ピッコマノベルズで『箱入りお嬢様は溺愛政略結婚』連載予定です!

28黒い石の秘密

 呼吸が止まった。

 ルイスの言葉を反芻しては、頭のなかで祝福のベルが鳴り響く。

 私はめいっぱい目をひらいて、ルイスを凝視した。

 嫌われていなかった?
 それどころか、いっしょに来てもいいと、そう言ってくれている。

 心の奥から、くすぐったくなるような感覚が湧き上がってくる。

 うれしい。けれど。

 私は下心の悪魔と格闘し、ボロボロになりつつもなんとか勝利を収め、ルイスに向かって小さく首を横にふった。

「お、お家は大丈夫ですの。森にいたのは、その、ルイスたちがもういなくなってしまうと思ったから、お別れのごあいさつをしたくて」
「……そうだったのか」
「し、心配してくださって、ありがとうございます。でも、その。私は、いっしょには行けません」

 私がいっしょに行ったら、絶対お父上さまが地の果てまで追いかけてくる。迷惑の塊になってしまう!
 そして私は海の使族だとバレ、「この厄災が!」と、罵られる可能性がうっすら見える。いや、ルイスたちはそんなことは言わないだろうけれど。でもでも、ルイスが仲間たちに責められてしまうかもしれない。
 私はルイスの迷惑にはなりたくない!

 それに、ルイスたち崩壊事件に海の使族がかかわっている可能性があるなら、私は、なかから探りをいれたい。

「うん。いいところのお嬢さんだもんな」

 ルイスはホッとした顔に、少しだけ寂しさを浮かべて笑う。
 胸がきゅんっとした。でも同時にちょっと心配だ。ルイスはお人好しだから、困っている人がいたらすぐに「いっしょに来るか?」と誘いそうだ。
 たしかに、夢のなかのレイヴンは人数がもう少し多かった気がする。今は二十人もいないくらいだったかな?

 夢のなかでは、女の子はレネだけだったけれど、この感じだと、いっしょに旅したあと、痴情のもつれで下船なんてことがありそう。罪な男だ。まったく。

 じっとりとルイスを見ていると、やがて渡り鳥レイヴンの船が見えてくる。

 すぐにルイスは甲板に降り立つ。私たちを囲うように、人が集まってきた。

「なにがあった?」
「あれ。この子、このあいだの子か?」
「げっ、血が出てるじゃねえか! おーい! 医者!」

 矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。
 船内から出てきたお医者さまが、気を失っているプリティな生きものを船内へと連れていく。

 ルイスが私の横でしゃがみこみ、落ち着かせるように背中をなでてくれる。

「それで、なにがあったのか、くわしく話せるか?」

 私は深くうなずいた。森のなかで、さっきのプリティな生きものに出会ったこと、すでにケガをしていたこと、オークション関係者の男に襲われそうになったことを、なるべく順序立てて話す。

「そ、それで……男の人が、黒い石に、血を……。そうしたら、空が変になって……っ。ひ、人が……獣に……」

 あの異常な光景を思い出して、小さく体が震えた。
 甲板がざわッとゆれ、各々意見を言いあう。
 私のとなりにしゃがみこんでいたルイスが、むずかしい顔をしてつぶやいた。

「黒い石……? どういうことだ? だって、あれは俺たちが回収したはず」
「ルイスが渡したんじゃないんですの?」
「渡さないよ」

 そ、そうだったんだ。ルイスが渡したわけじゃなかったんだ……。よかった。
 最後に胸に引っかかっていたつっかえがとれて、ほぉっと息をはく。

「じゃあ、黒い石は二つあったってことですの?」

 ルイスがハッとした顔で私を見た。

「……そいうことか。まずいな。あの石は、生態系によくない影響を及ぼすらしいんだ」
「そうなんですの?」
「俺たちもすごく詳しいわけじゃないが、生きものが黒く染まって、凶暴になるらしい。実際に黒く染まった生きものなら、見たよ。俺たちでも、正直かなり苦戦する強さだった」
「生きものが、黒く……?」

 ふと、あの巨大な大ダコを思い出した。黒いまだら模様をしていて、海の使族に襲いかかってきたタコ。

「だけど、人が獣になるのは聞いてない」
「石から、黒い煙みたいなのが噴き出て、男の人が苦しみだしたと思ったら、形が変わったんですの」
「石は、まだ森に?」
「は、はい」

 ルイスが小さくうなずいて、ふわりと浮きあがる。話を聞いていたレイヴンの面々も、ひょいひょいと巨大な柱をのぼっていった。

 すぐにもどってきたルイスは、険しい顔をしていた。

「ど、どうでしたか? あの、私も……」
「見ないほうがいい」
「でも……」
「森の動物たちが暴走している。たぶん黒い石のせいだろう。血が関係あるのかわからないが、街のほうへ向かっている」

 ひゅっと息を飲んだ。

「すぐに街の人たちに、伝えないと……!」
「そうだな。それから、街の手前でできるかぎり抑えたい。おい、おまえら」

 ルイスが声をかけると、マストにのぼっていた面々は、好戦的な笑みを浮かべて武器を手にとった。
 剣に斧にハンマーにレーザー銃。

 まさか、戦うつもり?!

 みんな喜々として船を飛びおりていく。怖くないのか。勇敢すぎる。勇者の称号を授けたいくらいだ。

 ルイスもそれに続こうとしていたから、とっさにルイスの服をつかんだ。ルイスがふり返って、小首をかしげる。

「あのっ。私も、なにか……」
「危ないから、ここにいて」

 ふわっと、大きな手が頭の上にのせられた。
 そのままルイスは私の手から服をスルリと引きぬくと、先に行った仲間を追って船を降りてしまった。

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