瞬間、黒い石が、禍々しい強い光を放って、黒い煙幕のようなものを吹き出す。

「な、なに?!」

 おどろいていると、黒い煙が白銀の獣に直撃した。苦しそうにうめいたと思ったら、大きな体がしゅるしゅると小さくなっていく。

「プリティちゃん!」

 小さかった姿になってしまったプリティちゃんは、地面に倒れこんで、浅く呼吸をしていた。
 血を流しすぎた? それとも、あの変な煙?

 石から噴き出した黒い霧が、空に登って森の上空を埋めつくすように広がっていく。
 月明かりを、真っ黒の雲がおおい隠した。
 森の動物たちが、ギャアギャアと不快そうに鳴く。不気味な風が、皮膚をうすくなでるように駆けぬけていった。

 森の様子がおかしい。

 緑の髪をした男が、「ぐぅ」とうめいて石を落とした。地面に手をついて四つん這いになって、苦しそうに喘いでいる。

 ど、どうしよう。助けたほうがいいの?

 とりあえずプリティちゃんを両腕に抱えて、男の様子をうかがう。

 男はさらに苦しそうにうめいたかと思うと、とつぜん背中から黒い煙を吹き出した。黒い煙に飲みこまれるように、どんどん体が大きくなっていく。
 手に巨大な爪が生え、口には鋭い牙。顔つきがクマのような獣に変わり、首が伸びて、顔が二つに分裂する。

 ひゅっと息を飲んだ。

 なにこれ……。人が、獣に変わっている?

 真っ黒い逆立った毛をした二つの首を持つ未知の生きものは、大きな咆哮をあげると、私をじろりと睨みつけ、そのまま流れるような動きで、巨大な前足を振り上げる。

「ひっ!」

 とっさに、私を守ってくれた小さな体を守るように、ぎゅうっと抱きしめる。
 痛みを覚悟してぎゅっと目を閉じたそのとき、一陣の風が駆けぬけた。金属がぶつかるような音が響いて、獣の咆哮が響く。
 痛みがない。それに、濁った空気を鎮めるような、いい香りがする。

「……大丈夫か?」

 耳にこびりついている、穏やかで心地のいい声。ひゅっと、息を飲んだ。

 首が取れるような勢いで顔をあげる。

 私の前に、獣の爪を剣で受け止めている金色の髪をした王子さまがいた。
 ……夢?

 一瞬、そんなことを思った。
 だって、あるはずないもの。ルイスが助けにきてくれるなんて。

「……血が……」

 夢のなかの王子ことルイスは、私の服を見て目を瞠ると、前を向いて巨大な獣の前足を剣で弾き飛ばした。

 剛腕すぎる。
 私がおどろいているあいだに、ルイスは私をひょいと抱えると、そのまま空へと急上昇した。
 ゴウゴウと風を切る音がして、キュッと目を閉じる。

 助けに来てくれた?
 どうして?

 私は、嫌われてなかったの?

 獣が飛びあがっても届かないような高い場所まできて、ルイスはあらめて私を見た。

「ケガをしているのか?」
「あ。この血は、この子の……。お医者さまに見せないとっ」

 抱えていた、白銀の毛を持つプリティな生きものをルイスに見せる。ルイスは目をまるくして、まじまじとその生きものを見た。

「……この毛……まさかアノシシア族か? どうしてこんなところに」

 アノシシア族?
 聞いたことのない種族だ。というより、海の使族と人間のほかに、種族があるの?

「とりあえず手当をしよう。よかったよ、まだ出発してなくて」

 ルイスがそう言って、ぐっと向きを変える。
 森の奥に向かっているから、レイヴンの船に行くのだと思う。
 私はルイスの腕に抱かさりながら、胸に引っかかっていることを言葉にした。

「ど、どうして、助けてくれたんですの?」

 ルイスは空中を飛びながら私を見下ろした。

「森の様子がおかしいことに気づいて、空から見てたんだ。そうしたら、リィルがいたから」
「そ、そうじゃなくて」
「うん?」
「わ、私のこと、嫌いになったんじゃないんですの?」

 嫌いなのに、どうして助けてくれたの?
 いや、ルイスなら、嫌いでも助けるのかも。そういう人だもの。

 腕のなかのふわふわな感触をきゅっと抱きしめる。
 ルイスは私を見て、ふしぎそうに首をかしげた。

「どうして?」
「だって……。違法オークションにいたから……」
「そんなこと言ったらお互い様だろ? 俺もあの場にいたよ。リィルが競ってた相手が、俺だよ」
「え……ええ?! そうだったんですの!?」
「うん」

 ルイスがおかしそうにクスクスと笑う。
 まさか私はルイスの邪魔をしていたのか?!

「まぁ、おどろいたのはたしかだけど。行動力に。まさか、石の場所を突き止めて、闇オークションにくるとは思ってなかったから」
「う……」

 ルイスはわからないかもだけれど、下心の悪魔のパワーはすごいのだ。

「だから、うかつに黒い石を探しているなんて言ったことを後悔したよ。子どもの行動力を侮ってた。俺たちのせいだろ? あんな場所に行ったのは」

 ルイスたちのせいというより、私の下心のせいというか。

「あのとき……連れて行ったほうがよかったんじゃないかって、ずっと考えてた」
「なんの話ですの?」
「オークションに関わっていた奴らが捕まったと聞いた。リィルの家は商家だろ? ……家がとり潰されたりとか……大丈夫だったか?」

 ルイスが言いにくそうに口を動かして、私から気まずそうに視線をそらす。
 たしかに、あの場に商家がいたら、海の使族の許可は取り消されるだろうし、家は一気に没落だろう。

「森にいたのは、やっぱり、あれか? 追われているとか……」

 ん? もしかして、盛大な勘違いをしている?!
 ルイスがジッと私を見下ろす。

「行くところがないなら、いっしょに来るか? 俺たちと」

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