表示されたままの透明なウィンドウを凝視する。
その間にもブンブンと羽音が響き、足の間を芋虫がもぞもぞと通り抜けていく。
しまった。結界を張ることはできるけれど、結界の外に弾き出せていないから、数匹仲良く狭い結界の中だわ。
素早いからよく見えないし、ブンブン鬱陶しいっ。
私は腰に括りつけていた、以前武器屋で買って以来まだ一度も使っていないナイフを取り出す。
基本的に調香で倒せるけれど、剣の使い方というのも学んでおきたかったのよね。
死の大地だし、何があるかわからないもの。
刃こぼれひとつないナイフの刃が、太陽の光を受けてキラリと煌めく。
さあ、覚悟しなさい!
足元にいるナイフと同じような色の芋虫に向かって大きく振りかぶった。そして狙いを定めて――
「はぁッ!」
【攻撃がかわされました】
外れた!?
「次こそ!」
【攻撃がかわされました】
また外れた!?
もーーっ、速すぎて狙いが定まらない上に、ブンブンうるさい!
「もう、鬱陶しい!」
こうなったら結界の中に閉じ込めて、動けなくしてからグサッと。
一度深く息をして、呼吸を整え集中する。
芋虫を囲う壁をイメージして――
【スキル、結界に失敗しました】
え、そんなことあるのっ?
私は固まったまま、透明なウィンドウに表示された文字を目で追った。
失敗という文字を見るのは初めてだ。
失敗なんてあったのね。これは覚えておかないと。どうやらスキルも万能ではないらしい。
なんで失敗したのかしら……。
私は隣で突っ立ったままのアルジュの服を軽く引いた。
「ねえ、アルジュ」
「なに、助けないよ」
何度も言わなくてもわかってるわよっ。
て、そんなことはどうでもよくて。
「スキルって、必ず発動できる物じゃないの?」
そう問いかけると、アルジュは心底呆れたように眉を寄せて私を見た。
「アンタ、何のためにレベルがあると思ってるの」
「レベルが高いとできることも増えるってこと?」
「基本的にはね。範囲を広げられたり、威力が上がったり。他にもいろいろ」
「なるほどね?」
つまり、私はまだ弱いから、スキルの三重使用はできないってことよね。
一度外に張った巨大な結界を解く。そして再度、こちら側にいる芋虫を覆うような壁をイメージする。
【応用スキル、二重結界を使用しました】
ウィンドウを確認して問題なく成功したことを知る。
予想通り。まあ、スキルのことは後で考えるとして、今はこの鬱陶しい芋虫を。
結界によって動けなくなっているところ、再度振りかぶって突き刺そうとして、弾かれた。
じーんと腕がしびれる。
「いったぁ!」
なんてこと。右腕が負傷したわ。
しゃがみこんで右手首をさする。
「はぁ……何やってんの」
「ちょっと失敗したのよ」
この結界、張った本人でも貫通できないのね。迂闊だった。思いっきり振りかぶったから腕のダメージが尋常じゃない。
あれ、でもおばば様の結界は、人が通ることができていたような。首をひねって、ハッと芋虫を倒す方法をひらめく。
ナイフだけが通ることのできる隙間を開けた結界を作れば、弾かれることなくざっくりいける。
再度集中してイメージを練り直す。
【スキル、結界を使用しました】
できた、の?
いや待って、前々から思ってたけれど、結界の形、見えないのよね。
普通、こういうのって見えるのもじゃないの?
結界張った本人が見えないってどうなの。そんなことありえないでしょうっ。
私は目に神経を集中させた。
見えるはず、見えるはず、見える!!
壁にぶつかるようにしてうごめいていた芋虫の周りに、うっすらと何かが見え始める。
やがてそれは輪郭がはっきりとしてきて――
【スキル技能、結界目視を会得しました】
ウィンドウが表示された。
今度はスキル技能?
もう何も考えてはダメね。とりあえずこの芋虫を倒さないと。アルジュの圧が、すごい……っ!
私は見えるようになった結界の中で、芋虫まで一直線に開いている隙間を見つけ、そこにナイフを突き立てた。
硬くて弾かれるかと思ったけれど、以外にもざっくり突き刺さった。手応えはゼリーみたいだ。不思議。
しばらくすると、結界の中がじわりと銀の液体に染まる。
【メタルキャタピラーを討伐しました】
【レベルが18になりました】
現れたウィンドウを凝視する。うそ。たった一匹でレベル8も上がったの?
本当に経験値の山ね。間違いなくここは経験値の宝物庫。
これだけ倒せば、レベルアップなんてどうってことない!
同じ要領で、結界の内側にいた芋虫たちを惨殺する。
全て倒し終わって顔を上げると、アルジュがドン引きした顔で私を見ていた。
「なによ」
「アンタ、結構むごいことするね」
「うるさいわね」
レベル115もある人にむごいとか言われたくありませんけど?
べーっと舌を出して、銀に染まったナイフを見る。うわ、ベトベト。しかたない、ハンカチでふくしかない。
ハンカチを取り出して、それでナイフを拭おうとすると。アルジュがギョッとしたように私の手元を見た。
「バカっ、危な――」
「え? いたっ」
スパッと、指が切れた。
ポタポタと、血が指を伝って草の上に落ちる。
うそ、ちょっと拭おうとしただけでこれだけの切れ味っ?
さーっと血の気が引く思いで手を見てると、その手をぐいっとつかまれる。アルジュだった。
「よかった。指は落ちてないね」
指は、落ちてないね?
え、指ってそんな簡単に落ちるものなのっ?
ぞっとして改めて自分の手を見る。大丈夫、大丈夫。指は五本ある。くっついてる。
アルジュが慣れた手つきで止血してくれるのをただ黙って見つめる。
「アンタ、刃物全然扱ったことないでしょ」
「ほ、包丁くらいあるわよ」
「扱い方、下手くそ」
「これから覚えるの!」
ふいと顔をそむける。
助けないとか言ってたのに、指切ったくらいで意外と大げさなのね。
「はい、応急処置」
「ありがとう」
わりとしっかりと包帯が巻かれている手を見る。
何度か手を握ったり開いたりして指が動くことを確認して、再度戦いに挑もうと草原を見つめ、そうだと思い出す。
「ねえアルジュ、応用スキルって知ってる?」
「なにそれ」
「じゃあスキル技能は?」
「聞いたことないけど、スキルは使い方次第でいろいろな可能性があるから、応用と言えば応用かもね。同じスキルでも発想で全然別物になったりするし」
「そうなの」
それ、初耳だ。
てっきり同じスキルなら使い方は全く同じになるのかと思っていたけれど、持っている人の発想に左右されるとは。
言われてみれば、私も調香があるから結界を戦闘に使用しているけれど、調香がなかったら結界というスキルはあんまり戦闘向きじゃないものね。
それにしても、アルジュですら応用スキルの存在を知らないとなると……これは誰にも知られてない可能性ある。
あんまり無闇に口しない方が良さそうだ。
「それよりアンタ、まずは剣の扱い方習うべきじゃない?」
「う。そのうち、習うわ」
「ふーん?」
「まあ、見てなさい。こんなの、まだ序の口よ!」
「へぇ?」
信じてなさそうな眼差しを向けてくるアルジュにふふんと胸を張る。
「驚いてひっくり返らないでよね」