【応用スキル、二重結界を使用しました】
ウィンドウが表示されたのを確認して前を見る。すぐ目の前に、ガラスのような壁があることに気づいた。
これ、さっきの技能の効果?
もしかして技能って、一度獲得したらずっと発動されているものなのだろうか。
首をひねりつつもそれは一旦置いておき、また深く息をして集中する。
向こうの結界の中。
そこだけに調香!
【スキル、調香を使用しました】
しばらくじっと待つ。
やがて、勢いよく飛んでいた芋虫たちの速度が遅くなっていき、ボタボタと地面に落ちた。
うわぁ、けっこうな数いたんだ。地面が芋虫だらけ。ピクピクと痙攣しているかのように動くメタル芋虫たち。
う、これは、あんまり見たくない光景ね。
【メタルキャタピラーを討伐しました】
【レベルが39になりました】
えっ!
表示された透明なウィンドウに釘付けになる。
レベル、39?!
ええっ、もうっ!?
確かにアルジュが簡単にレベルが上がるとは言っていたけれど、これは予想以上! 大収穫ね!
メタルキャタピラーは、その後も次から次へと現れ、もうここは経験値の屍がゴロゴロと転がる天国。
私は結界と調香の連携で、メタルキャタピラーに一切手を触れることなく、この場を芋虫で埋め尽くすことに成功した。
しばらくすると、目の前がぐらっと揺らめいた。片手で頭を押さえる。と。
「そろそろ帰るよ」
その声でハッと顔を上げる。
「え、帰るの?」
「アンタ、見かけによらず、けっこうエグいことするよね」
言いながら、アルジュは転がる芋虫の山を見た。若干アルジュの口元が引きつっている気がする。
「そう? まだまだいけるけど」
「それは勘違い。自分の力量がわからないなら、まだまだだよ」
「力量?」
「いいから。それに、ここを狩り尽くすのはだめ」
「え、そうなの?」
驚きつつ、もうほとんど芋虫のいない草原を見る。
「ここはレベルアップには最適だから。いなくなったら困るわけ」
「なるほど?」
全滅しない程度に生かしておくってことかしら。
そしてまた増えたら狩る、と。
「どっちの方がむごいのよ……」
「何か言った?」
「なんでもないわ。それより――」
ぐらっと目の前が揺れて倒れそうになる。
【スキルが解除されました】
なにこれ、貧血?
膝をつきそうになったところを、グッと腕を引っ張られる。
霞む視界の中、アルジュが呆れた顔をしてるのが見えた。
「だから言ったじゃん」
「う……気持ち悪い」
「スキルの使いすぎ」
「そういうの、先に言って……」
戦う前に言って欲しかった。気持ち悪いと自覚したら、なんだが芋虫の臭いも鼻につくような……。うっ。
「アルジュ、帰る……」
「そのつもりだけど」
アルジュがそう口にしたと思った次の瞬間、ふわっと匂いが変わった。
これは……森の匂い?
目を開けると景色が草原から森に変わっていた。空まで覆い尽くすような森。木の隙間からかすかに陽の光が降り注ぐ。
結局草なのは変わらないのね。
「葉っぱ好きよ……」
「何言ってんの。ホラ、少しは歩いてよね。すぐそこ街だから」
そう言われて、顔を上げる。
あ、れ。そう言われると、なんだか、この景色見覚えがあるような。
そのままアルジュに引きずられるようにして歩いていくと。
「ここ……」
「知ってる場所だった?」
「何回か来たことあるわ」
ここ、死の大地じゃないのね。
だってここ、私の故郷の隣の国。
シルディット王国王都、プレゼリア。
とにかく水が綺麗で、自然も豊かな美しい国。正直、移住候補にしたかった。隣の国と言う理由で避けるしかなかったけど、それでも住みたいと思うくらいには綺麗な街だ。
「どうしてここに?」
「さっきの場所から近かったから」
「そうだったの?」
「そう。それに」
「…………」
「空気が似てる方が、落ち着くでしょ」
アルジュが流し目に私を見下ろした。真っ赤な瞳を見つめ返して、パチパチと目を瞬く。
もしかして、私が慣れ親しんだ場所に近くしてくれたってこと?
なんてわかりにくい。
「ありがとう」
アルジュはふいと顔を背けて歩き出す。
というか、耳、耳! 隠さなくていいのっ?
「ちょっとアルジュ……!」
その背中を追いかけようと足を踏み出して。その声は、聞こえた。
「ファーレスト公爵令嬢?」
驚いて、声のした右手を向いた。
スローモーションのように思えた。
視線の先にいた、ふわふわの金の髪をしたその人は。
ぴっちりと首元まで締められた見覚えのある王族の衣装を着て、まるで、感動の再会とでも言うかのように、目をわずかに見開いて私のことを見ていた。