泣かないように、グッと奥歯を噛み締めて、私はアールス王国王宮を後にした。
外から見た王宮は、白銀に輝いていて、そしてとても大きくて。私という存在がいかに小さいかを思い知るようで、よけいに泣きたくなった。
エルクと一緒にいたのなんて、たったの数日なのに。本当に、人の心に入り込んでくるのが上手な人だ。
簡単に心を許して、力になりたいなんて思って。
でも結局、不要だと切り捨てられて。
引き止めてもらえなかったことが、哀しくて。
でも、なによりも、そんなことを思ってしまってる自分に、驚いている。
あの屈託のない笑みを、もう見ることはできないんだと思うたびに。
もう二度と、会うことはないのだと、そう思うたびに。
胸の奥が、ジクジクと痛むのだ。
婚約破棄をされた時よりも、よっぽど心が痛いのは、どうしてだろう。
エルクよりも、あの大バカ王子と一緒にいた時間の方が、遥かに長いのに。
どうしてこんなにも、泣きたくなるのだろうか――。
王宮を出て、行くあてもなく、のろのろと歩く。
目に映るもの全てが新鮮なはずなのに、何だか今は、くすんで見えた。
出て行けといわれても、どこへ行こう。
右も左もわからなければ、ココは、死の大地だ。
生きていける保証なんてない。
いや、それでも、生きなきゃ。
ゲームと同じ破滅ルートなんて、そんなの納得いかない。
破滅ルートだとわかっていながら、ホイホイ死の大地に着いてきてしまったのは、我ながらバカだとは思うけれども。
それもこれも、エルクのせいだ。
あの純粋そうな瞳に、すっかり絆されてしまった。
まあ、最初の計画を、全部白紙に戻したと思えばいい。元々国外逃亡して、調香でお店でもやろうと思っていたのだから。
『調香持ちは、厄災をもたらす』
嫌なことを思い出してしまって、それを振り切るように首を横に振る。
あんなの、後世の人が勝手に言ってるだけだわ。歴史なんて、後からコロコロ変わったりするもの。
私は私の人生を生きるだけよ。
再び気合いを入れ直して、あらためて街の中を眺めてみる。
活気があって、賑やかな街だ。
どちらかと言うと、露店が多いのね。
ふらっと近づいて、店を眺める。骨董品屋かしら。なんだか見た事のない柄の壺や皿が並んでいる。
「へい、嬢ちゃん! 美人だねぇ、買ってくかい?」
「あ、ええと、すみません。あまり見た事なかったものだから……」
ちょっとしおらしく笑ってみせる。
「おお、そうかい! ならゆっくり見ていきな!」
曖昧に笑いながらうなずいた。
まずい。
……値札に書かれている通貨、見たことがない。なに、あの文字。私の知ってる通貨はマニーよ。それ以外知らない。
まさか、このままだと私、最悪餓死する可能性がある?!
曖昧に笑いながら骨董品屋を後にして、またフラフラと歩き出す。
どうしよう。お金、お金がないとなにもできない。
マニーって使えるの?
まあ、使えなくても、宝石はまだあるから、それを売ればなんとか――。
グルグルと考えながら歩いていると、突然パシッと、後ろから手を取られた。
「見つけた。もう、ウロウロしないでよね」
驚いて振り返ると、そこには、黒髪と赤い目が。
「アルジュ?!」