
海水から顔を出したところで、お兄さまもついてきていることに気づき、じろっとお兄さまを睨む。
「お兄さまはこないでください」
「却下」
「……ルイスたちには、海の使族だってヒミツにしているんですもの。お兄さまのせいでもしもバレたら……」
ひょうひょうとしているお兄さまを睨み続ける。
「もう二度と、海には帰りません」
お兄さまの肩がびくりとゆれた。
そして、私に似た青い色の瞳で、じっと私を見つめてくる。
「……」
ジリジリと睨み合いを続けると、意外なことに、お兄さまが折れた。
「日が昇るまでに帰ること。帰らなかったら地上に行く」
私は水平線を見た。かすかに日が海を照らしている。
小さくうなずくと、お兄さまは巨大なため息をついて、海のなかに帰って行った。
私も安堵の息をはく。
とにかく、ルイスたちのところに石を届けなきゃ!
ベオの背中にのって、森のなかを駆ける。
背筋が粟立つような不気味な気配に、動物たちの遠吠え。ベオが、突進のような勢いと巨大な前足で動物たちを蹴散らしていく。
やっぱり、この獣、天使のような顔して悪魔みたいに強い……!
どうしてケガして倒れていたのかふしぎなくらい。
ベオの速さのおかげで、すぐにベオと出会った開けた場所に出た。そこでは、ルイスがあの黒い毛をした元人間の獣と戦っていた。
風をまとった剣で切り裂くけど、そのそばから傷が塞がっている。あの大ダコと同じで、再生しているみたいだ。
こんなの、どう考えてもルイスが不利だ。だって、ルイスは力を使いすぎると、倒れてしまうもの。
とりあえずこっそり石を浄化しようと、移動しようとすると、バチッとルイスと目があった。
ルイスはギョッとした顔をして、剣で思いっきり獣を弾き飛ばすと私に向かって怒鳴る。
「どうしてこんな場所にいるんだ!」
はじめてルイスに怒られた。
私は肩をすくめながらも、急いでポケットから青い石をとり出して、ルイスにも見えるように掲げた。
「い、石! これが必要だって、聞いたから」
その瞬間、ルイスと戦っていた黒い獣がターゲットを変えたみたいにこっちに突撃してきた。
「ひぃ?!」
「バカなんですか!? 相手を挑発して!」
「挑発!? そんなつもりじゃ……」
ベオがよけてくれて、危機一髪。でもものすごい速さで追撃してくる。どうしよう! ベオはケガしているのに!
すぐに風が吹きぬけ、私たちの前に文字通り飛んできたルイスが、剣で獣の重い一撃を受け止めた。
獣の動きを風のツルで拘束している。
「ルイス!」
「崖の近く、黒い石があるのがわかるか?」
ルイスのいう通りに視線を動かして、禍々しい黒を見つける。
「み、見えました! ベオ!」
ベオはすぐに駆け出した。
石の近くで私はベオから降りて、黒い石をとろうとしゃがむ。
ものすっごい禍々しいオーラ。触ったら呪われそう。
触れようと手を伸ばして、指先にまとわりついた、背中が凍るような冷たい感触に手を引っこめる。
な、なんだろう。死神の鎌が首筋にあたったような。
「直接触らないほうがいいですよ。僕もこの近くにいるの辛いです」
そう言って、ベオは距離をとった。しかもものすっごく遠い。薄情な!
私はそっと、ルイスを見た。押されてる?
風を操れて、ルイスは優位なはずだけど、疲れているように見える。
私はごくりと唾を飲んで、禍々しい石を見た。
そして、右手で青い石を持ち、左手で雫型のネックレスを握った。さっき、大ダコを倒したとき、このネックレスが光っていた。青い色をしているし、浄化の石と関係があるのかもしれない。
もう一度、おそろおそる黒い石に手を伸ばしてみる。
すると、ネックレスがぱあッと光った。その光に押されるように、石の禍々しさが少しおさまる。
今だ!
私は黒い石に青い浄化の石を重ね合わせた。
そのとたん、大ダコを射ぬいたときと同じように、真っ青の綺麗な光が溢れ出した。その光はどんどん広がって行って、木の隙間をかき分け、空へと昇り、暗雲をはらすように強く光り輝いた。
とっさに、ルイスのほうを見る。
ルイスと戦っていた獣は、動きを止め、石像のように固まっていた。足の先から、塵に変わっている。
その体が全部塵に変わったとき、緊張状態だったルイスがほぉっと深く息をはいて、剣をバングルにおさめた。
そして、くるりと体の向きを変え、私のほうへと走ってくる。

黒い霧が晴れ、日が昇りはじめていたから、ルイスの背後に太陽の後光が見えた。これが、ご来光ってやつか!
白馬に乗った王子さまのように光り輝いている。まぶしい!
手をかざしてしゃがみこんでいる私のそばにルイスもしゃがんで、両手で私の頬をおさえて顔をのぞきこんでくる。
急にルイスの顔が近くなってびっくりする。
「ケガは?」
「あ……、だ、大丈夫です」
「よかった……」
ルイスが安堵したように肩の力をぬいた。
「思っていたよりも、だいぶお転婆だな」
「う……。げ、幻滅しましたか?」
「幻滅と言うより、ひやひやする。いつもなにかに襲われているから」
たしかに。
ルイスに会うとき、いつもなにかに襲われている。私も最近おかしいなって思っているから、お払いに行こうか本気で検討しているよ。
「森の様子も、もどっていくな」
ルイスがふと顔をあげた。
空気が澄んだような感じがするけど、それのことを言っているのかな?
私も空を見て、森の奥を見て、ルイスに視線をもどして、ギョッとする。
「け、ケガ!」
ルイスの腕の服が破け、かすかに血がにじんでいた。
「し、止血しないと!」
ケガはあるか聞いてきたくせに、自分がケガしてるんじゃないか!
スカートを引っ張って、裾をルイスの腕に押しあてる。ぐいぐい押し当てて止血していると、ルイスがジーっと見てきていることに気づいた。
スカートで止血なんてはしたなかっただろうか。でも、そんなこと言っている場合じゃないし。
ルイスの顔を見られず、視線が地面をなでる。
ふと、ケガをしていないほうのルイスの手が伸びてきて、私の右耳あたりをなでた。
「髪飾り、見つかったんだな」
森で会ってからはずっとついていたのだけれど、ルイスも気が動転していたのだろうか。
なんだかおかしくって、私は笑いながらうなずいた。