ピッコマノベルズで『箱入りお嬢様は溺愛政略結婚』連載予定です!

32解決

 海水から顔を出したところで、お兄さまもついてきていることに気づき、じろっとお兄さまを睨む。

「お兄さまはこないでください」
「却下」
「……ルイスたちには、海の使族だってヒミツにしているんですもの。お兄さまのせいでもしもバレたら……」

 ひょうひょうとしているお兄さまを睨み続ける。

「もう二度と、海には帰りません」

 お兄さまの肩がびくりとゆれた。
 そして、私に似た青い色の瞳で、じっと私を見つめてくる。

「……」

 ジリジリと睨み合いを続けると、意外なことに、お兄さまが折れた。

「日が昇るまでに帰ること。帰らなかったら地上に行く」

 私は水平線を見た。かすかに日が海を照らしている。

 小さくうなずくと、お兄さまは巨大なため息をついて、海のなかに帰って行った。
 私も安堵の息をはく。
 とにかく、ルイスたちのところに石を届けなきゃ!

 ベオの背中にのって、森のなかを駆ける。
 背筋が粟立つような不気味な気配に、動物たちの遠吠え。ベオが、突進のような勢いと巨大な前足で動物たちを蹴散らしていく。
 やっぱり、この獣、天使のような顔して悪魔みたいに強い……!
 どうしてケガして倒れていたのかふしぎなくらい。

 ベオの速さのおかげで、すぐにベオと出会った開けた場所に出た。そこでは、ルイスがあの黒い毛をした元人間の獣と戦っていた。

 風をまとった剣で切り裂くけど、そのそばから傷が塞がっている。あの大ダコと同じで、再生しているみたいだ。
 こんなの、どう考えてもルイスが不利だ。だって、ルイスは力を使いすぎると、倒れてしまうもの。

 とりあえずこっそり石を浄化しようと、移動しようとすると、バチッとルイスと目があった。
 ルイスはギョッとした顔をして、剣で思いっきり獣を弾き飛ばすと私に向かって怒鳴る。

「どうしてこんな場所にいるんだ!」

 はじめてルイスに怒られた。
 私は肩をすくめながらも、急いでポケットから青い石をとり出して、ルイスにも見えるように掲げた。

「い、石! これが必要だって、聞いたから」

 その瞬間、ルイスと戦っていた黒い獣がターゲットを変えたみたいにこっちに突撃してきた。

「ひぃ?!」
「バカなんですか!? 相手を挑発して!」
「挑発!? そんなつもりじゃ……」

 ベオがよけてくれて、危機一髪。でもものすごい速さで追撃してくる。どうしよう! ベオはケガしているのに!

 すぐに風が吹きぬけ、私たちの前に文字通り飛んできたルイスが、剣で獣の重い一撃を受け止めた。
 獣の動きを風のツルで拘束している。

「ルイス!」
「崖の近く、黒い石があるのがわかるか?」

 ルイスのいう通りに視線を動かして、禍々しい黒を見つける。

「み、見えました! ベオ!」

 ベオはすぐに駆け出した。
 石の近くで私はベオから降りて、黒い石をとろうとしゃがむ。
 ものすっごい禍々しいオーラ。触ったら呪われそう。

 触れようと手を伸ばして、指先にまとわりついた、背中が凍るような冷たい感触に手を引っこめる。
 な、なんだろう。死神の鎌が首筋にあたったような。

「直接触らないほうがいいですよ。僕もこの近くにいるの辛いです」

 そう言って、ベオは距離をとった。しかもものすっごく遠い。薄情な!
 私はそっと、ルイスを見た。押されてる?
 風を操れて、ルイスは優位なはずだけど、疲れているように見える。

 私はごくりと唾を飲んで、禍々しい石を見た。
 そして、右手で青い石を持ち、左手で雫型のネックレスを握った。さっき、大ダコを倒したとき、このネックレスが光っていた。青い色をしているし、浄化の石と関係があるのかもしれない。

 もう一度、おそろおそる黒い石に手を伸ばしてみる。

 すると、ネックレスがぱあッと光った。その光に押されるように、石の禍々しさが少しおさまる。

 今だ!
 私は黒い石に青い浄化の石を重ね合わせた。
 そのとたん、大ダコを射ぬいたときと同じように、真っ青の綺麗な光が溢れ出した。その光はどんどん広がって行って、木の隙間をかき分け、空へと昇り、暗雲をはらすように強く光り輝いた。

 とっさに、ルイスのほうを見る。

 ルイスと戦っていた獣は、動きを止め、石像のように固まっていた。足の先から、塵に変わっている。

 その体が全部塵に変わったとき、緊張状態だったルイスがほぉっと深く息をはいて、剣をバングルにおさめた。
 そして、くるりと体の向きを変え、私のほうへと走ってくる。

 黒い霧が晴れ、日が昇りはじめていたから、ルイスの背後に太陽の後光が見えた。これが、ご来光ってやつか!
 白馬に乗った王子さまのように光り輝いている。まぶしい!

 手をかざしてしゃがみこんでいる私のそばにルイスもしゃがんで、両手で私の頬をおさえて顔をのぞきこんでくる。
 急にルイスの顔が近くなってびっくりする。

「ケガは?」
「あ……、だ、大丈夫です」
「よかった……」

 ルイスが安堵したように肩の力をぬいた。

「思っていたよりも、だいぶお転婆だな」
「う……。げ、幻滅しましたか?」
「幻滅と言うより、ひやひやする。いつもなにかに襲われているから」

 たしかに。
 ルイスに会うとき、いつもなにかに襲われている。私も最近おかしいなって思っているから、お払いに行こうか本気で検討しているよ。

「森の様子も、もどっていくな」

 ルイスがふと顔をあげた。
 空気が澄んだような感じがするけど、それのことを言っているのかな?

 私も空を見て、森の奥を見て、ルイスに視線をもどして、ギョッとする。

「け、ケガ!」

 ルイスの腕の服が破け、かすかに血がにじんでいた。

「し、止血しないと!」

 ケガはあるか聞いてきたくせに、自分がケガしてるんじゃないか!
 スカートを引っ張って、裾をルイスの腕に押しあてる。ぐいぐい押し当てて止血していると、ルイスがジーっと見てきていることに気づいた。

 スカートで止血なんてはしたなかっただろうか。でも、そんなこと言っている場合じゃないし。

 ルイスの顔を見られず、視線が地面をなでる。
 ふと、ケガをしていないほうのルイスの手が伸びてきて、私の右耳あたりをなでた。

「髪飾り、見つかったんだな」

 森で会ってからはずっとついていたのだけれど、ルイスも気が動転していたのだろうか。

 なんだかおかしくって、私は笑いながらうなずいた。

ホーム画面登録で更新情報をアプリのように通知できるようになりました!プッシュ通知を有効化をご利用ください。 有効化する いいえ