ピッコマノベルズで『箱入りお嬢様は溺愛政略結婚』連載予定です!

29ベオ・キラー

 甲板に取り残され、ひとりおろおろと動き回る。
 私も降りようとしてみたけれど、透明なシールドに阻まれた。そうだった。船体には見えない壁があるんだった。しかも、私じゃ開閉できない。

「……なにしてるんですか。いいんですか、こんな場所にいて」

 生意気そうな口ぶり。私はパッとふり返って、目をまたたく。

「え。だれ?!」
「はぁ? 失礼な人ですね。ベオです。ベオ・キラー」

 存じ上げませんが?
 私より少し高い身長。白銀のふわっふわのやらわかそうなショートヘア。目は金色で猫目っぽい。天使の羽根みたいに、瞳を長いまつ毛が守っている。
 見ていると目が溶けてしまいそうな美貌。
 白いふわふわのファーがついたケープが、風でなびいている。

 わかった。天使だ。天上にいるというキューピッド。悪戯に恋する矢を突き刺す、ちょっと小悪魔な天使だな?!

「これでいいですか」

 そう言いながら、天使はぺらっと自分の白いシャツをまくっておなかを見せた。

「うわぁ?! って、その傷……」

 おなかに四本の傷。引っかいたような、痛々しい跡。塞がりつつあるけれど、生々しさの残るそれは、私が必死に押さえていた傷にそっくりだ。

「まさか、あなたプリティちゃんなんですの?!」
「その呼び方やめてください。ベオです。ベオ・キラー。あなた、海の使ぞ……」
「うわぁぁあ!」

 私はプリティちゃんことベオに突撃して口を塞いだ。
 私の突進がすごすぎたのか、ベオは私ごと後ろに倒れて頭を床に強打していた。

「いっ。なんなんですか、イノシシなんですか」
「お、大きな声で言わないでくださいな! だれか聞いてるかも!」
「はぁ? なにを」
「う、海の使族だって……」

 小さな声でひそひそと話す。
 ベオはただでさえまるい瞳をさらにまるくした。

「は? まさか、ここの人に言ってないんですか」

 私はコクコクうなずく。

「どうして」
「……き、嫌われちゃうから……」
「嫌われるって、どうして」
「て、敵、だから? あとは、海の使族は恐怖政治をしているとか……」

 小さな声でそう答えると、ベオは鼻の頭を中心に顔中のしわを寄せた。

「あなた、なにも知らないんですね」
「え?」
「今いくつですか」
「じゅ、十三」
「はぁ? ガキンチョじゃないですか」
「ガキって、あなたも同じくらいでしょう?」
「失礼な。僕はもう五十は超えてますよ」
「は?」

 私はまじまじとプリティな顔を見た。
 肌はつやっつやできめが細かく真っ白。身長は私より少し高いくらいで、天使の容姿。かわいい顔をしているけれど、たぶん男の子?

「お、おじいちゃんなんですの……?」
「はったおしますよ」

 ベオのこめかみに青筋が浮かんだ。

「僕たちの寿命は四百年ありますから、じゅうぶんピチピチです」
「四百年!?」
「なにおどろいてるんですか。海の使族なんて、数千年生きられるでしょう」
「へ?」

 ぽかんと口をあける。
 数千年? そんな話は聞いたことない。海の使族の寿命はだいたい百五十年くらいだったはず。地上人とほとんど変わらない。

「その顔……。あの話は本当だったんですか」

 ベオはしずかに目をそらした。

「まぁ、いいです。今はこの状況をなんとかしないと、さっきの人たち、死にますよ」
「え」

 さっきの人たちって、まさか、ルイスのこと?

「ど、どうしたらいいんですの?!」

 ベオはチラリと横目に私を見た。そして上から下までなめるように見る。

「浄化の石があれば」
「浄化の石?」
「青い石です。中心に、金色の光が入っている、特殊な石ですよ」

 青いボディに、金色の光が入っている石……。
 すぐに頭に稲妻が走った。パウロが見つけてくれたお宝!

「あ……!」
「もっているんですね」
「もってはいないんですけれど、見たことはあります」
「黒い石に、浄化の石を重ね合わせることで、黒い石は消滅するんです。そうしたら、きっとこの暴走も……」

 そうだったんだ。
 じゃあ、一刻も早くあの石をとってこないと!
 さっそく外に飛び出そうとして、思いっきり壁に頭を打ちつける。

「いったっ!」

 そうだった。シールドがあるんだった。しかも私じゃ開けられない、強力な檻。
 どうにかして壊せないかと、シールドをこぶしで叩く。びくともしない! そりゃあそうか!

「こらこら、どうしたってんだ。ルイスに待ってろって言われなかったのか?」
「アルバトロス! さん」

 ナチュラルに呼び捨てしてしまって、両手で口を塞ぐ。アルバトロスは気にした様子もなく、軽くウィンクをして船縁に背中をあずけた。

「アルバトロスでもアルでも、お好きにどーぞ。で、そんなに暴れてどうした。パンケーキでも食うか?」
「えっ」

 一瞬心がゆれて、となりのベオから凍てつく槍のような視線が向けられてハッとする。

「石をとりに行きたいんですの」
「石?」
「青い石です」
「……もってんのか」

 すぐに理解したらしいアルバトロスが表情を引き締める。

「もっているというより、場所を知っています」
「どこにある?」
「そ、それは……」

 海のなか、とは言えず口ごもる。
 アルバトロスはじっと私を見て、にっこり笑うと、透明なシールドに手をかざした。

「行っていいぜ」
「え」
「ルイスには、どやされるだろうけど。言いたくないことなんだろ? アノシシア族がいっしょなら、たぶん大丈夫だろう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、傷ひとつつけないこと。守れるか?」
「が、がんばります!」

 となりのベオが、なにかをつぶやいて、体を白銀の狼のような獣の姿に変える。身を低くしたから、のれってことなのだろう。
 私は絹のような毛をよじ登った。ベオの首周りにある、ふわっふわの襟巻のような毛にしがみつく。

「舌噛みますよ。口あけないでくださいね」

 ぐぉんっと体が吹き飛ばされそうになって、身を低くしてしがみつく。は、はや! 一瞬で森を駆けぬけ、崖から大ジャンプをする。下はすでに海。

 って、海! ベオ入れるの?!

「し、シーア・レディーレ!」

 早口で呪文を唱えるのと、ベオが海に突っこむのは同時だった。
 せ、セーフ。間に合った。

「もう、海に入るなら入るって、言ってくださいな」

 ベオはしゅるしゅると小さくなって、人の形にもどってしまう。そして、今度は私の肩におぶさってきた。

「多少は平気なんですけど、まぁいいです。海はあなたの得意分野ですよね。早く案内してください」

 ふてぶてしいが、かわいいので許す。
 私はベオを背負ったまま、海を蹴り、海底を目指す。ひとまず、アクアドリームの近くにある、パウロの住処に行かないと、石の場所がわからないのだ。

 ぐんぐん泳いでいくと、街が見えてきた。

「へぇ。ここが、海の使族の街」
「はじめてですの?」
「伝説で聞いたくらいですね」

 伝説になっているんだ。アノシシア族って、いったいなんなんだろう?

「ねぇ、ベオ」
「……前からだれかきます」
「え」

 海底でいったいだれが? と、前を見て、ギョッとする。やわらかな私に似た栗色の髪。そして青い瞳に、白いローブのような服。
 ま、間違いない! お兄さまだ!

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