「何してるの?」
ぼんやりしていた頭に、声が響いてハッとする。
消えていた音や色が急速に戻って来るのを感じた。
声の方に視線を向けると、先を歩いていたアルジュが少しの苛立ちをにじませながら、来た道を戻ってきていた。
「アンタ、歩くの遅すぎ」
「ご、ごめんアルジュ。ちょっと……」
アルジュに腕をつかまれて、チラリと視線だけでクリード王子を見る。アルジュも気づいたようで王子を見た。
「誰?」
「それはこちらのセリフ」
バチッと火花が散ったのが見えた気がした。
うわぁ、この二人、絶対相性最悪だ。
「その手、離してくれる? 彼女に触らないで」
「はっ、なんでアンタに命令されなきゃいけないわけ? 死ぬ?」
げげ、こわっ。
というか、アルジュ本気で怒ってる? 真っ赤な目の瞳孔が開いてるように見える。これじゃ兇人、殺人鬼だわっ。
「ちょっとアルジュっ」
「なに」
「この方は、クリード・K・ユベール王子殿下」
「王子? へぇ、俺の王子とは随分と毛色が違うようだ。アンタ、ホントに人間?」
うわぁ、王子だと言ったのにこの態度。さすがアルジュ。むしろさらに敵意バチバチ。
「それはこちらのセリフだね。その耳、魔神でしょ」
私はクリード王子が魔人という言葉を知っていたことに驚いた。しかも、耳のことも知っていたなんて。もしかして、王族は魔人のこと知っていたの?
私が二の句が継げずにいると、アルジュは鋭い目を細めてクリード王子を見定めるように見た。
「この辺の人間で、魔人を知ってる者なんていないと聞いてたけど?」
「……、別に、知ってる人間もいるってことさ」
オロオロとアルジュとクリード王子を交互に見る。
なになに? 何この空気っ。どうしたらいいのー!?
戸惑っていると、クリード王子と目が合う。
そして、クリード王子は私に手のひらを向けた。
「ファーレスト公爵令嬢、帰ろう。僕は君を婚約者にするつもりだ」
「はい?」
えっ、聞いてませんけど?
「父上も、君の父であるファーレスト公爵も承知している」
えっ、なんで勝手に決めてるのっ?
家出てったのに婚約者って、頭おかしい。
そもそも、あの騒動からどうして私が婚約者?
私、婚約破棄された身ですけどっ?
ちょっと待って。頭がこんがらがって来た。
私は国を出たし、そもそもあの国と関わるのはゴメンだし、バカ王子は継承権がなくなって、クリード王子が第一継承者で、私を婚約者にっ?
「ちょっと、何勝手なこと言ってるわけ? アンタも、もっとシャキッとしてくんない?」
「えっ、私っ?」
ジロリと、アルジュが睨むように私を見た。
なぜ睨まれているのか全く理解できない。
だけどアルジュは、とんでもないことを口にした。
「アンタ、もう婚約者いるじゃん」
………………?
……はい?
え、いつの間に私に婚約者ができたのっ?
え、私記憶飛んでるっ?
いや、そんなことない。大丈夫よ、アメリア。私は普通よ。アルジュがおかしい。私に婚約者なんていないわ。
私の戸惑いを察知したのか、アルジュは呆れたようにため息をついた。そして爆弾を落とす。
「アンタ、事実上王子の婚約者でしょ」