何の説明もなしに、アルジュに「来て」、と瞬間移動させられた場所。
石の壁が辺り一面を覆い尽くしていて、その他は何もない。薄暗くて奥はよく見えなし、なんだか埃っぽい。どこかの倉庫?
まさか、国の秘密を知ったからには抹殺する、とかじゃないわよね? いや、そんなバカな。でも北の大地の国の存在は、知られていないわけだし。
……まさか、ね?
そんなことはないと思いつつも、このまま置き去りにされてしまってはたまらないと、アルジュの手をキツく握りしめる。
何があっても絶対、この手を離さないっ!
そう思っていると、ザッと、背後から人が歩く音がして、振り返る。
フードを目深に被った、怪しい――
「……エルク、様?」
初めて出会った時のエルクと、同じ格好をしていた。
怪しいフードの人物は、ゆっくりと真っ白の手をフードにかけ、それを取り払う。
現れたのは、銀色の髪に、大きな紫の瞳。そして、作り物のように美しい顔。
間違いなく、エルクだった。
「どう、して?」
唇が震えた。
不要だと、あなたはそう言ったはずなのに。
私を捨てたでしょう?
なのに。
どうして、ここに。
エルクはくしゃりと顔をゆがめて、私を真っ直ぐに見つめた。
「すまない、アメリア」
すまないって、なに?
アルジュがいるということは、もしかして国に返してくれるとか?
それならそれで、悪くはない。
「国に、返してくれるのですか」
「それはできない」
……はい?
え、今否定した? できないって言った?
いや、聞き間違いかしら。
私はそうだと言った程で、話を進めることにした。
「あ、では、早く……あの寂れた村でいいですよ。あとはなんとかなるので」
「アメリア」
「…………」
「それはできない。すまない」
「……どう、して」
いろんなものが、溜まっていたんだと思う。
不幸が積み重なって、どこかで吐き出してしまいたかったのかもしれない。
「私が、家なき子だからですか? 帰ったって、居場所なんてないと、そう思っているのですか? 婚約破棄されて、汚名を着せられて、馬鹿な女だと、そう思っているのですか?」
「違う」
「こんなことなら、着いてくるんじゃなかった! あなたなんて、信用しなければっ」
言ってから、ハッと口を押さえる。
エルクが、今にも泣いてしまいそうに、顔を歪めていた。
どうして、あなたがそんな顔をするのですか。
泣きたいのは、こっちなのに。
重たい沈黙が流れる。
「すまない、私が、無計画だったのだ」
そんな顔をするなんて、どこまで卑怯なの。そんな顔をされたら、私が文句を言えないこと、わかっているんでしょう?
グッと奥歯を噛み締めて、言葉を飲み込む。
「お嬢、エルク様ばかり責めなさんなって」
ザッと、暗がりの奥から姿を現したのは、金茶の髪に、鍛え上げられた体。
短い間だけど共に旅した男――
「マルク! いたの!?」
「最初からな。俺とエルク様、アルジュが王宮を出た時は、おばばは瀕死だった。とても話せる状態でもなく、俺たちは急ぎ代わりの者をと、結界持ちを探しに出た」
ふーん?
「私の居場所は、どうしてわかったの?」
「直感というのがあってな、最初にどこの街に結界持ちがいるかを調べて来た」
スキルって、本当に恐ろしいわ……。
「まあ、だからなんというか……」
マルクが、気まずそうにする。視線も泳いでいるし、これは相当後ろめたいことがあるに違いない。
「もういいわ。この際ハッキリ言って」
「さすがお嬢、男前だな!」
私、女ですけどね?
なんなら元公爵家の令嬢ですけどね?
まあ、だからこそ動揺は心の奥底に隠せるようになったけれども。
「あー、だからな、つまり……レベルが……」
「レベル?」
「レベルが、足りないんだと」
「…………」
私は、そっと、マルクを見た。引きつった顔をしていた。
私は次に、エルクを見た。サッと視線をそらされた。
私、レベルを上げたいと、何度も言いましたよね???