ピッコマノベルズで『箱入りお嬢様は溺愛政略結婚』連載予定です!

34あらたなはじまり

 目の前のテーブルにおかれている、平べったい小さな青い箱を見つめる。海のなかに光る貝を閉じこめた感じで、キラキラと細かく光る優美なデザインだ。

 箱の大きさは指先くらい。すごく小さいその箱をぱかっとひらけば、オーロラ色に輝く、真珠に似た石が真ん中に埋まっている。
 この石こそ、今流行りのどこでも通信機だ。
 指先をかざすと、認証者にしか見えない透明なディスプレイが空中に出現する。
 この機械で資料を送ったり、文字を送ったり、ホログラムを流したりと、遠くにいても連絡を取りあえるのだ。

 しかもこれは、お姉さまが私の誕生日プレゼントにくれた、特別制のオリジナルデザインだ。すっごくかわいい! さすがお姉さま。

 石が好きな私のために、キラキラの宝石に似せた小さな四角い箱。箱というより、長方形の宝石だ。
 しかも、オシャレなブレスレットとして身につけられるように、横の小さなボタンを押すと、キラキラと反射する細い銀のチェーンが出てくるのだ。かわいすぎる!
 この宝石を眺めているだけで幸せな気持ちになれるのだけれど、でもこれは、通信機なのだ。
 そう、通信機……連絡手段だ。

 通信機を手に入れた、すなわち!
 ルイスに連絡ができるっ……の、だけれど……。

 通信機のとなりにおかれている紙をじっと見る。丁寧な筆跡で名前と番号が書かれている。
 アクアバースで別れる前にルイスがくれた、ルイス直通、個別の連絡先だ。
 その紙を手にとって、次にじっと通信機を見る。

 今日こそ、今日こそは……。連絡をっ。
 ううん、でも、お昼だし、忙しいかも……。
 でもでも今日こそ……っ。

 紙と通信機を見比べ、心のなかで二人の私が審議しているのを見守っていると、とつぜん部屋の扉がひらいた。
 猫のような黄金の目で私を一瞥しながら、堂々と私の部屋に入ってきたのはベオだ。アクアバースで出会った、アノシシア族というふしぎな少年。

「まだ連絡してないんですか」

 ベオは小さな両手に、十冊以上の本を抱えていた。
 歩くたびに白銀のふわっふわの髪がゆれて、わたあめみたいだ。今日も相変わらず、美少女……じゃなくて美少年。
 ベオが言うには、アノシシア族というのは、見るものを魅了してメロメロにする天使のような種族らしい。納得だ。天界の使いのような顔をしている。

 そんなふしぎな少年ことベオは、絶賛、私の家に居候中だ。

「もうひと月ですよ。さっさとしないと、忘れられるんじゃないですか」
「うぐっ」

 鋭い刃に胸を深くえぐられる。
 しかもそれは、私も最近思ってることだった。

 忙しいかも、忙しいかも、やっぱり心の準備をって思っていたら、いつの間にか一ヶ月も経ってしまっていたのだ。
 今さら連絡して、「だれだっけ?」なんて思われたら、乙女心が悲しみの剣山に落ちてしまう!

 ベオは両手いっぱいに抱えていた本を、テーブルの上にドサドサと乱雑においた。
 いちおう我が家の資料なのだけれど……。まぁいいか。お兄さまくらいしか読む人いないし。

「というか、もうとっくに、忘れられてるんじゃないですか?」
「ううっ。そ、それは……。で、でもでもっ。ルイスたちはいろんなところを旅しているし、忙しいかもしれないでしょう? だから……タイミングを……」

 私は自分に繰り返した言い訳をベオに告げる。
 ベオは鼻で笑って、テーブルにおいたうちの一冊を手にとって、本を広げながら、私の向かいのふかふかソファに腰かけた。

「そうやって次こそ、次こそはってやってると、チャンスを逃すんですよ」

 真実! 見たくも聞きたくもない真実を突きつけられて、心に致命傷を負う。私は幻の血を口から流しながら話題を変えた。

「お、お兄さまと、話はついたんですの?」

 ベオはまた鼻で笑う。眉が寄り、目つきが凶悪になった。どうやら機嫌が悪いようだ。

「あの分からず屋。話になりませんよ。そんな人はいないって、そんなわけないです。ネタは上がってんですから」

 交渉は決裂していたか。
 ベオはどうやら、海の使族のなかに探している人物がいたらしい。
 だから私にくっついてきたのだ。
 それなのに、目的の人……アーデル家はいたのだけれど、どうやらベオが探していた人はいないとかなんとか。なんだか複雑らしい。それからベオは不機嫌そうに我が家の資料を読み漁っている。

「手がかりは見つかりそうなんですの?」
「今のところさっぱりですね。あなたは知らないんですよね? アーデル家について」
「ベオは、アーデル家で消えた人がいる、と考えているってことですのよね?」
「そうです。それを隠してるんですよ」

 私は十三年のあいだで勉強した知識をあらためて引っ張り出す。

「基本的なことは、いちおう教わっていますのよ? 海の使族には海の御三家と呼ばれる家があって、その三つの家を支える分家のような家柄が三つずつ。クラッド家には、そのアーデル家と、エーテル家とハーディア家」
「それ以外には? アーデル家と顔を合わせてないんですか?」
「顔を合わせるって言っても、みんな忙しそうだからあまり……」

 ベオは凍えるような目で私を見た。
 そんな目をしなくても! だって、海の使族の集まりくらいでしか顔を合わせないんだもの!

「ベオは、アーデル家の探している人の名前はわかっているんですの?」

 ベオはサッと視線をそらした。
 まさかと思うが、わかってないな?
 私に文句を言えるような立場じゃないじゃないか!
 私は一気に気が大きくなり、むっとベオを睨む。

「わからないんですのね?」
「聞いた気はするんですけど、適当に聞いてたので正確には覚えてないです」

 このかわいい顔した獣、開き直ったな。

「なんて名前ですの? 名前を聞いたらわかるかも!」
「二人だったのは覚えてます。たしか……し、しえ……」

 私は生温かい目でベオを見た。
 なんだかんだ、私と似たような記憶力じゃないか。

「その顔、やめてください」
「ベオ、私たちは仲間ですのよ」
「かってに仲間にしないでください。もう一人は、フェザーみたいな名前でした」

 本当にまったく覚えてないな。かわいい顔して誤魔化しているが、人のこととやかく言えないぞ。

「顔とかは?」
「さぁ。でも可能性があるなら、青い髪だと思います。それから、青い瞳」

 青い髪で、青い瞳。しえかフェザー……。手がかりが少なすぎる。青い髪も青い目も海の使族に多いんだよね。
 アーデル家にも、何人かいた気がするけれど、名前は似ていなかった。

「その二人がアーデル家にいたって確証はあるんですの?」
「それはありますよ。僕は、その二人に渡すものがあるんです」

 ベオは、そこだけはハッキリと言い切った。黄金の目も真っ直ぐで堂々としている。絶対的な自信があるみたい。
 ということは、海にいたはずなのにいなくなった、ってことだろうか。いなくなったとなると、亡くなったとか?

「その二人の年齢はわかりますの?」
「さぁ……。でもあの分からず屋と変わらないくらいだと思いますよ」
「お兄さまと同じくらい……」

 お兄さまと同じくらいだと、微妙だ。私とお兄さまは九個離れているし、もしかしたらそのあいだに亡くなってて、私が知らないだけかもしれないもの。

「でも、十年くらい前には海底にいたはずです」
「そうなんですの?」
「はい。だから知らないはずがないんですよ」

 ベオの言うことが本当ならたしかに変だ。
 十年前というと、お兄さまは十一歳くらいだから覚えているはず。

 もし仮に亡くなったのだとしても、それも変。
 私の記憶では、お葬式をした覚えはない。ついこのあいだ、私の葬式がひらかれそうになったくらいだ。
 となると、おそらく亡くなってはいないと思う。

 なら、遠方にいるが一番考えられるけれど、私のバースデーパーティーに、ベオが言うような名前のアーデル家の人はいなかった。

「うーん……。しえ、フェザー……青い髪……」

 腕を組んで頭を悩ませて、ふと、ルイスの連絡先が書かれた紙を見て、頭のなかに稲妻が走る。

「……まさか?」

 私は立ち上がって、貝殻ベッドに向かった。

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