
しばらくすると、ルイスの仲間たちが集まってくる。
どうやら街は無事らしい。大きなケガをした人もいないようだ。
赤い目をして暴れていた動物たちは、とつぜん憑きものがとれたみたいに元にもどって、森の奥に帰って行ったらしい。
よかった。
一時はどうなることかと思ったけれど、だれも傷ついていない。
レイヴンの面々が、自分たちの飛空船へのほうへと歩いていく。ルイスも立ちあがって、くるりと私をふり返った。
「リィル、は……」
私は空を見た。
日が昇りかけている。
帰らないと。お兄さまがきてしまう。
「私は、ここで大丈夫です」
「……なら、送るよ」
「ルイスはケガをしていますし、お医者さまに診てもらってください」
「僕が送りますよ」
人の姿になったベオがずいっと割って入ってくる。
そういえば、ベオはこれからどうするのだろう?
アノシシア族っていうのは、アクアバースに住んでいるの?
「僕、しばらくお世話になるつもりですし」
「ええ!? そうだったんですの?」
「もちろん」
そうだったのか。私はかまわないけれど……。
海の使族だってことも知っているし、お兄さまとも知り合いみたいだったし。なんだか積もる話もありそうだったし……。
ルイスが私とベオを見比べて、首をかしげる。
「知り合いだったのか?」
「さっき森で知り合いました」
「……そうなのか」
ルイスはなにかを言いたそうに口をひらいたが、大丈夫だと判断したのか、立ち上がる。
「アノシシア族の村に帰りたいなら、送っていくこともできるが、いいのか?」
ベオの空気がピリッと変わった。
警戒するような目でルイスを見ている。
「行ったんですか? あの場所へ」
ルイスはなにかを多く口にすることはなく、ただ静かにうなずいた。
「へぇ、そういうことですか」
ベオはルイスをなめるように見て、おかしそうに目を細めた。
「どうする?」
「僕はまだやることがあります」
「……やること」
ルイスはチラッと私を見た。
「……リィルに関係あるのか?」
私はギョッとした。まさか、海の使族だからと告げ口しないだろうな? 私は目からビームをベオに送る。ベオはひょうひょうと答えた。
「いえ。この人の家は裕福な家なので、腰かけにするつもりです」
「……いいのか、リィルは」
「へっ? だ、大丈夫です。ひとりくらい。それに、ベオはとってもかわいいですし!」
プリティな顔をしている。毛もふわっふわでなめらかで、シルクよりも上等だ。
ベオを枕にしたらとっても寝心地がよさそう。怒られそうだからしないけれど。
ルイスはため息混じりの息を吐くと、私の頭をぽんぽんとなでた。「簡単に他人を信用しないように」というお小言とともに。
珍しい。そんな小言を言うなんて。
ルイスはレイヴンの仲間たちが歩いて行ったほうを見た。
もう、行ってしまう?
寂しさが駆けぬけたところで、私はハッとしてルイスを呼び止める。
「あ、あの、これ……」
私は首にかけていたネックレスを外した。両手のひらの上にのせて、ルイスへと差し出す。
「それ……」
「ルイスのじゃないかって、思って。ルイスに助けていただいた日、上から落ちてきたんです。よく考えたら、ルイスしかいなかったと思って……ごめんなさい。返すのが遅くなって」
ルイスは片膝をつくようにしゃがむと、ネックレスを手にとった。そしてじっとネックレスを見て、後ろの金具を外すと、私を抱きしめるみたいに両腕を首の後ろに回した。
心臓がびっくりして飛び上がる。
「えっ!」
「もってて」
「え。え? でも……」
「今日は大活躍だったからな。俺たちからの礼だと思って」
首の後ろで金具がつけられて、ネックレスが再び私のもとにもどってくる。
礼だなんて言われたら、無下にするのも心苦しい。
「い、いいんですの?」
「うん。リィルの目の色に似ているし、よく似合ってる」
どうしよう。ルイスから、プレゼントをもらってしまった! 正確にはちょっと違うけれど。でも昨日誕生日だったし、これは実質誕生日プレゼント!
「だ、大事にします! ずっと。宝物に!」
「うん。それじゃあ」
ルイスが立ちあがってしまったので、私は最後のありったけの勇気を振り絞る。
「あの!」
「うん?」
「あの、い、いっしょには行けないんですけれど、その……い、いやじゃなかったら……。お、お友だちになってください!」
ルイスがおどろいたように目をまるくした。
もう一度しゃがみこんでくれて、考えるように上に視線を向ける。
も、もしかして、断られる!?
「あ、あのっ。私も、いろんな場所に行くので、もし、どこかで会えたら、また、お話とか……っ」
言ったあとに、つきまとうしつこい女だと思われるかも? と、冷や汗をかいた。
こういうとき、なんて言ったらいいのだろう。
あせっていると、大きな手が頭の上にのせられる。
「いやじゃないよ。ただ、紙をもってたか考えていただけ」
「紙?」
「個別の連絡先でいいか?」
「へ……」
マヌケけな声が出た。
「あ。連絡先はいらないか?」
「え。いる。いります! 家宝にします!」
食い気味でかかると、ルイスが身を引いた。
おっと、必死になりすぎた。
身を引いて淑女然として優雅にほほ笑む。
ルイスがおかしそうに笑った。
「うーん、やっぱり一度もどるか。そんなに時間はかからないし、リィルもおいで」
手を差し出されて、私はない尻尾を振って喜んで飛びついた。

日が昇りはじめている帰り道、私はゲットした三つの連絡先片手にニマニマが抑えきれなかった。
レネ、アルバトロス、そしてルイスの連絡先だっ!
夢にまで見た、ルイスの連絡先!
そして、私の人間お友だち第一号!
ルイスにくっついてレイヴンの船に行くと、レネにつかまった。レネはずっと寝ていたらしい。ある意味とても逞しい。と、同時に、アルバトロスがどうして船に残っていたかも理解した。
ルイスから連絡先をもらうことを話したら、レネの連絡先も渡された。オマケとばかりにアルバトロスもくれた。
ルイスたちは、アクアバースに住む商家のお嬢さんとお友だちになったつもりだろうから、ちょっと心苦しくはあるけれど。でもでも、一気にお友だちが三人になってしまった……! うれしい。
「まったく。顔がだらしないですよ」
「うれしいからいいんですの!」
「あの風使いが好きなんですか」
ズバッと、聞かれて私は言葉を詰まらせた。
もう世界中の人にバレているのではと言うくらい、バレバレな気がする。
「……そ、そんなにわかりやすいんです?」
「もろバレ、つつぬけ、顔バレ」
顔バレってなんだ。顔でバレているってことか。
「……る、ルイスにも?」
「さあ。よっぽど鈍くないかぎり、わかるんじゃないですか」
なんてこった。そうなのか。そんなにつつぬけなのか。
今さら恥ずかしくなってきて、かあっと顔が熱くなる。
「僕はいいと思いますよ」
「なにかですの?」
「運命って感じがするじゃないですか」
「え! そ、そうかな……」
照れてすぐ真顔になる。
ルイスには、レネがいるじゃないか。
危うく天使のボイスに惑わされるところだった。
ルイスたちの連絡先に海の加護を授けて、そっとポケットにしまう。しばらくすると、海が見える崖に到着した。
「アノシシア族っていうのは、海には入れないんですのよね?」
「あなたは本当に、なにも知らないんですね」
ベオがいじわるに笑って、私を見る。
「僕たちアノシシア族は、本当の世界に住んでいます」
「……本当の世界?」
って、どこだ?
それにその言い方、この世界が偽物の世界みたいな。
「このボロボロの世界を元に戻すのは、きっと、この世界をはじめたあなたたちなんですよ」
ベオはにこっと天使の笑みを浮かべて、そんなよくわからないことを言ったのだった。
海の恋革命 第一章【完】