「朝になったら王子のとこ行くから」
アルジュはパチパチと爆ぜる暖炉の火を見つめながら、そう口にした。
「今からじゃないの?」
「あんた、今何時だと思ってるの?」
「……」
あ、そういう常識はあるのね。と、真顔になる。
私の所には時間関係なく、さらには遠慮なく来てたけど。エルクには気を使えるのね。へーぇ、ふーん、そう。
「二階に部屋いくつかあるから、適当に使っていいよ」
「……そう。じゃあ適当に使う」
アルジュから渡された厚手の黒い服に袖を通して、床に置かれていた自分の荷物を手に取る。
そして、暖炉の前にしゃがみこんでいるアルジュを振り返る。
「アルジュは寝ないの?」
アルジュは暖炉の火を見つめながらうなずいた。黙ったまま。こちらを見ようともせず。
「そう、じゃあおやすみ」
「おやすみ」
「また明日」
「……」
チラリと、一瞬だけアルジュの視線がこちらに向いた。それを無視して階段を上がっていく。
そして少し螺旋状になっている階段を登りきり、二階の廊下にでて呆気にとられる。
我が家よりは小さいと思うけれど、それでも広っ。使用人がいる気配もないし、まさかこの広い家にアルジュ一人?
夜中ということもあって、そろそろと廊下を歩く。
廊下にいくつか扉がある。けれど、扉と扉の間隔が広い。これ、部屋はどれだけ大きいのかしら。
そおっと、出来心で手前の部屋をのぞいてみる。一応ノックしたけれど返事はなかった。
ほんの少しだけ扉を開け、片目でのぞく。うわ、やっぱり広い。人はいないようだけど客室?
暖炉にテーブルに椅子、ベッドにサイドテーブルに棚。それしかない。棚の中は空だし。
ちょっと悪いかなと思いつつ、好奇心の方が勝って、結局全ての部屋をのぞく。
部屋の作りは全部似たような感じだった。
うーん。アルジュの立場って、なんなのかしら。
エルクの側にいるし、信頼しているようだった。お城にも出入りできるみたいだし。
首をひねっていると、足音が聞こえて振り返る。
「あれ、あんたまだ起きてたんだ」
「アルジュっ……」
まさか部屋を全部のぞいていましたとは言い難い。
「部屋、どこにしようか迷っちゃって」
我ながらナイス言い訳!
「そんなの、どこだっていいのに」
「部屋たくさんあるから」
「誰も使ってないよ」
アルジュはそう言いながらスタスタと歩いて行く。
「使用人とかもいないの?」
「うん。俺、あんまりこの家いないし」
「そうなの?」
「そうなの。それより早く寝なよ。明日王子のところに行くって言わなかった?」
「ね、寝る。それじゃあ、ここ借りるね」
適当に手前にあった扉を引く。
「うん。おやすみ」
「おやすみ……」
部屋の中に入ると、アルジュも適当な部屋に入った。それをそっと見届けて、パタンと扉を閉めた。
アルジュも、このなんにもない部屋で寝てるんだ。
というより、あの感じ決まった自分の部屋がなさそうな感じ。
なんか、家っていうより――
「宿みたい」
物はないし、部屋も決まってない。
アルジュって、ほんと謎。魔人もよくわからないし。つかみどころがないというか……。
まあ、いいや。
「寝よう……」
疲れてるし。夜中に起こされるし、やっぱり災難ばかりだ。
明日エルクに会ったらとっちめてやらないと。
冷えた豪華なベッドに潜り込んで目を閉じた。
次の日。
心ゆくまで眠って、下の階に行くと、アルジュが両手を組んで不機嫌そうに待ち構えていた。
「あんた、寝すぎ。もう昼だけど」
「う、まあまあ」
文句を言いつつ、起こさないでくれたのね。
「王子がそわそわしてて鬱陶しい」
「……はは」
呑気なものだ。エルクも。
これからこってりと絞られるとも知らずに……。
フッと笑っていると、アルジュが手を差し出してくる。
え? もう? 待って? 着替えてないけど?
言おうとした言葉は、アルジュが無理矢理私の腕をつかんだことでかき消された。
この、自分勝手男ぉおおおお!
視界が変わったと思った瞬間、何か銀色をした犬のようなものが横切った気がした。
「アメリア!」
「う、わっ」
目の前に飛び出して来たのは、他でもないエルクだった。