
ベッド横にある私のコレクションボックスを手にする。そこの引き出しに指先をあてて認証すると、なかに入っているマル秘ノートを取り出した。
閃きが消えないうちに高速でページをめくる。
えーっと、たしか、このへんに……。
三十ページくらいめくったところに、目的の文字と簡易イラストがあった。
鎖骨くらいまでの青い髪を横に垂らしていて、目の色は深い青。右目を隠すような長い前髪と、口もとをおおう白いマフラー。
ルイスと連絡をとっていた、地上の情報屋だ。
名前は、フェザント。家名はない。
フェザントが本名なのか通称なのかはわからないけれど、青い髪だし、フェザーっぽい名前だ。……たぶん。
私はノートをもって、ベオのところにもどる。
ベオは視線だけ本から外して、上目に私を見た。
「なにかわかったんですか」
「えっと……合ってるかはわからないんですけれど」
私が例のページを再びながめると、さっきよりも興味をもってくれたようで、ベオは本から顔をあげた。
「それ、あなたの言ってた夢ノートですよね」
私はゆっくりうなずく。
ベオには、ノートのことをしゃべってしまっていた。
ルイスの連絡先を手に入れた日、私は浮かれに浮かれて、ノートに現実の出来事まで書き足してしまった。そして、ベオに「なんですか、それ」と聞かれ、有頂天だった私の口は機関銃のようにおしゃべりしてしまったのだ。
ノリにのっているときは恐ろしい。大枚を天からばら撒く成金のようにハイになってしまう。口はゆるゆるだ。
まぁ、その有頂天のときに、ルイスに「名前は?」とか聞かれなかっただけいいのかも。きっとペラペラ家名をおしゃべりしていたに違いない。恐ろしい。
ベオはノートのことも夢のことも興味深そうに聞いてくれたし、「そういうこともあるんじゃないんですか」と、意外と肯定的だった。
まぁ、ベオには文字が見えなかったからだとは思うけれど……。愛をたっぷりつづったこの文字が見えていたら、あんな肯定的なこと言えないはずだもの。夢見がちな頭ハッピー女認定されていたに違いない。
私は、この秘密を、だれにも、とくにルイスに、決してもらさないようにという血約をベオと交わした。
交換条件として、私もベオの詮索をしないことになった。気になることはいっぱいあるんだけれどね。でも私は私の秘密のほうが大事だ。なにがあっても、バレるわけにはいかない。とくにルイスに!
「夢で見た映像のなかに、ルイスがたまに連絡を取る人で、情報屋がいるんですの。その名前が、フェザント。家名はなし。髪は青くてちょっと長くて、こう、ひとつ結びを横に流している感じですの。前髪が長くて片目が隠れてて、目の色は青。あとは顔を隠すみたいに白いマフラーを巻いていて……」
ベオはピクリと眉を揺らした。
「連絡してください」
「へ?」
「風使いの男に、今すぐ連絡を」
威圧感たっぷりの血走った目をしたベオがすごんできた。私はノートを抱えたまま、引きつった顔でうなずくしかなかった。
迫力がすごい。下民を従える王のような圧だ。
私は王に使える従者のごとく、ベオの指示するままソファに腰かける。
そして、ベオ王の監視のもと、再び通信機と向き合った。
まさか、こんな形で連絡をとることになるなんて……。でも、ちょうどいいのかも。ベオに言われたからっていう、言いわけができるもの。
そんなことを思ったけれど、ダメだと首をふる。
私が、連絡をとりたかったのは事実なのだから。
ひとつ深く呼吸をして、えいやっと、ルイスの連絡先を手にとった。
そして私は、勇気がしぼまないうちに、高速で透明なパネルにルイスの番号を打ちこむ。
前に座っていたベオが少し引いているのが見えた。でも気にしない。こういうのは勢いが大事なのだ!
最後に発信を押すと、シャラシャラと繊細で綺麗な音が鳴り響いた。発信音だ。
「か、かかっちゃった!」
「ひと月ぶりですね」
ベオがいじわるく笑う。
他人事だと思って! 私の小さな心臓は、すでに海を一周したあとのように跳びはねているというのに。
「お、覚えてくれているかな……」
ルイスが出たら、まずなんて言おう。
名前を言って、もし、「だれ?」って言われたら……。
うっ。考えるだけで胃が痛くなってきた。やっぱり早くかけておけばよかった……。やめようかな……。
しばらく呼び出し音が鳴り響くだけで、ルイスは出ない。
「で、出ないみたい……」
「もう少し」
鬼の指示は飛ぶ。
私はしぶしぶもう少しだけ待った。でも、出ない。
さすがにしつこいのではないかと思って、通信を切ろうとパネルに手を伸ばす。
「い、忙しいみたい。またあらためて……」
『はい』
とつぜん、呼び出し音が途切れて、低めのやわらかな声が聞こえた。しかも、耳もとで響くというか、脳に直接響くというか。普通の会話とは少し違う音の響き方だ。
『もしもし?』
「ひっ。あ、あのっ、お、お久しぶりです……」
不審そうな声にあわてて言葉を発したが、すぐにハッとする。名のってない。これじゃあだれかわかるはずがない。新手の詐欺師だと思われてしまう!
『……リィルか?』
私が名のるより先に、ルイスがあててくれた。
私の脳内で幸福の鐘が鳴った。
めいっぱいうなずいていると、ぶぉんっと、目の前に小さめなルイスがあらわれた。
「ひぇっ」

びっくりした。ただの立体ホログラム映像だ。本物がワープしてきたのかと思った。そんなことありえないのに。心臓に悪い。
このホログラムはルイスの姿だけを映しているみたいで、頭のてっぺんからつま先までが映っている。金色の髪がかすかにゆれて、視線が少し遠くのほうを見ていた。足も動いているし、もしかして移動している?
「あの、忙しかったですか?」
『うん? そうでもないよ。ちょっと待ってて』
「は、はい」
じぃっとルイスの姿を凝視する。
すごい。透けてはいるけれど、ルイスだ。いる場所はちがっても、同じ時間を共有しているような錯覚がする。通信機でこんなこともできたなんて!
「あのっ」
『うん?』
「それ、どうやるんですの?」
『それって?』
「あ、とつぜん、ルイスの映像があらわれて……」
あれ。もしかしてこれ、私が設定をいじってしまった可能性もあるよね。
ルイスの意思と関係なく姿が映っていたなら、まるでのぞきみたいだ。急に不安になって落ち着かなくなる。
『ああ。スキャンモードのことか? パネルの右下に、人型のボタンがないか? それを押すとできる。あまり使ったことない?』
「も、もらったばかりで……。はじめて連絡したお友だちがルイスですの!」
本当はひと月前にはもっていたのだけれど……。
ごまかしつつ、ルイスが言っていた人型のボタンを探す。横長のパネルの右下に、たしかに白い人型マークがあった。そのとなりにはくちびるのマーク。さらにそのとなりには、横長の四角マーク。これはなんだろう。
私はとりあえずルイスと同じ人型マークのボタンを押した。
『お。見えた』
パッと、ルイスと目があったような気がした。
ホログラム映像なのに、ドキドキする!