深い森深い森、そう、森の中にいた。
随分と不器用な人が作ったのか、所々ひん曲がった、下手くそな、丸太で作られた小さな家。その隣には、いろいろな葉が顔を出している畑。少し湿った土を、懸命に掘り返す。
あれ、どうして私こんなところにいるんだっけ?
と目を瞬いて、まぁいいかと、とりあえず土を掘った。すると、
『あんた、今なにしてんの』
声が聞こえた。アルジュの声だ。
何してるのって――
「え、土掘ってる」
『はぁ?』
そんな怪訝そうな声を出されたって、私にだってわからない。わからないけど、なぜか土を掘っているのだ。
『なんでそんなところいるの』
「えっ」
なんで?
なんでだろう。そんなの、私にだってわからない。
「気づいたら、ここに居たの」
『はぁ?』
ますます怪訝そうな声が聞こえた。
『ちょっと待って、どこにいるかわかってる?』
「森の中?」
『……あんた、頭大丈夫?』
「失礼ね! 正常よ」
『いや、だってこんな時間に森って、死ぬよ』
「大丈夫大丈夫。だって、私は――」
『「調香持ちだから」』
笑って顔を上げたけれど、誰もいなくて。あれ? と思ったところで急激に意識が浮上した。
「……ウソツキ」
目を開けると、暗かった。薄暗い部屋、物音がしなくて、あれ、ここはどこだろう。と、また混乱に苛まれる。
「あんた、森の中になんかいないじゃん」
アルジュの声がして視線を横に向けた。
じっとりとした視線で私を見下ろしているアルジュがいて、飛び起きた。
「えっ!? アルジュ!?」
ちょっと待って、鍵かけたはず。というか何!? なんでアルジュがいるの!?
「はぁ……あんたが森の中にいるとか言うから、焦った」
「え……私が?」
私は宿で寝てたけど?
と、思いながら、そういえば夢の中でアルジュの声を聞いたような気がする。なんの夢だったか、忘れてしまったけれど。
「通信で話しかけたら起きてるみたいだったから」
「通信?」
アルジュのスキルの電話のことだろうか。
「そう」
『こんな感じで』
う、わっ。なにこれ。頭に直接響くみたいな、なんか、なんかっ、気持ち悪い……っ!
ゾワゾワっとした。こう、気持ち悪いものを見てしまった時に湧き上がるあの感覚。背筋がゾワッとする感覚。
「うぇ、なにこれ気持ち悪い」
『殺すよ?』
「うそうそっ! それよりなんで部屋に……鍵かけたはずだけ、ど……」
言いかけて、気づく。
こいつ、移動で部屋に入ってきたに違いない。
鍵が鍵の役割を果たさないなんて、聞いてないんですが?
むっつりと口を閉ざして押し黙る。アルジュが面白そうに目を細めた。
「移動で来たけど、って、言った方がいい?」
「言わなくてもいい。というか、言ってるし」
フンと顔を背けて、もそもそと布団を引っ張りながら横目にアルジュを見る。
「それより、何してたの?」
「ん……?」
「起きてたんでしょ。こんな時間まで」
窓の外を見る。真っ暗だ。時計が部屋にないから正確な時間はわからないけれど、夜中の二時か三時くらいだろう。
「まぁ、ちょっとね」
アルジュは何をしてたとは言わなかった。
言いたくないなら別にいいけど、とまたベッドに体を横たえる。
「なに寝ようとしてんの」
「アルジュこそ、今何時だと思ってるの」
「いいから、起きてくれる?」
文句を言う前に布団を引っペがされる。
「ちょっと! 普通レディの布団引き剥がす!?」
「あんた、うるさいよ。今夜中」
イラァ。文句が口から飛出そうになって、ギリギリと拳を握ることで押しとどめた。
落ち着いて、落ち着くのよ。今は夜中なんだから。
「いいから、起きて。ここを出るよ」
「出るって、今?」
「なるべく早い方がいい。荷物持った?」
「持てるわけないでしょ。まだベッドの上だけど」
すっとぼけているのかこの男は、と胡乱な目で見つめる。
「あんたトロイ」
大げさにため息を吐いて、アルジュは何かを掴むように手を動かす。
こいつ……っ。
私がいつかアルジュのレベルを抜いたら、この男っ、絶対泣かす!!!
ギロッと睨みつけると、アルジュの手には私の荷物が握られていた。カバンに服にナイフまで。テーブルに置いた物も、壁にかけていた物も、一式セットだ。
えっ、なになに。いろいろ怖い。これも移動の力!?
アルジュが無言で差し出してきた手を、私は引きつった顔のまま握った。
次の瞬間。
私とアルジュは、見覚えのある、紫の絨毯に白で描かれた魔法陣の上にいた。
「あ、これ……エルクの城にあった」
「おばばの結界があるから、移動はこの魔法陣を目印にしてる。とりあえず、あんた適当に上使って」
「上って……」
私は辺りを見渡した。
安っぽい宿とは違う、ツルツルした床。ガランとした、特に物のない広い部屋。豪勢な飾りとかは何もなく、なんだか寂しい感じだ。
広いし、綺麗なんだけど。
だからこそ、余計にもの寂しさを感じる。
と、いうか、寒っ。
ぶるりと身震いして自分を抱きしめる。
吐き出す息が白かった。
「それ着て」
ポイと何かが投げられる。広げてみると、厚手の黒い服。アルジュが好みそうなデザイン――って、まさか。
ボッと、火が点った。
視線を向けると、アルジュが暖炉に薪をくべていた。
「アルジュ? ここって」
アルジュは怪訝そうな顔をして振り返った。
「なに? 俺の家だけど」
や、やっぱりそうかーーーー!!